8 スキルちゃんはレベルアップが楽しい
町から出てすぐ向こうに見える森は、町側の一角を冒険者ギルドで手入れしているらしく、そのお陰で魔物も低ランクのものしか居ないそうだ。
一応リアカーが通れるくらいの道もあっちゃうのよねー。当然揺れはすごいけどどどどど。
もっとすごいのはミケ子さんよ? この揺れをものともせずに、鞄の中で大人しくしているんだから。
心配になってそっと鞄の中を覗いたら、ん? なに? みたいな余裕の顔できゅるんと見つめてくる。肝のすわった仔猫ちゃんなのだわ。頼もしい。
「さっきからあちこち光ってるんですけど、魔物……じゃなくて、もしかして香子さんのスキルですか?」
奈々美さんはキョロキョロと周囲を見回してる。
「実はそうなの。スキルちゃん達が今日も元気に張り切ってるわ……わたしはもう、自動素材採取人間よ」
《素材だー! まだ採取したことないやつぅ。るるん》
《これ作っておくー。あれもこれも生活水準あげれるのー。贅沢ばんざーい。ららん》
素材採取スキルちゃんと生活魔法スキルちゃんがタッグを組んで、楽しそうにスキルアップ♡ スキルアップ♡ と歌いながら活動してる。
わたしが日本の生活水準を恋しく思っているのを理解して、どうやら必要そうなものを片っ端から準備する気のよう。具体的に頼んでないのに。レベルが上がったからかしら。
はじめは〈ぼんやりと視界に入っているもので、素材になるものを片っ端から収集する〉状態だった。
それから〈一度素材にしたものは、私を中心に半径五百メートルをターゲット範囲にして、自動で素材採取〉しだしたの。
さらにとうとう〈ターゲット範囲内を鑑定を使って素材認知して、知らないものまで自動採取する〉ようになっちゃってるよ。
スキルちゃんの爆進はもう、わたしには止められないね。
そう、わたしの素材採取スキルも、生活魔法スキルも、共にA-七からAー十まで上がっていた。
Aの次はなんや? Sかな? 召喚された時、全属性魔法スペシャルとか聞こえたし。
半径五百メートルとはけっこうな広さよ。とうとうピロピロと頭の中にステータスのレベルアップ通知まで鳴り始めたので、魔物も素材にしていってるのかも。
スキルちゃん達が何を採取しているのか、もはやわたしにはわからない……。後で素材収納空間を確認するしかないわ。良いのかな、これ。
ん? ふいにリアカーが止まったので、わたしはアシャールさんを見た。
アシャールさんは、わたしの「鑑定図鑑」を取り出す。
あれ、わたしにところに返ってくると思ってたら、アシャールさんと奈々美さんが交互に真剣に読んでて、返って来ないのよね。まあ、アシャールさんはともかく、奈々美さんの気晴らしとか何かしら役にたってるなら良いわ。
アシャールさんは、ちょっと呆れたお顔をして鑑定図鑑を見ましたよ?
「明らかに頁数が増えてますね。香子、一旦スキルで自動採取するのはやめて貰って良いですか? これ以上は森の生態系に影響を及ぼしかねませんので」
「あっ、ハイ」
注意されちゃったよ……。ま、そりゃそうよね。わたしも環境破壊までしたくないし。
《環境破壊しないよー。スキルちゃん達ちゃんと協力して見極めてるよーぅ》
ぴえんと訴えるスキルちゃん達を、アシャールさんの魔力が、うちの本体がすみませんと宥めている。
そかそか。わたしは信じてるからね。でもここは一旦やめておこう、この国を出るまでは。きっとなるべく目立っちゃいけない。
「パナマ草も十分集まっているのではありませんか?」
「そうですね……このくらいあればしばらく大丈夫そうです」
その言葉にアシャールさんは頷いて、厳かにおっしゃった。
「では今のうちにこの森で低レベルの魔物に見慣れておきましょう。奈々美さんが当分性別を偽るのでしたら、この年齢の貴族でも職人でもない平民男子が魔物を狩ったことがないのは、珍しいことですから」
「あー……」
奈々美さんの目が死んだ。
わたしもちょっと慌てる。
「今回は見るだけよね? 奈々美さんは武器も持ってないのよ……」
「ええ、流石にこの軽装で丸腰の女性に無茶は言いませんよ。実際に見た事があるのと無いのでは、やはり咄嗟の時の反応が変わりますので」
アシャールさんの返答に、奈々美さんは明らかにほっとした。
そうよねー、いきなり弱いの倒そうとか言われたら、わたしでもちょっと躊躇う。
魔物を倒すということは、自分の手で生き物を殺すことだもの。わたしはスキルちゃんのおかげで、幸いその実感が無いけど。
《素材採取に失敗したら、普通にグシャっと壊れちゃうよー。本体が初手で超高経験値素材の採取に失敗したので、その経験値でぐんとスキルちゃんは成長しました♪ だから魔物は壊さずにすんでる、るるん》
…………わたしのスキルがスキルちゃんで本当に良かった。それに失敗してもちゃんと経験値が得られるのね。
「実際魔物に遭遇した時のために、武器を扱えるようになった方がいいのでしょうか……」
奈々美さんがそう言うので、ちょっと驚いた。
「神殿の地下に沢山の魔物が居ましたよね? ああいうのを相手にするには、やっぱり……」
「神殿の地下にいたのは、勇者の餌として、特別に用意された魔物達です。私達の活動範囲では、普通に避けたい相手ですね」
勇者の餌という言葉に、わたしはピッカーンと理解した。
「あの魔法で寝かされてた魔物達、勇者君のレベル上げの為に?」
「そうですね。まず無抵抗の魔物達を殺させて、手っ取り早くステータス値を上げさせるのです」
「え?! じゃあ、あそこに一緒にいたアシャールさんも、まさか……」
奈々美さんのその言葉に、わたしもアシャールさんを見た。
アシャールさんは不敵な目をした。
「私を殺せば、かなり強い勇者となったでしょうね」
わたし達は天を仰いだ。
平和な日本で育った、おそらく虫すら殺さないような少年に、無抵抗な魔物を殺させた仕上げに、魔力を絞り取られ拘束された人間を殺させる気だったのか……。
「……認めます。アシャールさんのあれは、それなりに当然の報復行動だったと」
奈々美さんは顔を顰めて小さく呟いた。
アシャールさんは、綺麗に笑う。
「ご理解いただけたようですね。話は戻しますが、奈々美さんが魔物を討伐するなら、まずは弓のような遠距離攻撃から身につけるのが良いでしょう」
遠距離攻撃かぁ……。まあそうよね。流石に接近戦は難易度高い。
でも弓道部だった職場の人が言ってたのよね。力のない女子が使う軽い弓だと、矢がまっすぐ飛ばずにコントロールが難しいって。
「そうだ奈々美さん、スキルを使って手からビームとか出ない? ジュワッと」
「え!? 出ないですよ……多分……」
「スキルのレベルが上がったら、出るようになるかもよ?」
「なる……んでしょうか……」
あら奈々美さん、目が泳いでいるわ。
「奈々美さん、出たの? ビーム」
「でっ……出てませんよ! まだ……」
アシャールさんの目が光った。
「まだ、ですか?」
「「つまり、予定があると」」
あらあら、アシャールさんとハモったわね。
「か……確定ではないんですっ。ただ……」
「ただ?」
もちろんわたしは、先を促した。
「香子さんのスキルちゃん達には人格があるみたいなので、わたしもスキルさんに話しかけて見たんです。そしたら……」
「そしたら……」
「…………力が……欲しいか……? って……」
奈々美さんは、すごく恥ずかしそうだ。
「第一声がそれって、すごくイケてるわ。わたし奈々美さんのスキルさん好きよ。きっとこんなポーズとったりしてるに違いないわ!」
わたしは顔の前で片手をすちゃっと翳し、中二病っぽいキメポーズをした。
「あああああ」
図星だったのかな? 奈々美さんが悶えてる。
うちのスキルちゃんも、特殊スキルさんはこだわりが強いって言ってたしね。きっと左右の目の色が違うか、片目メカクレ前髪の自称一匹狼スキルさんね。索敵スキルさんの方はすぐ派生スキルができたけど、外殻装甲アニキと上手くやっていけてるかしら……。
そんなほのぼのとしたところに、草むらからぴょこんと小さな角が生えた兎が現れた。中型犬くらいの大きさかしら……?
ふむふむ「ホーンラビット」繁殖力が強く、お肉として、皮紙の素材として、一番流通している魔物……と。角と毛も素材になるのね。
わたしがスキルで把握した内容と、ほぼ変わらない説明をアシャールさんも奈々美さんにする。
「……かわいい」
奈々美さんはぼそっと言った。
「目が赤色に変化したら、攻撃状態に入った合図なので、蹴られないように注意してください」
そう言って、アシャールさんは石を拾うと、ホーンラビットに投げた。
「ぶっぶぶぶぅ!!!!」
当然怒ったホーンラビットは、走って向かってきた。はっはやい!!
「ぶぶっう」
だが、アシャールさんは素早くそれを捕まえて、地面に押し付ける。そのまま兎耳を持って、わたし達に顔がよく見えるようにしてくれた。
「このように、大抵の魔物は攻撃状態に入ると目の色が赤くなります。覚えておいてくださいね」
わたしと奈々美さんは、無言で首を何度も縦に振った。
「では香子、これを素材にしていただけますか?」
仰せのまに。
アシャールさんごとホーンラビットを採取の光に包み込むと、ホーンラビットだけが瞬く間に素材として解体され、アシャールさんの空間収納に収集されていった。
「どゆこと?」
アシャールさんもびっくりしている。
「確かに食材としていくつかこちらに譲ってほしいとは思っていましたが……」
「そうなの?」
「ええ、下ごしらえをしておこうかと」
あ。スキルちゃん達と一緒にアシャールさんの魔力ちゃんが手を振ってる。
《すみませーん。本体が欲しがってるのがわかったので、スキルちゃん達にお願いしました〜》
「だそうです」
「なるほど、愛の力でしたか」
「そうね。紛れもない愛(魔力)の力でわたしも安心したわ」
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