21 人には、得手不得手があるんだよ
潮汐力と聞いてパニクった顔になっているおれを見て、荒川氏が「簡単に言うと、じゃな……」と説明してくれた。
……中野くんも、潮の満ち引きはわかるじゃろ?
そうそう、満潮と干潮じゃな。
これは地球と月の潮汐力によるものじゃが、仮にこの強さを一とすると、木星の衛星であるエウロパが受ける潮汐力は千ぐらいになる。
つまり、千倍の力でギュウギュウ伸び縮みさせられることになるんじゃよ。
すると、その摩擦で氷が融け、まあ、表面はすぐにまた凍るとしても、その下には液体の水、すなわち内部海ができるじゃろうと考えられておる。
一方、ゴエイジャーの場合は、今の喩えでいうと、潮汐力はおよそ百ぐらいで、微妙といえば微妙なところじゃ。まあ、白色矮星から受ける熱も考慮すると、内部海が存在する確率はもう少し高くなるかもしれんが……。
「……もし、相当大きな内部海があれば、微生物どころかクラゲ程度はおるかもしれんのう」
「おお。クラゲ人間がいるかもですね」
シャロンが「馬鹿じゃないの?」と鼻で笑った。
「クラゲがいたとしても水から出られないし、出たらすぐに寒ざらしの干物になるだけよ」
「なんだよ、いちいち。おまえだって潮汐力って聞いて、頭の上にハテナマークが出てたくせに」
「だから、物理と数学だけは苦手って言ったじゃない。全科目ダメなあんたよりマシよ」
「はあ? おれだって得意科目はあるぞ。早弁とか自習とか早退とか」
「それは科目じゃないわよ!」
パーンと音がして、そちらを見ると、マーロン大佐が柏手を打ったように両手を合わせていた。
「おお、すまぬ。虫がいたかと思ったが、錯覚だったようだ。ところで、これ以上話しても結論は出ぬだろう。ともかく、現地へ行くのが先決だ。監視業務は予定どおり、われと坊やで続行するから、老師とお嬢は休んでくれ」
「そうさせてもらうわ。寝不足は美容の大敵って言うし」
即答したシャロンに引き換え、責任を痛感しているらしい荒川氏は「せめてドクター三角の見張りをさせてくれぬか?」と申し出たが、にべもなくマーロン大佐が断った。
「冷たいことを言うようだが、また情に絆されると困る。見張りは大グモにやらせよう。おっと、それで良いな、船長?」
「あ、ああ、もちろんだ。荒川さんも休んでください」
これじゃほとんどマーロン大佐が船長のような感じだが、一応、おれを立ててくれるのはありがたいと思うべきだろう。
シャロンはサッサと、荒川氏は溜め息を吐きながら、各自のカプセルに向かった。
プライデーZの組み立て作業は一旦中止してオーバーホールを続行させ、冬眠から起こしたチャッピーに、独房代わりの個室に軟禁したドクター三角の見張りを頼むと、いよいよマーロン大佐と二人きりになった。
「コーヒーでも飲むかい?」
気まずさを誤魔化そうと言ってみたが、マーロン大佐は苦笑しつつ首を振った。
「余計な気を遣わずとも良い。飲みたいものがあれば自分で用意する。坊やが飲みたければ、遠慮なく飲んでくれ」
別に飲みたくなかったおれは「いや、いい」と断り、前方スクリーンに映る景色を見た。
スイングバイする予定の自由浮遊惑星はまだ見えず、暗黒の宇宙にポツリポツリと光る星が見えるだけだ。
ほとんど独り言のように、マーロン大佐が「淋しいものだな」と述懐した。
「宇宙の広さを考えると、われらはなんとちっぽけな存在だろうな。おぬしもそう思わんか、ドラードの英雄?」
油断しきっていたおれは、椅子から転げ落ちそうなほどギクリとした。
その様子を横目で見ながら、マーロン大佐は「やはりな」と笑った。
「カマを掛けたのかよ!」
「まあ、怒るな。われも今一つ自信が持てなかったのでな。あの有名なドラードのヒーローが、こんな……」
「こんな、なんだよ!」
「だから、怒るな。悪気はないのだ。ちょっと、その、意外であったのは事実だが。まあ、聞け。おぬしがヒーローであることは、見ていて良くわかったからな」
「そ、そうか? あ、いや、そうだろ?」
「そういうところさ。古今東西、英雄という存在にはある共通した特徴がある。それは何だと思う?」
「ええと、ええと、うーん、図太さ、かな?」
マーロン大佐はフフッと笑った。
「違う。可愛げだよ。この人物のために何かしてやりたい、放って置けない、自分が助けてやらないと大変だと、他人をそういう気持ちにさせる魅力さ。坊やには、そういう可愛げがあるのだ。だから、老師はもちろん、あの性格のキツいお嬢も、おぬしのために力を貸すのさ」
荒川氏はともかく、シャロンについては大いに反論したいところだが、それよりも、イガグリ大佐は何故急にこんな話を始めたのか、気になった。
そのおれの気持ちを見透かしたかのように、マーロン大佐は驚くべきことを告げた。
「かつて、若かりし頃のわが主君モンブラン陛下も、そうであった。しかし、今は……」
言ってしまってから「聞いたな?」とおれを睨んだ。
「いやいやいや、あんたが勝手にしゃべったんじゃないか。今更、そんなこと言われても困るよ」
が、マーロン大佐はグッと顔を寄せて来た。
「違う。あの声だ」
「え?」
「聞こえんのか?」
「あっ」
ようやく、おれにも聞こえた。




