17 アオリハへ
フェイル王国の人達は、素朴で良い人達が多かった。どの町の様子も実用重視の素朴な建物や道具が多く、自然と人々の助け合いが身に付いている。それほど裕福な国ではないとも聞いていたので、周囲で協力し合うお国柄なんだろうな。
約十日かけてフェイルの王城に辿り着いたわたし達を、王と王妃は歓迎してくれた。
トラブルもなくワイバーンの代金と報償金をいただいて、わたし達は心おきなくアオリハへと向かった。
わけではなく。
「わたくしを攫って下さい! 神官様」
「お断りしますね。己の目的のために、さらっと相手を犯罪者にしようなんて女は、まともな男は相手にしませんよ。男とは女性以上に損得を計算するものです。それが出来ない時は下半身の欲望に支配されている時です。そうなればどうなるか想像は出来ますか」
「どうなるんですの?」
王女はアシャールさんの腕にしなだれかか……れなかった。アシャールさん素早く距離をとり、こっちに走ってくる。英断ですね。だが王女もまけじと追いかけて来た。
走って。
オイオイオイ……、一国の王女がドレスであんな走っていいものなの?
出立の準備をしていたわたし達の前で、とんでもない場面が展開しているよ。
それにしても、結婚してる男に妻のいるところでこんなこと言うお姫様は、確かに国王夫妻の悩みのタネよねぇ。
実は事前に王妃様から、こちらの第四王女について注意喚起があった。
なんでも一年前に出会ったアオリハの商人と恋をして、別れ際にお相手が立派な商人になって迎えにくるよと言ったきり音沙汰がないらしい。
まあだから、わたし達がアオリハに向かうので、付いてこようとするかもと。
一緒に連れてってじゃなくて、攫ってって言った時点で、深読みすぎるかも知れんけど、「わたくし旅の間何もしませんわよ。おもてなししてね」という意思が透けて見える気がした。いや、わたしの警戒心が行きすぎてるだけかもしれんけど。
狼獣人のとても綺麗な王女様だから、いっときは王女の美貌に舞い上がって下半身優位になった男が、国に帰って冷静になったら王女と一緒になるためにかかる資金その他諸々の損得勘定して、王女のことを忘れることにしたに違いないわ。
わたしも王妃様と同じく騙されたと思う派です。
とりあえずわたしの頭の上のピホにスマホを渡す。このひよこ、どういうわけか翼を手のように使って、器用にスマホ操作するのだよ……。謎だわ。
それに飛ぶ。なんか翼じゃないスキル的なものを使って。綺麗でかわいいから、なんでも許すけど。
黄色い小さな嘴に、丸っこい頭部とつぶらな黒い瞳の配置が絶妙にかわいいを作ってるのよぉう。頭部にぱやぱやした若草から金に光る羽毛が立っててふわっふわだし。
ピホはスマホのライトで巧みに王女の視界を眩ませながら、アシャールさんを援護する。
流石に王女様は、侍女さん達に捕まって、アシャールさんは無事キトキト馬車に乗り込んだ。
「連れてって!」
王女様の叫びが聞こえる。
「あの人に、会いたいのぉぉ!!!」
それを振り切るように、馬車は空をかけた。
「一瞬アシャールさんに心変わりしたのかと思ったけど、そうじゃなかったんですね……」
奈々美さんが浮かない顔で呟いた。
「たとえ相手の男が本気だったとしても、期限のない約束をしておいて手紙一つ寄越さないのは不誠実です。そんなの王女様がかわいそう……」
「そうね。いっそアシャールさんに心変わりしてくれた方が良かったわよね」
わたしはムウ乳入りのパナマ草ミルクティーを配る。
「私に懸想したところで、応える気は一切ありませんよ」
「だからよ。スッパリ終わりにできる恋になるじゃない。今の状態よりマシじゃないかな?」
「あー……確かに!」
奈々美さんはムウを撫でながら、頷いた。
わたしもいっそ、そんなに会いたいなら会わせてあげればいいのにと思うのだけど、王と王妃が良しとしなかったのだから、他人が口を突っ込むことではないわよね。
「おそらくフェイル王家でも相手の男の素性を調べているはずですよ。よほど王女に近づかせたくない相手だったか、もう死んでいるかの二択でしょう。このことはさっさと忘れてアオリハでの予定を話し合いましょう」
アシャールさんは通常通りドライだ。長く生きていると切り替えがはやくなるんだろうか。
「アオリハは商業主体の国家で豊かです。その分色んな人種が多く、フェイル王国のように国民気質が親切で配慮のある方ばかりとはいきません。まずこの子達は珍しいので必ず目をつけられます。冒険者も乱暴な方がのさばっていたりします。勿論それに対処する警備隊などもいますが……」
アシャールさんは垂れ衣付き菅笠を取り出した。
「街中ではなるべくこれを被って歩きましょう。香子は足が遅いので、絡まれる事自体無い方がいい」
あっ、ハイ。そうですね。正論です。
「ピホウ! ピオウ!!」
「え? ピホが守ってくれるん?」
まだこんな小さいひよこなのに、健気やわ〜。
「そういえばピホだけ、『他者を傷つけない』とはなってなかったですね……ヤレますか?」
「ピホウ!」
アシャールさんの言葉に、ピホは元気に綺麗な声で鳴いた。
え? ピホさん、こんなに美しくかわいいのに、物騒なの?
「それからまずアオリハに着いたら、私は神殿で所属を離れてシュベルクランに帰還する手続きをしますので、それが完了するまで数日アオリハの首都に滞在することになるかと。宿の心配は要りませんよ。神殿の内にこの馬車を停めておけば大丈夫でしょう」
すでにアシャールさんは理解していた。わたし達がもうここのトイレ以外使いたくないことを。
「アオリハではワイバーンはどのくらい買い取って貰えるかしら」
わたしはちょっと心配になった。
実は採取したワイバーンの数、五千体くらいあるのよね。お陰様でわたしのスキルは一気にSSー六まであがっちゃったのよ。まあそのおかげであの魔導具との対戦に勝利できたんだろうけど。
因みにあの魔導具を採取したあとは、SSSー二になったそうです。スキルちゃんからの報告でした。
「流石に全部は無理ですね。百はければ良いところでしょう」
フェイルでのワイバーン一匹の買取価格、二体で一千万ダルでしたのよ。
こちらは奈々美さんが討伐したので、奈々美さんの取り分にしてもらった。
別途頂いた報奨金はパーティの資金……猫の目貯金にしてある。
ワイバーン百体売れれば、単純に五億ダルか……。大きな取引だけど。
「売れるかなぁ」
「売れるでしょう。脳みそと心臓が完全に新鮮な状態でありますしね。普通は討伐したその時に食さないと無駄になってしまう貴重な部位なのですよ。今夜調理しましょうか?」
「食べたことない部位だから、まだ勇気が出ないかな」
「では、新居が出来上がった時にでも、調理しましょう」
ふと奈々美さんが真剣に考えごとをしている。
「アシャールさん、一般的なレベルってどのくらいなんですか?」
「一般的……ですか? 難しいですね。そもそもレベルというのは、その人が得た経験を数値化して成長の目安にした物で、ステータス値の伸び方も個人差があるのですよ。香子はワイバーンを五千体以上素材にしてしまっているので、レベルも三〇〇前後まで上がっていると思われますが、ステータスに関しては、体力と物理攻撃力はそれほど変わっていないかと」
「本当だわ。体力がずっと二十だったの、最近はようやく三十までになったのよ」
わたしが喜ぶと、奈々美さんは慌てた。
「ちょっと待ってください。レベル三〇〇ですよね? 私いまレベル二七で体力は千二百以上あるんですよ?!」
「ふむ。大体の戦士職だとそのくらいが平均ですね。奈々美さんは心配せずに自分は一般的な範囲だと思っていて下さい」
「奈々美さんは戦士職じゃなくて聖女よ」
「香子さん、防御はしっかりしてくださいね!」
「大丈夫よ。ライ様の加護があるもの。それに体力はパナマ草茶とお散歩でも上がるしね」
嬉しいことに、採取レベルの上がったパナマ草茶で順調に内臓脂肪と体脂肪が落ちているようで、お腹周りがちょっと変化して来たのよ。
「まあとりあえずレベルに関しては、人族の場合、よほど戦場に出ているか、多くの魔物を討伐しているので無ければ、三十台にそうそう上がるものでは無いので、奈々美さんのスキルはやはり規格外ですね」
「それを言うなら、香子さんのスキルでは……」
「素材採取のスキル自体は珍しくないですよ。普通はそのスキルでレベルが上がらないので、使用者が規格外なのでしょう」
「……わたしはスキルちゃんの声に従ってるだけですよ?!」
それから、一番誘拐されやすそうなムウに迷子防止魔法を付与したおリボンとベル付きのワイバーン革の首輪を造って付けておく。
ピホにはアシャールさんが黄金の足環を造ってあげた。「ピホ」と名前が彫ってある。
ミケ子は長毛で首輪が埋もれるから、生まれたままの姿だ。自力で帰還出来るスキルもあるしね。
アオリハの上空を空飛ぶ馬車が横切るのは、各地で話題になった。
そしてそれが首都の神殿に着陸した時、もちろん神官達が総出で迎えてくれた。決して、歓迎の意味ではなく。
「馬車を引いてたのは馬じゃないのか……?!」
「角がある魔物じゃないか!」
「デカい車体だな……まさかグランヒュームの軍用馬車か?!」
馬車の扉が開き、神官服に着替えたアシャールさんが、先に降りますよ。
「ぎゃぁぁぁぁ!!!!」
「アシャールだ! なんで生きてるんだ?!」
「ひぃぃ、主よ助け給え!」
「主よ!」
「主よ!」
馬車が降り立った時よりも、賑やかかつ、明らかな悲鳴が聞こえるんですけど?
わたしと奈々美さん出づらいわぁ。
「おやおや。こんなに歓迎していただけるとは。私が不在の間、皆さんしっかり主を讃えていらっしゃいましたか? ハンカチは常に携帯していますか? 賄賂を受け取ってバレたりしていませんね? それでは治癒の腕がどれだけ上がったか確認させていただきましょう」
ゴゥと魔力の圧が放たれると、周囲にいた神官さん達の白い服が切り裂かれ、赤く染まっていく。
「がぁ!」
「うぅっ」
アシャールさんは優雅な足取りで彼らに近づく。
「治癒が遅い! 防御も遅い!」
「ぐぇう」
一人、蹴られて飛んだ。
と思ったら、次々と犠牲者がでてくる。
現場は阿鼻叫喚だった。
わたし、何を見せられているのかしら……。
「エリアヒールどころかヒールすらまともに出来ないとは! 自己研鑽を怠っては死ぬのは自分達ですよ。神官の仕事をのんびり神殿に来た者に治癒を施すだけと思ってはならないと常に言っているでしょう」
白髪のお爺さんが慌ててやってきて、死屍累々たる神官さん達を一気に治癒した。
「すごい……」
奈々美さんが呆然と呟く。
神官さん達は慌ててお爺さんに膝を付いた。
「その傍若無人ぶり……間違いなくアシャール神官のようだ……」
もしかしてアシャールさん、あれが通常運転なの?
「大神官様、ただいま帰還いたしました」
「……神託では確かに勇者召喚が行われたとあった。……ならば、お前が生きているはずがないだろうアシャールよ。私の前でお前が偽物でない証しを立ててみよ」
お爺さんが大神官なら、アシャールさんより立場が上のはず。だけどアシャールさんは、大神官のお爺さんに、まるで弟子か孫でも見るような優しい微笑みを見せた。
「こちらの聖婚の印をご覧下さい。これこそが正常なフェイ族しか成し得ない主の祝福。まさに私が私である証しでしょう」
あ。なんかすごく静かになったわ。
「いや、それ、一番信じられんわ!!!」
大神官様は叫んだ。
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