第9話 本物の巫女を追放した国の末路――カミラ様は健やか、セシル殿下は涙目、偽巫女たち大混乱
カミラ皇太后様は、もうすっかり元気になっていた。
ソレイユ帝国の宮廷を離れ、陽だまりの差す別邸でお茶会を開き、日々、健やかに過ごされている。
「カミラ様、お身体はいかがですか?」
「ええ、とても快適よ。心配してくれてありがとう、ルキさん。」
ニコニコと微笑むその様子は、もはや病人だった頃が嘘のようだ。
一方――。
ソレイユ帝国の本拠地、王都。
かつて栄華を誇った玉座の間は、今やため息と嘆きの巣窟になっていた。
「殿下、北の村で原因不明の疫病が……!」
「殿下、西の川が突然枯れてしまいました!」
「殿下、今年もまた大旱魃です!」
連日、会議のたびに報告される災厄の数々。
セシル・ソレイユ皇太子は、重々しく頭を抱えていた。
「どうしてこうなったんだ……ルキがいた時は、何もかもが上手くいっていたのに……!」
そのたびに呼び出されるのは、“新たな巫女”たち――
「新しい神託は?!」
「え、ええと……今日は南向きに五回ジャンプすると、きっと運気が上がります……たぶん……」
「……それは神託なのか?」
「明日の朝はパンよりご飯がいい、って書いてありました……」
「…………」
会議の端で、重臣たちがそっと涙をぬぐう。
そして、極めつけは偽巫女が差し出す“自動書記”の巻物。
【がんばれ】
――以上。
「……これじゃ何も解決しないじゃないか!!」
とうとうセシル殿下は机に突っ伏して泣き出した。
そんな彼のもとに、こっそり届く報告書。
「殿下……カミラ皇太后様は、すっかりご快復。今は静かに別邸で健やかに過ごされておられます。」
「……なぜだ。なぜ我が国の神託はこうも混乱し、あの方だけが元気なのだ……?」
結局、本物の巫女を追放した国の行く末は、混乱と涙と無能な神託ばかり。
そして今日も、偽巫女たちはおろおろと“ありがたいお告げ”を探して右往左往するのだった。
◇
「殿下……いっそのこと、元の巫女ルキ様を……」
おずおずと重臣のひとりが声を上げる。
それまで散々ルキを悪し様に言っていた面々も、この状況には顔色を青くするばかり。
「まさか……今さら戻ってきてくれるだろうか?」
「そもそも、もう行方がわかりませんし……」
「隣国アルヴィナ帝国では、“奇跡の癒し手”が現れたとか……噂が……」
「もしかして、それって……」
ざわめく会議室。
皆、薄々“本物”の居場所に気づきはじめている。
「やはり……追放などするべきではなかったのでは――」
「セシル殿下、ご決断を!」
責任を問う声と、“呼び戻そう”という声が次第に大きくなる。
だが、セシル殿下は苦しげに首を振る。
「……もう遅い。彼女は、二度と私たちを信じてはくれないだろう……」
殿下の言葉に、会議室には重い沈黙が流れる。
一方で、
「今からでも遅くはありません!」と、
“巫女様復活署名”が庶民の間でこっそり集まり始めていた。
――「本物のご神託巫女を、国に戻してください!」
――「ルキ様こそ、国を救う光です!」
その声は、やがて王都じゅうに広がっていく。
だが、その頃ルキは――
「今日はおばあちゃんたちに美味しいハーブティーでも淹れようかな」と、
アルヴィナ帝国の片隅で、小さな幸せに包まれていたのだった。