3 神殿崩壊
わたしのちり紙チャレンジは、三回の失敗を経て四回目に成功した。
その間、またもや〈分解〉〈粉砕〉など細々とした派生スキルを会得したが、とうとう〈製紙〉スキルを獲得した時の喜びたるや! 原材料はそこらの草や、お茶にしている謎草の茶殻です。
紙袋まで製造して、ちり紙を入れておトイレとキッチン、それぞれの寝室に常備完了! これでもう木べらと古布とはおさらばよ!! おしりに優しい使い捨てちり紙の贅沢生活万歳!
わたしと奈々美さんは、両手でハイタッチしながら喜んだ。
「私のスキルも生活に役立つものだったらよかったのに……」
「全然役立ってるわ。力仕事全部任せちゃってるし」
奈々美さんも毎晩スキルを使って身体を鍛えている。そのお陰か〈外殻装甲〉は身体の一部分だけ覆ったりと自由度が高くなっているようだし、どうやら身体能力を大幅に上げるスキルのようだった。
スキルは使えば使うほどレベルが上がって出来ることが増えるようだけど、奈々美さんの場合は、わたしのスキルのように、派生スキルがぽこぽこ発生するようなことはなかった。
個人差と言えばそうなのかも知れないけど、不思議なものよね。
なんて思ってると、頭の中で声が聞こえた。
《聞こえますか? スキルちゃんです。いま、あなたのこころに直接語りかけています……るるん》
うん。このノリ嫌いじゃない。
初手から自己主張の激しかったわたしのスキルちゃんは、今日も元気ですね。
《特殊スキルさんは、それぞれのこだわりがあるので、なかなかお友達(派生スキル)を作りにくいのー。あとスキルの性格もあるのー》
なるほど。奈々美さんの〈外殻装甲〉は特殊スキル。まあそうよね!
《スキルちゃん達は本体からの信頼が厚いので、のびのび活動できてますーぅ》
うんうん、それは良かった。これからもよろしくね。わたし達の贅沢生活のために!
《いえーい♪ 贅沢ぅ〜》
もしかして、わたしとスキルちゃん達の相性バッチリでは?
スキルちゃんもだが、宰相様が派遣してくれた教師さんのおかげで、この世界のことも大体理解できてきた。
魔導具なんてあるからには、もちろん魔法がある。そしてお約束通り魔物もいる。勇者召喚は、その魔物退治のために行われたそうだ。
この家に盗聴魔法が仕掛けられていたのだから、教師さんも見張り役を兼ねてるのかも知れない。勇者召喚のことは口止めされているし、お城の人達の不利になるような行動をしないかとか。
多分今のところ、わたし達は無害判定されている……と思う。
ちり紙は教師さんが来る前に隠しておくし、お茶は高級嗜好品らしいので、お出しするのも、わざわざ井戸水を沸かした白湯にしてるので。
それから魔法や魔物以外に、人も、人族と分類されるわたし達のような普通の人と、獣人やドワーフ、魔族など多数の種族があるらしい。
貨幣は紙幣がなく鋳造貨幣……いわゆるコインだ。物理的に重いのが困るわ。旅に向かないではないの。
これは早めに神殿に行って、鑑定スキルと空間収納スキルをゲットするしかないわね。
そして場合によっては、冒険者ギルドの扉を叩く必要が出るかも知れない……。
だって、謎草のお茶と入浴剤に使ってる草、売れるかなって薬草店に持って行ったら、そんな雑草要らないって言われたんだもん。世間の需要とマッチしてなかった!
そしてそろそろミケ子の為に、食用のお肉をですね……、キャットフードが底をつく前にですね……、猫ちゃんには栄養価の高いお肉が必要ですからね。
そういうことで、神殿へ行ってみたいからと、明日の授業はお休みにしてもらったのです。
「というわけで神殿行ってくるわね」
「みゅっ」
「ミケ子はお留守番よ」
「みぃ〜」
「待ってください! 私も一緒に行きますよ」
奈々美さんが慌てて玄関にやってくる。
「でも、神殿の地下に勝手に入っちゃうのよ」
「だからですよ。やなぎさん初日に召喚魔導具と対戦したせいで眠っちゃったんですよね? 今回も対戦相手は魔導具なんですよね?」
そうだった。何か忘れてると思ったら、それだ。
「もし、やなぎさんの意識が無くなったら、わたしが背負って逃げます!」
「わたし、重いわよ」
「大丈夫です。私にはスキルがあります」
そう、わたし特撮ヒーローに背負われるのね……。そんなの壁になって眺めていたいじゃない! くぅぅ壁になるスキルは持ってないわ。
「じゃあ、もしもの時はお願いね」
「はい、任せてください」
奈々美さんはイケメンな笑顔を見せた。
聖女って何だっけ?
神殿は想像より豪華でカラフルな建物だったわ。人々は銀貨や金貨で花を買い、剣を持った大きな神像に、に供えていく。
神像の台座に彫られている説明文を読んで、わたしと奈々美さんは顔を見合わせた。
異世界より来たる勇猛果敢な戦士の魂の安寧を祈る――
そこに祀られていたのは、勇者だった。神様じゃなかったわ。どゆこと。
わたしは神官さんを探して、声をかけた。
「あの、主神ライフォート様に祈りを捧げたいのですが……」
「でしたら、こちらへどうぞ」
わたし達は入り口で買ったお供えの花を持って、神官さんの後に続いた。
奥まった薄暗い祭壇の間は、小さな神像が飾られ、わずかばかりの蝋燭の火が灯されているだけ。ここで長く祈りを捧げる者がいないことが見て取れた。
(神様より勇者を祀る神殿なのね……。国の方針なのかな)
案内してくれた神官さんも、わたし達に興味無さげに戻っていった。もちろんこの部屋に、誰かが盗んで困るような価値のありそうなものなど……鞄に入りそうな、このライ様の木彫り像くらいしかないわ。勇者の像は銅像のようだったのに。
でもわたし、この木像結構好きかな。かなり細かく丁寧に彫られているし。それになんだか清々しい気のようなものを感じる気がする。埃かかってるけど。
わたしは鞄に入れっぱなしの、パソコン用の小さい山羊毛のブラシで埃を払う。
「はくしゅっ」
埃が舞って、くしゃみが出ちゃうよ。
「どれだけ掃除してないんでしょう……」
奈々美さんが、すぐに窓を開けて換気してくれる。
「そうね……神殿なのに主神をこんな風に扱うってどうなのかしら……」
神殿で買った花だけでなく、採取しておいた果実や花、お茶にしている謎草なども供えていく。
そして奈々美さんと一緒に手を合わせて祈った。
(ライ様、鑑定スキルください)
ブフフと、我慢はしたが思わず吹き出してしまったような声が聞こえて顔を上げると、目の前に以前夢でみた草原が広がっていた。
「やなぎさん、ここは?」
奈々美さんの驚く声に、奈々美さんを置いてきたわけでないと分かって、わたしはほっとした。
「奈々美さん、こちらがライフォート様よ」
片眼鏡をかけた飄々とした(しかし笑いを堪えている)イケオジを見て、奈々美さんは目を見開き、頬を上気させて「推せる……!」と呟いた。
「さてここまで来た君たちに、新たなスキルを授けよう」
わたし達の身体が一瞬輝く。無事鑑定スキルをいただけたようで、素材収納から取り出して今まで謎草と呼んでいた草を見た。
〈パナマ草 リラックス効果、抗菌抗ウィルス効果、美肌効果、体力と魔力量の増加を助けるなどなど、かなり優秀な万能の薬草〉とある。雑草扱いされてる意味わからん。
入浴剤に使っているもう一つの草はサボン草これは万能洗剤になったので、ほんとう、雑草扱いの意味わからん。
「それからいつも身に着けているものはあるかい?」
ライ様に聞かれて、わたしは服の下から、ルビーとダイヤモンドのネックレスを取り出した。三十三歳の厄年に魔除けとして奮発したものだから、ちょびっと豪華。まあ、お太り様は華奢なジュエリーが似合わないという理由もあったが。
奈々美さんもネックレスだが、こちらは雑誌やSNSでも見かける有名ジュエリーブランドのものだ。可愛いのにスマートで上品に見える四つ葉モチーフは、スリムでカッコいい奈々美さんにぴったりだった。
「防御の加護を付与しておいた。今後魔物と対峙することもあるだろうからね」
「ありがとうございます! あの、うちのミケ子にも追加の加護を頂けませんか? こんなに可愛いんです!!」
わたしは素早くスマホを出して、アルバムの中のきゅるっとカメラ目線のミケ子、ヘソ天で寝てるミケ子、片足上げて毛繕いするミケ子をライ様に見せる。
「ウッホーきゃわわ。ンッホホホかわゆいねぇぇぇもう神獣にしちゃおうっかぁハァハァ」
ライ様の指先がキラリと光った。きっと家に帰るとミケ子は神獣になっていることだろう。ありがたや〜。
猫ちゃんを前にした、ライ様の崩れっぷりをみて、またもや奈々美さんは「推せる」と呟いていた。
「では君たちの活躍に期待しているよ。この後はこの世界を存分に楽しむように生きてもらえると嬉しい。勇者召喚のせいで、この国には過去の勇者達や巻き込まれた異世界人の無念の思いが澱みになり、定期的に災害が起こる。せめて君たちだけは、その仲間にならないよう願っているよ……」
そう告げると、ライ様の姿は風と共にかき消えた。
そしてわたし達は元の寂れた神殿の一室にいたのだ。
さてここからは神官さん救出作戦なのよ。
わたしは奈々美さんと頷きあうと、鑑定スキルの導きで、地下牢へと向かった。
もともと人が少ないのか、わたし達はサクサク地下へと進む。
誰も居ないことを確認して、奈々美さんが話しかけた。
「やなぎさん、わたしが貰ったスキル、鑑定じゃなかったのです」
「そうなの? どんなスキル?」
「索敵スキルです」
「聖女って何かしら……」
「本当に……あ! いま地図作成スキルとマッピングスキルが派生しました」
「マジで。わたし方向音痴だから、奈々美さんを頼りにするわ!」
「任せてください!」
奈々美さんの索敵スキルのおかげか、ライ様の加護か、わたし達は難なく目的地の地下牢に辿りついた。
だが、そこには。
どの檻にも鋭い牙や爪、角などをもつ、凶暴そうな獣達がいる。
「これって魔物でしょうか? なんで神殿の地下にこんな沢山……」
奈々美さんは異臭に鼻を押さえた。
「魔物ってこんな感じなのね」
わたしは一番近くの檻の中を眺める。
鑑定スキルを使うと魔物の情報が文字で見えた。この大きな牙のある猪に似た魔物は「ワイルドボア」とある。
どうやらどの魔物も、魔法で眠らされているようだ。他にも生息地など色々情報が出てくるけど、今じっくり内容読むの面倒だわ。後で辞典みたいに閲覧できるようにしてくんないかなって思うと、《鑑定辞典を作成します》と目の前に光る文字が現れた。そうしておくれ。
とりあえずパッと見の鑑定で目を惹いたのは、お肉が大体食用可だったことだ。その他の部位も薬にやら色々と利用可能。正しく「素材」だった。
とすればつまり。
一匹残らず。
『素材収集』
視野の範囲内……たとえ檻の中で見えなくても、鑑定スキルとのコラボで素材の存在さえ認識できればイケる。何故かそう確信して、わたしはスキルを発動させた。
円形の光がそれぞれ魔物達を捉える。
あ、これ固いわー。植物とかと違って、素材にすんの固い。切れない包丁でお肉切ってるような感覚? なら包丁を研げばいい。
スキルの光の透明感が増した……そう思ったら、魔物は抵抗なく素材と化して、素早くわたしの素材収納空間に収まった。
素材にラベリングよろしくーと念じると、頭の中で《まかせてー》と返事が返ってくる。わたしこのスキルちゃん達となら間違いなく上手くやっていける。できる子達だわ。
「え? すご……。全部素材になったんですか!?」
驚く奈々美さんに、ぐっと親指を立てて見せた。
それと同時に、頭のなかでピロピロピロと音が鳴る。
レベルアップしました
レベルアップしました
レベルアップしました……。
レベル……あっぷ?
このレベルアップって、スキルのレベルとは違うのかしら……?
《違うよー》とスキルちゃん達から返答が来た。どうやら鑑定スキルちゃんも、早速素材採取スキルグループと仲良くなっているよう。世界は……いや、わたしの脳内は今日も平和だった。
《本体のステータス値に影響するレベルだよー。魔力と処理能力値が増えたよー。スキルちゃん達の生活環境も快適になりましたー。ららん》と脳内にお花畑が広がる。
そうか、それは善きかな。
ということは、魔物を素材にするのは魔物を倒した扱いになるのかしら。ならば……今ならば……勇者召喚魔導具の雪辱をここで晴らせるかもしれない!
「行きましょう! 囚われのお姫様を救いに」
「はい!」
お姫様じゃなく神官さんなんだけど、奈々美さんは年寄りの茶番に付き合ってくれたの。いい子♡
魔物が居なくなり、ガランとした牢屋が並ぶ一番奥に、目的の神官さんは囚われていたわ。
主神ライフォートの神託を受け、勇者召喚を止めるよう提言して牢屋おくりになったというのだから、憐れみしかない。
そもそも王家に物申してなんで王城でなく神殿の地下牢に入れられるんだろう? まあそこに魔物がいたことも怪しいニオイしかしないけど。
思ったよりはやく、この国は出ないと危険かも知れない。
わたしはとりあえず話しかけてみることにした。生存確認は大事。
「あの……生きていますか?」
白い神官服に頭から被せられた白い神官のヴェールで顔は見えない。だから生死がわからんのよね。
ヴェールの隙間から流れて落ちるのは、小さな松明の灯りにキラキラ光る、長い黄金の糸の髪。
両手首を拘束され、鎖で吊り上げられている。
その下の白い腕は意外と筋肉質で、髪は長いけど男性なんだなと判断できた。
その腕が、わたしの問いかけにピクリと動く。良かった。生きている。
「……突然魔物の気配が全て無くなりましたが、あなたが?」
「あ、はい。ライ様からは魔力封印の魔導具を外せば、あとはご本人が勝手に出てくると聞いたんですが、魔導具はその手首の物で間違いないですか?」
「ライ様……? ああ、主たるライフォート様の御使いなのですね……感謝します。ご推察の通り、この手首の物が魔力封印の魔導具です」
よし。
わたしは気合いを入れて魔導具を見た。
対戦お願いします。
『素材採取』
《採取失敗。対象が破壊されました。スキルレベルを上げて下さい》
ぬぉぉおぉぉおおぉ!!!!
わたしは心の中で悔しさの雄叫びを上げると同時に、強烈な眠気に襲われる。
両手両足だけに〈外殻装甲〉スキルを発動させた奈々美さんがわたしを抱き上げた。
「では私達はこれで!」
「ありがとうございます」
神官さんは両手首を摩りながら頭を下げた。
奈々美さんも軽く頭を下げて、わたしを抱えたままダッシュで地下牢を脱出しますよ。
カッコいい。聖女ってなんだろう……?
そう思った時には、既に眠りの中にいたわたしであった。
その夜、轟音と共に神殿が跡形もなく崩壊したことは、熟睡していたわたしは全く知らぬことなのですよ。
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