9 いったい、いつになったら出発できるんだよ
ドクター三角の手首には、金属製の手錠のようなものが付いていた。
ただし、普通の手錠と違い、左右を繋ぐ鎖がなく、手錠本来の役目を果たしていない。
「ほう。手錠のままの脱獄かの」
荒川氏の暢気な感想に、ドクター三角も苦笑した。
「そんな古い映画、今時だれも知らんよ。それに、これは確かに手錠だが、ぼくは脱獄した訳じゃない。先週、模範囚として仮出獄した直後、スターポールにスカウトされてね。今回のミッションのスーパーバイザーに就任したのさ。ところで、小僧。そろそろ腕がくたびれて来たんだが、握手はしてもらえんのかね?」
おれは鼻で笑った。
「ふん。握手した途端、おれの体がビリビリと痺れるんじゃないのか? だいたい、その手錠怪し過ぎるよ」
「ほう、用心深くなったじゃないか。少しは成長したようだな。が、これは孫悟空の緊箍児みたいなもので、ほら、頭に嵌められてる金色の輪っかがあるじゃないか。はあ、知らんのか。うーん、じゃあ、ちょっと待て」
ドクター三角は拳を軽く握り、ファイティングポーズのように両腕を前に出した。
やっぱりやる気なのかと、おれも同じように構えたが、ドクター三角は苦笑して「まあ、見てろ」と告げた。
「あ~あ、久しぶりに悪いことをしたいなあ~」
アホっぽい感じでドクター三角がそう言った途端、左右の手錠がガチャッと音を立ててくっ付き、同時に全身が痙攣したようにビクンと跳ねた。
「いてててっ! 今のは嘘、冗談だ! 電撃を止めてくれ!」
と、左右の手錠がスッと離れた。
ドクター三角はハアハアと肩で息をしながら、「な、わかったろ?」と苦笑した。
ってか、こいつ、苦笑しすぎじゃね?
おれの感想をよそに荒川氏は納得したらしく、「なるほど」と頷いた。
「つまり、おぬしが悪いことをせぬように、監視する装置じゃな?」
「そういうことだ。あくまでも仮出獄だからな。しかし、ちゃんとプライバシーは配慮されていて、盗聴している訳ではなく、手錠に仕込まれた人工知能が独自に判断してるそうだ。ただし今のような場合には、一旦ぼくの言葉が証拠として録音され、問題ないとわかれば即座に消去されるらしい。当然、これには追跡機能も付いているから、勝手に逃げることもできん。まあ、そういうことだ。安心してくれ。では、改めてよろしく頼むぞ、小僧」
が、おれは首を振った。
「手錠のことはわかった。しかし、肝心のおまえがスターポールに雇われた理由をまだ聞いてないぞ」
ドクター三角は苦笑した。ってか、もう、いいって。
「簡単な話さ。あのゴエイジャーを最初に発見したのは、このぼくなんだ。あの辺の宙域は恒星系に属さない自由浮遊惑星が多くて、宇宙海賊にとっては格好の隠れ家になってる。偶々近くでスターポールの巡回警備船に追われている時、ゴエイジャーに不時着したのさ。まあ、ゴエイジャー自体は環境が厳し過ぎてアジトには向かなかったがね。はあ? アジトもわからんのか。まったく、近頃の若い者は……」
と、「アジトっていうのは悪いやつらの秘密基地みたいなものよ」という声が聞こえた。
シャロンだ。
雪女スーツにビッシリ霜が付いているが、どういう仕組みなのか、まったくむき出しの状態で一見無防備な頭部は、髪の毛一本すら凍っていない。
しかし、その表情は冷たく、まさしく雪女のようだ。
そのせいなのかどうか、ドクター三角はブルッと身震いした。
「あの時のお嬢ちゃんだな。今回は味方なんだから、暴力はやめてくれよ」
そうだった。こいつ、シャロンに三発ぐらい殴られてたっけ。
少しおどけたように怖がって見せるドクター三角に、しかし、シャロンは冷たく言い放った。
「あんたのことは元子お姉さまから聞いてるけど、あたしは仲間として認めないわ。『簡単に寝返る人間は、また寝返る』というのは、古今東西の歴史が証明してるのよ。あんた、司法取引で海賊仲間を売って仮出獄したらしいわね」
ってか、どうしておまえはそんなことまで知ってて、船長のおれは何も聞かされてないんだよ!
ところが、ドクター三角が反論する前に、シャロンの言葉に意外な反応があった。
「また寝返る、ってわたしをディスってるんですか?」
サンタクロース姿のままのプライデーZだった。こちらは白い顎鬚まで凍っていたが、ロボットのくせに半泣きになっている。
「あら、違うわよ。あなたの場合は故障が直っただけで……」
慌てて弁解するシャロンを見て、ドクター三角が苦笑、いや今度は嘲笑した。
「ほほう。裏切り者のロボットは信用できても、ぼくは信じてもらえんのか。だが、宇宙のサルガッソー海(=多くの船が沈没したり行方不明になったりしたため『魔の海』という伝説がある)とも呼ばれるあの宙域を、ぼくの案内なしに無事にゴエイジャーに辿り着けるかな?」
睨み合う二人と一ロボットを仲裁するのは、やはり荒川氏の役目だった。
「まあまあ、みんな落ち着くんじゃ。ここでいがみ合っても何にもならん。わしらには大事なミッションがある。人命救助が最優先じゃ。三角くんも、スターポールの臨時職員という意味ではわしらと同じじゃろ? 出発時間もだいぶ押して来ておるし、ここは恩讐を越え、一致団結してミッションを成功させようではないか。のう、船長?」
おれの立場を気遣ってか、こっそりウインクする荒川氏に、おれは曖昧に頷いて見せた。
「ああ、うん。とにかく出発しよう。よし、総員配備に着け!」
わだかまりが残ったまま、それぞれが自分の席に座ったところで、いよいよおれの出番である。
ところが、おれが発進命令を出す前に、またしてもシャロンが声を掛けた。
「発進!」
おれに言わせてくれよ~。




