第8話 毎晩同じ部屋に来るんですが、これは儀礼ですよね?
アルヴィナ帝国の王宮で、私は“五番目の形式だけの妻”という、なんとも絶妙なポジションに落ち着いた。
しかも、“形式だけ”――つまり、ただの飾りなのだという。
(いや、こんな超VIP待遇で飾りって、意味がわからないんですけど!?)
部屋はまるで童話のお姫様仕様。窓際には可愛いカーテン。絨毯は足が沈むほどふかふか。
侍女さんたちは「ルキ様、今日はどんなお茶がお好みですか?」と日替わりで新作ケーキまで用意してくれる。
食べきれません、と断ろうとしたら、「いえ、残しても大丈夫です!」とニッコリ。
(これが“帝国流のおもてなし”……?)
それだけじゃない。
“お妃仲間”の皆さま、みんな親切で優しい。誰一人意地悪してこないし、むしろ私の世間知らずっぷりを面白がってくれる。
「ルキさん、今日はどんな一日だったの?」
「帝国のお風呂はどう? 合わないところがあったら言ってね」
「お肌ツヤツヤだけど、なにか秘訣あるの?」
……女子会か。
かつて巫女として働いていた時代、誰も寄りつかなかったのがウソみたい。
そんなある日の夜のこと――。
侍女たちが一斉に姿を消し、部屋にぽつんと残された私。
“もう寝るしかないのかな”とベッドにもぐったその時、扉がノックされた。
「ルキさん、起きていますか?」
お約束のように、ノイル皇太子殿下がやってくる。
これ、ここ最近、毎晩続いているんですけど――。
(えっ、これがこの国の“形式妻”の儀礼?)
ノイル様は部屋の椅子に静かに腰かけ、
「今日も一日お疲れさまでした」と本当に丁寧に頭を下げる。
「困ったことがあったら、なんでも言ってください。僕にできることは全部しますから」
「は、はあ……」
部屋の空気がふわりと柔らかくなる。
だけど、“五番目”のはずの私は、こんなVIP扱いされていて良いのだろうか。
「ノイル様、あの……。毎晩、こうして来てくださるのって……これは何か、帝国の儀礼みたいなものなんですか?」
おずおずと尋ねると、ノイル殿下は少し驚いたような顔になった。
「えっ、ああ……違いますよ。
君が心細くないように、顔を見に来ているだけです」
(なんでそんなに優しいの? いや、でも他の奥様にも……?)
気になって仕方がなくて、小さな声で訊いてしまった。
「あの……他の奥様方にも、同じことをされているんですか?」
するとノイル様は、ふっと笑って首を振る。
「いいえ。五番目の妻として、形式だけ……とお願いしたのは僕の都合ですから、君には特別に“気にかける義務”があると思って」
(あれ、ますます分からない……!)
「僕は、君に幸せになってほしいんです」
そう言って、ノイル様はおだやかな微笑みを浮かべた。
「だって、君がいるなら、僕はもう何も怖くないから」
そう言いながら、ノイル様はためらいもなく、私の肩をそっと引き寄せてきた。
(え、ちょっと待って?)
鼓動が跳ね上がる。
いやいや、私は“形式上の五番目の妻”なはずですよね!?
こんなに距離感が近いのは、まさか――皇帝家のしきたりですか!?
「ノ、ノイル様……?」
さすがに戸惑う私の声に、ノイル様は真剣な表情のまま、ふっと微笑む。
「形式上だろうと、妻は妻だろう?」
――この人、たまに本当にズルい。
近すぎる距離、優しすぎる言葉。
「何も怖くない」だなんて、そんなふうに言われたら、私の方が怖いんですけど!?ずっと前世でモテたためしもないし、男性と話したためしもない私には全然わからない。
(これは、皇太子としての“お仕事”じゃなくて……もしかして、私に好意を……?)
頭の中で「いやいやまさか」と思いながらも、
ノイル様の腕の中で、私はしばらく動けなかった。
――形式上の妻って、こういう意味だったっけ?
誰か、教えてください。
私は、ただただ戸惑ってしまう。
追放されて、何もかも失ったと思ったのに――
こんなに大切にされてしまうなんて、どう受け止めたらいいのかわからない。
(こんな毎日が続くなら、“五番目の妻”でも、悪くない……のかな?)
――そんなことを考えながら、私はそっとベッドのシーツを握りしめていた。