14 敵に塩を送るって、誰が言ったんだよ
マーロン大佐はヤマアラシの如く全身の毛を逆立て、唯一体毛のないゴリラのような顔面を真っ赤にして怒鳴った。
「第七艦隊旗艦グレートモンブランに告ぐ! このうるさいコバエを黙らせろ!」
ビジネスライクモードに戻ったプライデーZが、淡々と実況する。
「至近距離に超弩級戦艦が出現しました。遮蔽してついて来ていたようです。敵の哨戒艇をロックオンしました。敵は攻撃を止め、シールドアップする模様」
やれやれ助かりそうだとホッとしかけたところに、シャロンの声が響いた。
「ちょっと待ってちょうだい!」
マーロン大佐の太い首が、グリッと音を立てるようにシャロンの方を向いた。
「なんだ、文句があるのか?」
シャロンは相手に負けないくらいの強い視線で睨み返した。
「たとえ犯罪者でも人権はあるわ。ちゃんと裁判を受けさせて」
マーロン大佐はゴリラのような鼻で笑った。
「ふん。戦場でそんな甘っちょろいことを言ってるヤツは、真っ先に死ぬぞ」
「ここは戦場じゃないし、あたしたちは民間人よ。あなたもあたしたちのチームの一員になった以上、あたしたちのルールに従ってちょうだい」
おいおい、それはおれが言うべきセリフだろう、と思ったが、とても口を挟める雰囲気ではない。
荒川氏もドクター三角も、固唾を呑んで二人のやり取りを見守っている。
破裂しそうなほど赤く膨らんだマーロン大佐の顔は、しかし、スーッと色が褪せた。
「いいだろう。今回は大目に見てやる。だが、絹代先生の孫だからと調子に乗れば、そのうち痛い目に遭うぞ」
「わかってるわ」
「ふふん、どうだか」
マーロン大佐は正面を向き、再びスクリーン越しに命令した。
「グレートモンブランに告ぐ! 砲撃を中止し、牽引光線で敵艦を拿捕せよ! 武装解除した後、乗組員全員の身柄を帝国警察に引き渡せ! 以上だ!」
質問も反論もなく、戦艦はマーロン大佐の指示どおりに動き出した。彼の命令は絶対なのだろう。
マーロン大佐は、戦艦に曳航されて行く哨戒艇を見送りながら「もうスクリーンは切っておけ」と言ってから、振り返って苦笑した。
「すまぬ。命令するのが習い性になっているのだ。しかし、言ってはなんだが、この船の防御シールドは戦艦並みの強度だな。これで民間船とは笑わせる。が、真に驚くべきは、おぬしの意志の強さかもしれぬな、お嬢?」
「シャロンよ。覚えてね」
笑顔でそう答えるシャロンの体が、小刻みに震えていた。
おれは申し訳ない気持ちになったが、余計なことは言わず、改めてプライデーZに命じた。
「進路を戻し、惑星ゴエイジャーへ向けて全速前進だ!」
「アイアイサー、キャプテン!」
……おれの耳元で、大音量の目覚まし時計が何個も鳴っている。寝ぼけ眼で止めようとするのだが、手が届かない。
「いったい何回目だよ! もういい加減にしろ! 少しはゆっくり寝かせてくれ!」
自分の声で目が醒めた。
大音量で鳴り響いているのは、もちろん目覚まし時計ではなく、非常放送だった。
《緊急事態発生! 緊急事態発生! 暗黒小惑星帯に突入した! 衝突の危険度が急速に増大中! 不測の事態に備え、各自身を守る行動をとれ! 繰り返す! 緊急事態発生……》
順調に航行できそうだと判断し、人工冬眠カプセルに入り、ウトウトした途端これだ。
「わかったよ、わかったよ。行けばいいんだろう」
おれはブツブツ文句を言いながらも非常用宇宙服を着込み、司令室へ向かった。
ドアを開きながら「ベルトコンベヤーがどうしたって?」と聞いたが、室内の誰一人こちらを振り向きもせず、必死で何か作業している。
その中心にプライデーZが立ち、皆に指示を出しているようだ。
「左舷十六度、小惑星接近! 面舵いっぱい!」
操縦席に座ったシャロンが「ヨーソロー!」と応えて舵を切る。
「前方に隕石発見!」
制御卓の前に陣取ったドクター三角が「除塵器作動!」と言いながらスイッチを入れた。
「上方より流星雨!」
壁面の操作盤の前にいた荒川氏が「低出力シールド作動!」とボタンを押した。
前方スクリーンの前には腕組みしたマーロン大佐が仁王立ちして画面を睨み、どうしていいのかわからぬ様子のチャッピーはやたらと動き回っている。
「ええと、これはどういうことかな?」
おれの問いには誰も答えない。
と、チャッピーが駆け寄って来て、おれに抱き付いた。震えている。珍しく怖がっているのだ。
「することがないなら、おぬしもわれと一緒にスクリーンを見張れ」
やっとマーロン大佐に声を掛けられ、少しホッとしたおれは、横に立ってそっと尋ねた。
「どうなってるんだ?」
「ふむ。この航海の一番の難所に差し掛かっているのだ。元々この辺りは大きな恒星がなく、多数の自由浮遊惑星が彷徨っているのだが、それに伴って隕石などの小天体もあちらこちらに漂っている。偶に太陽系でいう木星クラスの大型惑星が通過すると、その重力に擾乱され、小天体の渦ができる。今、われらはそのド真ん中にいるのだ」
「ええっ、どうしよう」
「どうしようもない。何とかしてここを抜けるしかないのだ。結局、これがあるために、われらの戦艦なども容易にはここを通れぬ。これが、この領域が未踏の地となっている理由なのだ」
と、ドーンという衝撃が走り、船体がミシミシと軋んだ。
プライデーZが、悲鳴のような声で被害を実況した。
「小型の隕石が衝突しました! 船体の一部が損傷! ああ、大変です、燃料が漏れています!」
《非常事態! 非常事態! 燃料タンク破損! 間もなく通常航行は不能となる! 速やかに不時着せよ! 繰り返す! 非常事態……》
って、どこに不時着すんだよう。




