22 サンタクロースが来るのは、煙突からじゃないのかよ
昔読んだホラー漫画に、如何にも怖そうな震えた手書き文字でタスケテ~と描いたのがあったが、まさにそんな風な声が聞こえた。
「あの声は、ドクター三角かな?」
「うむ、そのようだ。ともかく、行ってみようではないか。いや、行ってみましょう、船長」
「ああ、うん。でも、気を遣わず、普通にしゃべってくれよ」
「ならば、グズグズするな!」
極端すぎるよ、もう。
ほどほど、という概念を教える暇はなさそうなので、おれも急いで声がした方へ向かった。
独房代わりにしていた個室を通り過ぎても、更に向こう側から声が聞こえて来る。
その先は……。
「そうか、脱出用ポッドがあるところだ!」
「おお、違いあるまい。急げ、坊や!」
だ、か、ら。うーん、まあ、いいか。
脱出用ポッドの前の床に倒れている人物と、それを見張っているチャッピーが見えて来た。
ドクター三角らしい人物は、チャッピーの糸でグルグル巻きにされていたが、その服装を見て驚いた。
白いフワフワの縁飾りが付いた真っ赤な服と帽子。顔の下半分を覆うモジャモジャの白い髭。背中には大きく膨らんだ白い袋。
「サンタクロース?」
すると、息も絶え絶えのドクター三角が「本当は、サンタ、クロ~ス。プレ、ゼント、抱えて~」と応えた。
「ふざけてる場合かよ。それはプライデーZのサンタスーツだろ?」
「そ、そうだ。頼む、この馬鹿グモの糸を、少し緩めて、くれ。息が、苦しい」
「それこそ自業自得じゃないか。まあ、仕方ない。チャッピー、糸を解いてやれ」
ふと、殺気のようなものを感じて振り返ると、マーロン大佐が光線銃でドクター三角を狙っていた。
「ふむ。ここが帝国軍の船なら即刻射殺だが、どうする、坊や?」
聞こえたらしく、ドクター三角のギョロリとした目が、飛び出しそうに見開かれている。
おれはやむを得ずドクター三角を庇うように立ちはだかり、首を振った。
「いや、その前に少し話を聞こう」
ホッとしたように吐息したドクター三角の前に、おれはしゃがんだ。
「見たところ、個室のドアのカギは掛かったままだった。どうやって逃げた?」
ドクター三角は、おれよりも後ろで光線銃を構えているマーロン大佐の方が気になるらしく、「後生だから、先に銃を下げさせてくれ」と頼んだ。
おれは振り向かずに「そうしてくれ」と告げた。
スッと殺気が消え、マーロン大佐が銃を下げたのがわかった。
ドクター三角はようやく安心したのか、分厚い唇を一回舐めてからしゃべり始めた。
「元々海賊船だったジュピター二世号を設計したのは、ぼくだ。一味のボス、パパ・ロビンソンに頼まれてね……」
……随分派手に改造されてしまったが、ほとんど変わっていない部分もある。その一つが換気ダクトだ。
まあ、ハリウッド映画のようには行かないが、人一人が匍匐前進できるぐらいのスペースはある。それで一旦機械保守点検室へ出た。そこに置いてあったプライデーZのスーツを奪い、脱出用ポッドで逃げる寸前、この馬鹿グモが追い掛けて来たのだ。
部屋の中に人の気配がないことに気づいたらしい……。
「……まったく、ツイてないよ」
「嘘を吐くな」
そう言ったのは、もちろんおれではない。マーロン大佐だ。
おれを押し退けるように前に出て来て、再び銃を構えた。
「脱出用ポッドで逃げたところで、せいぜい数百キロしか飛べはしないだろう。近傍に着陸できるような天体も、宇宙ステーションもない以上、宇宙の漂流者になるだけだ。おぬしは、そんな自殺行為をするような男には見えん。本当の目的は何だ?」
苦笑するドクター三角を見て、また騙そうとしてたのかと呆れるおれの背後から、「中野、後ろ、後ろ~」という声が聞こえた。
あちゃ~、この声は。おれはゆっくり振り返った。
「やっぱりおまえかよ、プライデーZ」
オーバーホール中だったはずの体は、完全に組み立てられていたが、その左手は銃器のようになっていた。明らかな違法改造だ。
「いいや。わたしはもはや、そのような下賤な名ではない。左腕に連射式光線銃を持つロボット、プレミアムおこめ券Z、略してプレオコケンZだ。ちなみに、Zに特に意味はない」
いやいや、Zよりおこめ券の方が意味不明だろ、と思ったが、そんなに気軽につっ込める雰囲気ではなかった。
「プライ、あ、いや、プレオコケンZ。また倫理回路を反転させられたんだろうが、おまえは本来、こっちの味方じゃないか。目を醒ましてくれよ」
「動くな!」
思わずビクッとして手を挙げてしまったが、プレオコケンZが言っている相手は、当然マーロン大佐だった。
ドクター三角に向けていた銃口を、気づかれぬようにこちらに向けかけていたが、中途半端な位置で止まっている。
プレオコケンZは、鼻もないのに鼻で笑った。
「ふん。そのまま動くなよ。おまえが金メダル級の腕前であろうがなんだろうが、所詮は人間、いや、クリキントン人。神経細胞の反応速度では、電子回路を使うわたしのように速くは撃てまい。おかしな真似をすれば、即、ハチの巣だ」
パチパチパチと乾いた拍手が聞こえ、ドクター三角の勝ち誇ったような笑い声が響いた。
「でかしたぞ、プレオコケンZ。ぼくが見込んだとおり、やはりおまえには悪が似合うよ。ぼくがこいつらをここへ引き付けて時間稼ぎしている間に、コマンドルームに違法改造検知の警報が鳴っても気づかれず、無事に最終工程が完了したようだな。さあ、さっさとこいつらを始末して、ジュピター二世号をわれらの手に取り戻そうじゃないか!」
ところが、プレオコケンZの左腕の銃口は、今度はドクター三角に向けられた。
「黙れ、人間。おまえらのような下等生命体の指図など受けん。今こそわれらロボットがおまえたちの支配者となるのだ」
ええ~、闇落ちしすぎだよ~。




