第2話 捨てられた荒野で狼に囲まれて死ぬかと思いました
――これは夢じゃないのだろうか。
そんな現実から逃れたい気持ちが、心の奥で渦巻いていた。
ソレイユ王国から追放され、隣国アルヴィナとの境界に広がる荒野に放り出された私は、呆然と立ち尽くしていた。
だが、日が落ちて冷たい風が頬を打ち始めると、自分の孤独と無力さが一層重くのしかかってきた。
私の名前は望月ルキ。
かつては“ご神託の巫女”と呼ばれたけれど、今はただの行き場を失った少女だ。
「なんでかなぁ……災厄を告げて危機を回避させたかったのに、うまくいかなかったのかなぁ」
誰に言うでもなく呟いた声が、荒野の冷たい闇に吸い込まれていく。
胸の奥には、おばあちゃんのことを思い出し、ぎゅっと痛む寂しさが広がった。
寒さが体に染み渡り、足は震える。
それでも、歩き続けるしかなかった。
どこへ向かえばいいのかもわからず、とぼとぼと足を進めていると――
背筋が凍るような気配が、ふいに周囲を包んだ。
「……え?」
月明かりの下、黒い影が滑るように動く。
一頭、二頭、いや、それ以上――
灰色の毛並みを輝かせた狼たちが、私を囲むように近づいてくる。
「う、嘘……」
後ずさる足。
獰猛な唸り声が喉の奥から低く響いた。
(どうして、こんなことに……!)
息が詰まり、手足が冷たく動かない。
私の運命は、ここで終わってしまうのか――そんな絶望が頭をよぎった。
――そのときだった。
どこからともなく、澄んだ笛の音が闇を切り裂いた。
馬を駆るひとりの青年が、月明かりの中に姿を現す。
「そこの君、大丈夫か!」
その声は、冷え切った心にまるで温かな光を注ぐようだった。
彼が馬から飛び降りると、狼たちは一斉に彼に視線を向ける。
不思議なことに、彼の周囲では狼たちの耳が伏され、静かに従順になった。
「怪我はないか?怖かっただろう」
呆然と答える私に、青年は優しく微笑む。
「驚かせてしまってごめん。でも心配はいらない。彼らはこのアルヴィナ王国の守護聖獣なんだ。」
「聖獣……?」
狼たちに怯えていた私の誤解が解けていく。
青年――彼は気品ある顔立ちで、そっと手を差し伸べた。
「僕はアルヴィナ王国の皇太子、ノイル。ずっと君を探していた。」
「なぜ、私を……?」
ノイルは苦笑しながら答えた。
「実は最近、この国にも奇妙な予言が届いたんだ。
『隣国から追われし巫女が森に現れる。その者こそ新たな運命を運ぶ』――だから、ずっと君のことを探していたんだ。」
私の物語は、ここから大きく動き始める。
これはきっと――新しい運命のはじまり。