1 おれだけ就職氷河期かよ
誰が言ったか知らないが、就職は結局運次第だという。
どんなに本人に能力があっても、あのロバチェフスキーショックの時のような世界不況の時代には、氷河期の如き就職難にブチ当たってしまう。
まあ、幸い今はむしろ求人難の時代である。
福引で宇宙旅行が当たって以来、おれは幸運の持ち主だと散々言われて来たから、就職も楽勝だと思っていた。
ところが……。
「あ、はい、中野伸也です。ええ、本人ですよ。え? もしもし、もう一度言ってもらえますか? 不採用? あの、な、何かのお間違えでは……、はあ、わかりました。お励ましいただき、ありがとうございます」
ったく、何回ご健闘を祈られるんだよ。
学生時代最後となる今年の夏休みに、黒田氏から海賊船をもらって宇宙に行った頃には、もう少し楽観していたのだが、あれから三か月、日に日に焦りが募って来る。
みんな、おれのホントのすごさを知らないからなあ。
おれの宇宙での活躍は、森の精霊との守秘義務や惑星間の外交問題などあって、公にすると色々と差し障りのあることが多く、履歴書には何一つ書けないのである。
おれは使い古したガラケーを忌々しく睨んだ。
だいたい、こんな宇宙旅行が当たり前の時代に、なんで携帯電話だけ進化しないんだ?
そういえば、携帯電話がミニコンピューターみたいに進化して、スマーホとか呼ばれているパラレルワールドを舞台にしたあのホラーコメディ映画の続編が、いよいよ来月から公開されるらしいが、おれは前回で懲りたからもう観る気はない。
ああ、そうだった。
あの映画を観た帰りにこの商店街を歩いていて、たまたま目にした福引をやったんだっけ。
あれが、すべての始まりだったな……。
柄にもなく、そんな感傷に浸っていると、おれの背後から声が聞こえた。
「働けず働けず当然わが暮らし楽にならざりぢっとガラケーを見る、字余り、ってところかしら?」
振り向くまでもなく、おれには相手がわかった。
「元子、話が違うじゃないか。おれを惑星連合警察機構に正式採用するって言ってたのは出まかせかよ」
相変わらず黒レザーのスーツを着た元子は、涼しい顔で笑った。
「あら、わたしは『次のミッションもうまく行ったら』と言ったはずよ。そのミッションがようやく決まったの。聞きたくない?」
「はあ? どうせロクでもないミッションだろ?」
おれの皮肉に喧しく反論するだろうと身構えていると、元子は軽く肩を竦めた。
「そうね。坊やには、ちょっと荷が重いかも。まあ、他を当たってみるわ。じゃあ、就職がんばってね。健闘を祈るわ」
そんなにあっさり引き下がられると、逆に気になる。
「ちょ、ちょ待てよ」
「あら、何?」
「いや、その、なんだ、話だけなら聞いてやってもいいよ。どうせ暇なんだし」
元子は意味深な笑みを浮かべた。
「いいの? 聞いたら引き返せないかもよ?」
笑顔でそう言われると、急に不安になる。
と、おれのガラケーが鳴った。黒田氏からだ。
「あ、すまない。もうちょっと待っててくれ」
元子はニヤニヤ笑っている。
「どうぞどうぞ。わたし、待つわ。いつまでも待つわ」
おれはそれ以上元子に構わず、電話に出た。
「はい、中野です」
《おお、すまん。今大丈夫かね?》
おれは元子に背を向け、少し前かがみになって答えた。
「ええ、まあ、大丈夫です」
《おほん。ああ、まだきみの就職が決まっていなければ、の話なんだが、黒田星商の子会社の一つに、急な欠員が出て困っているらしい。きみさえ良ければ、わがはいの推薦ということで、無試験で入社できるんだが、どうかね?》
「……」
おれは即答を躊躇った。
もちろん、こんなに美味しい話など、滅多にあるもんじゃない。
黒田星商は世界に、いや、宇宙に冠たる超一流企業だし、その元会長のお墨付きがあれば、たとえ子会社であっても将来は約束されたようなものだ。
いや、それどころじゃないぞ。
以前、おれを自分の後継者にしたい、とさえ言っていたから、子会社で何年か現場の実務を経験したら、次は親会社に転籍になり、ゆくゆくは取締役、いずれは社長、ということかもしれない。
おれの心は激しく揺れた。
が、一つだけ問題がある。
それは……。
《あ、これこれ。今わがはいが話しておるんだ。やめんか、シャロン》
なんだ、その問題は黒田氏の横にいるらしい。
すぐに生意気な声が聞こえて来た。
《ちょっと聞いてる? おじいさまがあんたにお情けで声を掛けるのはいいとしても、まさか、あたしのお婿さん候補に選ばれたんだなんて、勘違いしてないでしょうね? あんたなんか、まったくあたしの眼中にないわ。それと、子会社に入ったら黒田星商グループの一員なんだから、あたしのことは呼び捨てじゃなく、ちゃんとシャロンお嬢様と呼ぶのよ。いいわね?》
「な、なんだと、この……」
おれが思い切り暴言を吐く前に、電話の向こうの声が変わった。
《ああ、すまんすまん。シャロンの言ったことは気にせんでくれたまえ。で、どうするかね? もし、ご両親と相談する時間が欲しいというのなら、二三日待ってもいいぞ》
おれは自分を落ち着かせるため、一度深呼吸した。
「ふうーっ。あ、すみません。せっかくのお話なんですが、辞退させていただきます。実は今、別のところに採用が決まりそうなんです。近々実地試験を受けることにもなっていますし」
《おお、そうか。それは失礼した。また何か困ったことがあったら、遠慮なく相談してくれたまえ》
あからさまにガッカリした声の黒田氏の電話を、なるべく感情を込めずに「失礼します」と言って切り、おれは元子に向き直った。
「いいよ、引き返せなくても。話を聞かせてくれ」
元子は悪い笑顔になった。
「ポイント・オブ・ノーリターンね。いいわ、わたしについていらっしゃい、坊や」
な、なんだよ、変な言い方すんなよ。ドキドキするじゃんか~。




