16 ゼウスに連れ去られたエウロペみたいって、どういうことだよ
作業の手を止め、シャロンが立ち上がった。
「実効支配どころか、着陸すらしたことのない惑星の領有権を主張するなんて、非常識にもほどがあるわ!」
民族意識が昂揚しているらしいマーロン大佐は、地球人には不快な擦過音(=ザリザリとこすれるような音)にしか聞こえない言葉を発した。
「G▽K●%$*ZZ!」
すると、負けずにシャロンが言い返した。
「Z〇K▲&G!」
怒りで爆発しそうに真っ赤に膨らんでいたマーロン大佐の顔が、驚きの表情に変わった。
「何故おぬしがその言葉を知っている?」
「おばあさまの塾を卒業するとき、文集にあんたが載せた自分のお母さまの想い出に、いつもこの言葉で叱られた、と書いてあったわ」
マーロン大佐はフッと苦笑した。
「確かに書いたが、地球人に発音できるとは思わなかった。ふむ。少しわれも興奮しすぎたようだ。若いレディに暴言を吐いたことは、一応謝っておく」
すると、計算を中断した荒川氏が「わしの、わしの話を聞いてもらえぬか。五分だけでもいい」と割り込んで来た。
マーロン大佐は太い肩を軽く竦めた。
「われはどうせ暇だ。話を聞くのは構わぬ。だが、何を言われても考えは変わらぬぞ」
「まあまあ、とにかく聞くがいい……」
……さっきの説明の中で、ゴエイジャーが太陽系のエウロパに似ておるとの話が出たじゃろ?
それこそまさに、惑星連合が、いや、地球がゴエイジャーを調べたいという動機なのじゃよ。
きみたちは木星太陽化計画という言葉を聞いたことはないかね?
そうか、ないじゃろうな。
これは、学問の世界よりも、小説や映画などで取り上げられた、まあ、言ってみれば夢物語じゃよ。
太陽系の惑星には主に二種類あって、地球タイプと木星タイプ、つまり、岩石主体の小型惑星とガス主体の大型惑星ということになる。
退屈かの?
前提条件のおさらいじゃで、もう少し辛抱して聞いておくれ。
で、このガス主体の大型惑星は、恒星になり損ねた天体とも呼ばれる。
中でも一番大きな木星が恒星であったなら、その衛星に生命が誕生したのではないか、いや、地球と変わらぬぐらい豊かな生命に溢れる天体になったのではないか、と考えられたのじゃ。
まあ、現実的にはとても無理じゃろうが、そうなった場合に、第二の地球の候補となるのがエウロパなのじゃよ。
さあ、そこでじゃ。
その木星が恒星になった場合のエウロパと、そっくり同じ条件なのがゴエイジャーということになる。
つまり、今まさに生命が誕生しようとしているか、もしくは、もう誕生しているか、という状況を調査できるんじゃ。
同時に、夢物語である木星太陽化計画が実現した場合の、シミュレーションと見ることもできる。
それ以外にも、自由浮遊惑星が恒星に捕縛されたにしては、あまりにも見事な円軌道になったのは何故かとか、近隣の天体に比べ、ゴエイジャーだけ異常に水が多いのは何故かとか、調べたいことは山ほどある。
それ故、地球から五名の優秀な科学者が越冬隊に志願したのじゃよ。
ちなみに、この調査隊を越冬隊と命名したのは、当然、ゴエイジャーを南極に準えておるのじゃが、それはつまり、あくまでも学術調査であって、領土的野心など微塵もない、という宣言でもあるんじゃ。
その越冬隊に、どのような不測の事態が発生したのかわからんが、わしらは、とにもかくにも人命救助優先と考えておる……
「……それを、どうか理解してくれんかのう、マーロン大佐?」
仲間であるおれでさえ初耳の話ばかりで、それは、まあ、腹も立つが、これでマーロン大佐も納得しただろうと思ったら、その顔には如何にも皮肉そうな冷笑が浮かんでいた。
「老師にお言葉を返すようだが、そういう惑星連合の公式見解はわれも知っている。ちなみに、日本にはホンネとタテマエという文化があるそうだが、今老師が述べられたことはタテマエであろう。そもそも、エウロパの名前の由来となったギリシャ神話のエウロペとは、主神であるゼウスに見初められて連れ去られた美女ではないか。ゼウス、すなわちローマ神話のユピテル、これを英語読みするとジュピター。まさにその名を冠するこの船の目的が、単なる人命救助だなどと、誰が信じるというのだ?」
「それこそ下衆の勘繰りよ!」
シャロンの言った言葉の意味はわからなかったが、悪口であることはおれにもわかった。
が、マーロン大佐は怒らず、ゴリラの如き鼻で笑った。
「異星の言葉だけでなく、古い言葉も知っているのだな。しかし、如何に言葉を知っていようと、現実はまだあまり知らぬようだ。われらは惑星連合のタテマエなど信じぬ。直接現地へ赴いて、本当に学術調査なのか、この目で確かめるまではな。さあ、早く行こうではないか、お嬢?」
「シャロンよ!」
プリプリ怒ってシャロンはプライデーZとの作業に戻り、大きな溜め息を吐いて荒川氏はドクター三角のところへ戻った。
と、マーロン大佐はおれにだけ聞こえるような小さな声で囁いた。
「あのもう一人の男に決して油断するな。たぶん、何か企んでいるぞ」
思わず、えっと声を上げかけたのを、おれはグッと呑み込み、横目でその男、ドクター三角の様子を窺った。
ドクター三角は分厚い唇を歪め、ヴィランそのもののような笑みを浮かべてこちらを見ていた。
なんだ、こいつ~。




