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第4話 おばあちゃん子は、もうひとりのおばあちゃんを救いたい

アルヴィナ王国の王宮の一室――それは、静かに時が流れる場所だった。


寝台の上には、やさしい笑みをたたえたこの国の皇太后様、マリア皇太后様が横たわっている。マリア様はノイル様の祖母だ。けれど、その顔色はどこか儚げで、細い手が白いシーツの上にそっと添えられていた。


「マリア様、どうかご無理なさらずに……」


私は静かに声をかける。

それは、まるで遠い記憶の中――あの町の診療所で、おばあちゃんのお手伝いをしていた頃の自分のままだった。


「ふふ、あなたは本当にやさしい子ね」


 マリア様は、微笑みながらそう言ってくださる。その声が、私の胸の奥までじんわり染みていく。


 ――あの日、おばあちゃんが私の頭をなでてくれたみたいに。


「この薬、できたてです。まだ慣れない国の材料ばかりで少し不安ですけど……きっと、効きます」


 私はそっと、手作りの薬を差し出した。

 あの自動書記が導いた配合で、ルキの力をすべて込めて作ったものだ。


 マリア様は、静かにうなずいて薬を口に含んだ。

 ――その手を、私は思わずぎゅっと握ってしまう。


「……ありがとうございます。あなたの手、あたたかいわね」


「私、昔からおばあちゃん子なんです。

 だから……大切な人が苦しそうにしているのを見るのは、つらくて」


 病室の窓の外で、やさしい風がそっとカーテンを揺らす。


「でも、あなたが来てくれて、私……安心できたの」


 マリア様の声に、胸の奥の何かがほどけていく気がした。

 私は、たまらなく懐かしい気持ちで、その手をぎゅっと握りしめた。


(きっと、おばあちゃんもどこかで見ていてくれている。だから、今度は私が、もうひとりのおばあちゃんを守りたい――)


 優しい記憶と、新しい絆が、そっと重なった夜だった。



 忍びの者が音もなく窓辺に現れたのは、ちょうど薬が出来上がった頃だった。


「……できました、これがカミラ様のための薬です。どうか、またよろしくお願いします」


 ルキは包み紙で丁寧にくるんだ薬包を、黒装束の忍者にそっと差し出す。

 異国の薬草と、手元にあったわずかな現地素材。足りない知識は、自動書記が勝手にノートへと文字を綴ってくれた。

 まるで、見えない手がルキを導くかのように――。


「ルキ様、承りました。

 必ず、無事にソレイユの皇太后様のもとへ」


 忍者は静かに頭を下げ、夜の闇へと消えていった。


 ……それから数日後。

 ノイル皇太子が心配そうにルキの様子を覗きに来た。


「ルキさん、大丈夫? 薬、足りてる? 今度は、祖母・マリア様にも同じ病の兆しが見えて……」


 ルキはすぐさま、皇太子のお祖母様――マリア様の寝室へ案内された。

 病床のマリア様は顔色が悪く、枕元で弱々しく咳をしている。


「これは……」


 ルキはそっと手を当ててみる。高熱。呼吸も苦しそうで、咳が長く続いている。

 胸の奥で、幼い日のおばあちゃん医者の声が蘇る。


(もしかして……これ、“マイコプラズマ肺炎”じゃない?)


 ファンタジー世界でも通じるか分からないが、ルキの中で答えははっきりしていた。

 現代医学の知識と、この国でしか手に入らない薬草――

 そして何より、自動書記の導きがある。


「ノイル様、この症状は“マイコプラズマ肺炎”に近いです。高齢者には危険な病気ですけど、この薬できっと回復します」


 自動書記のノートには、さっき作ったばかりの薬の分量や投与のタイミングまで、細かく指示が書かれていた。

 ルキは慣れた手つきで薬を煎じ、マリア様の口元へそっと運ぶ。


「少し苦いですが、頑張って飲んでくださいね」


 マリア様は弱々しくも微笑み、ゆっくりと薬を飲み干す。

 ノイル皇太子も心配そうにその様子を見守っていた。


「礼を言うのはこちらです、ルキさん。あなたの薬が、きっと祖母を救ってくれる。……本当に、ありがとう」


その言葉に、ルキの胸の奥がじんわりと温かくなった。


(今度こそ、誰かを守れるかもしれない)


夜明けの窓の向こう、カミラ様もきっと、この薬を飲んで回復に向かっているはずだと――そう、ルキは静かに願うのだった。

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