11 空をとぶキトキト
一週間ほどですっかりシロとクロは成獣に成長してしまいましてね。頭の位置はわたしより高いし、背中の位置の方がむしろわたしの顔に近い。大人三人は余裕で乗れそうな二匹なのですよ。
テントを片して出発の準備をすると、シロとクロが尾っぽ振りながら、わたしの袖を引き始める。
「うん、だからねぇ、無理なのよぉ。わたしの股下サイズでは、君達に跨るのは無理」
じわわわと二匹の瞳に水分の煌めきが宿る。
二匹はその潤んだ瞳のまま座り込み、お腹を地面につけてじっとわたしを見た。
「いや、うん。ほんとごめんね。その状態でもわたし足が」
二匹はさらに首を垂れて、顎をも地面にペタリと付ける。
ここからお登りくださいって? 更に難易度高くなったわ。
「乗ってあげて下さい、香子さん。まず香子さんを乗せないと、シロもクロも私とアシャールさんを乗せる気ないんですよ。わたし、クロに乗ってみたいです」
むむむ。奈々美さんにおねだりされては仕方がない。
わたしははしっとシロの首元にしがみつき、背中に足をかけ……か……、痛っ股関節いったぁ! 股裂ける!
ころんと転倒しそうになるところを、アシャールさんが支えてくれた。そのままよっと持ち上げて乗せてくれる。そして一緒に後ろに乗る。
シロのしっぽがはち切れんばかりに揺れた。
クロは立ち上がったが、シロはじっと奈々美さんを見ている。
「私も乗せてくれるの? 三人乗って大丈夫かな……」
心配する奈々美さんに、クロとシロは大丈夫と頷いた。
ミケ子がマイペースにわたしの前に乗ってちょこんと座ったのをみて、最後尾に奈々美さんが乗る。
シロは立ち上がると、クロと一緒にトットコ歩きだした。
「揺れ……思ったより無くない?」
むしろ快適ですよ。リアカーより全然。
ミケ子はさっそくヘソ天で寝始めた。
「そうですね。騎獣に最適というのも頷けます。今後はこのまま進みますか」
「いやでも、毎回一人で乗り降りできないのはどうかと……」
「そこは練習しましょう」
「そうですね。練習しましょう!」
身体能力高い二人が、いい笑顔で言ってくる。おのれ……おのれ……。
そしてキトキトな二匹は、パナマ草の群生地を見つけるのが得意らしく、さりげなく寄り道も行う。それでも、今までに比べて旅は順調に進んだ。
「ふんっ」
気合いと共にクロの背中に手をかけ、難なく飛び乗る。
わたしはとうとう生活魔法スキルを駆使して、シロとクロに完璧に乗り降りする方法を会得した。ドヤァ。
なんのことはない。わたしがクロやシロに触れて乗りたい、もしくは降りたい気もちの魔力を流すと、二匹の安全スキルが発動して乗り降りを補助する魔法が働いたのだ。さすがスキル持ちの超希少魔物よね。
そうして私の騎乗能力と格闘してる間に、シロとクロのスキルもあがったんだろう。
「キト」
「キトキト」
上機嫌にわたしを乗せていた二匹は、空へとかけだした――
「ええ?!」
「香子!」
「香子さんっ!!」
アシャールさんと奈々美さんの姿がどんどん遠くなる。ミケ子などは小さすぎてすでに見えない。
シロとクロ自身も、そらを飛ぶのが楽しいのか、どんどんスピードが上がる。
スキルちゃん達もざわつき、ハイテンションで自動素材採取範囲を広げた。
これじゃあすぐに目的地の自由国家アオリハへ辿りつけるんじゃないかしら。
今わたしを乗せてるのはクロだけど、シロもしっかり隣を飛んでいる。
繭宮や他の施設もあったフェイ族の国は、二百年前に滅び、フェイ族も国を離れてバラバラになったらしい。
アオリハにはアシャールさんが所属していた神殿があるのだ。
「アシャールさんはこんな旅して、わざわざ神託を届けに来たのよね……」
「こんなに快適で楽しい旅ではありませんでしたよ」
アシャールさんはそう言って笑っていたのよね。
まあ旅の道連れアシャールさんでよかった。
はじめこそ結婚だのなんだのと怪しかったが、女性二人に変な欲望を見せることなく振舞っている。そのことが、どれほど助かっているか……。
やがて眼下に湖が見えてきた。
スキルちゃん達が、マラカスもって、ハイテンションで踊りだした。
《塩湖だ――!!!! トンで採取するぞー!!!! るるるん》
塩! これは祭りが始まっても仕方ないわ。アシャールさんも手持ちのお塩が少なくなってきたって言ってたものね。
わたしは塩湖に佇むシロとクロの写真を撮って、ライふぉに上げる。
@奈々美さん 塩湖にいます。塩持って帰りますね と。
こうしておけば、余計な心配をかけることもないでしょう。
「キトキト」
帰りは自分に乗ってとシロがくっついてきた。
「良いけど、少し低めに飛んでくれる? 素材採取しておきたいから」
「キットキトー」
うーん、それはともかく、大金ってどうすれば手に入るのかしら? 地道に素材採取して、それを売るお店を作る? でもお店するにもお金はいるのよねー。
そもそもわたし、大銀貨四枚しかお金持ってないし。つまり四万ダル。これ、一ダル一円ってとりあえず思っておくとして、やっぱり物価は高いわよねぇ。
宰相様から貰った支援金? あれはもしもの時のために、もう無かったこととして封印貯金した。
正攻法でお金貯めていくとしたら、お家建ててパナマ草農園するのにどんだけ働かないといけないんだろう。
あー、楽に大金がほしいっ。
そんな真面目な妻は、夫がとんでもない方法で土地を得ようとしているなど、この時には微塵も思ってなかったのでありましてよ。
「ただいまー。びっくりさせてごめんねぇ」
わたしがクロやシロと帰ってくると、慌ててミケ子、そして奈々美さんがテントから出てきた。アシャールさんは外にいたので。
「お帰りなさい。塩は助かりましたよ」
「とりあえず十キロほど渡しておきますね」
ミケ子が走ってきて、わたしの足元にスリスリスリスリ頭を擦りつけてくる。
「あらあらミケ子。ただいまー今日も可愛くて良い子ね」
わたしはミケ子を抱っこして撫でる。ゴゴゴゴゴゴゴと喉から至福の音が聴こえて、でれっとしたところで、ミケ子はぴょんとわたしの腕を飛び出した。
「みゅみゅっ」
ミケ子はキトキトコンビに向かって、珍しくちょっと鋭く鳴いた。
二匹はしょぼんと首を垂れて、ミケ子に鼻先をそっと寄せ合う。
おそらくミケ子氏から、教育的指導が入ったとみた。
「お帰りなさい香子さん。どうにかミケ子さんのスキルにくっついて香子さんのところにいけないか、実験してみるところでした……」
「いきなり飛んでびっくりしちゃったわよね! でもこれでアオリハまで行きやすくなったんじゃない?」
いやぁわたし達まだグランヒューム王国から出れてなかったのよ。流石大国だわ。
因みにアオリハまでの間に、もう一つフェイル王国という小国を越えていかないといけないらしい。
わたしはまだだった朝食を食べて、その間にアシャールさんと奈々美さんはテントを片づけている。
わたしは食べながら、アシャールさんを鑑定した。魔力は元の量の四分の一近くまで回復しているよう……うんまだまだ足りないけれども、あの枯渇状態に比べたら全然マシ。でも万全な状態になるには数年かかるかも……。
わたしの鑑定ではゲージしか見えないけど、数値化した実際量ってどんだけだっんだろう。異世界召喚に必要だってんなら、あの紫ローブ、自分の魔力使えばよかったんに。
そうしてわたし達は、ようやくグランヒュームの国境を越えて、フェイル王国に入った。




