世界を救うのに必要なのは、物理と魔法とバフによる暴力でした
なろう小説にリアリティを求めるちょっとめんどくさい読者諸君は、こう思ったことはないだろうか。
「なぜ勇者は軍隊ではなく、少人数のパーティで魔王退治に向かうのか?」
だってそうだろう。敵は世界の支配や地上にウジャウジャといる人間を滅亡させてやろうと目論む、大変根性のある魔王とその配下の魔物の軍団である。
どんなチートの持ち主だって、数の暴力の前には無力だ。戦いは数だよ兄貴、と昔の偉い人も言っている。
ボストロールやらギガンテスやらが1000匹ぐらい同時に襲ってきて勝てるイメージを持てるかどうかって話だ。
うん、俺も前世ではそう思ってた。高校生ぐらいの年齢の時の話だ。
しかしトラック事故で異世界にTS転生して女神にチートをもらって聖女になって勇者パーティのメンバーとして戦ったら、その認識は540度ぐらいひっくり返った。
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「ぜいやァァァァァァッッッッ!!」
裂帛の気合と共に2メートルはあろうかというグレートソードを振り回す黒鋼の騎士、ヴォルタ。
獲物とおなじく2メートル近い巨体を真っ黒なフルプレートアーマーに身を包んだその姿は、都市を守る英雄像のように力強く、カッコいい。
そのデカい×デカいから繰り出される攻撃がまたヤバい。剣や鎧の重さなど感じないかのような超高速の斬撃が息をもつかさぬ速度で魔物どもを切り刻む。オーガだろうがアイアンゴーレムだろうが構わず、何もかも豆腐のように膾斬りだ。その姿はさながら黒い竜巻とでもいうべきか。いや、マジで剣閃が早すぎて生み出される衝撃波とかソニックブームとかでも魔物切り刻んだり体ごと吹っ飛ばしたりしてるわ。
…お、バフがもう少しで切れるな。準備しておくか。
「モンスターゲート解放確認!次のウェーブの出鼻をくじきますわ!」
公爵令嬢にして稀代の天才魔法使い、ウィルミーナの美しく通る声が戦場に響く。
最高級の魔力布で織られ、趣味でフリルがたくさんつけられた黒いローブを魔力波がたなびかせ、ウィルミーナの頭上に5メートルぐらいある巨大な火球が生み出される。全属性を操り、規格外の魔力量を誇る彼女は、詠唱やらイメージ構築なんてまどろっこしいことは必要としない。ゼロタイムで災害級の大魔法を打ち出せるのである。
「バスターフレア・シュート!!!」
魔法名を叫ぶのは気合い入れと趣味ですわ、というのは本人の談。
ともかく打ち出された巨大火球は、今まさにモンスターゲートから這い出てきようとしていた魔物軍団に炸裂し、大小合わせて200はいたであろう魔物の全てを消し炭にかえる。
おっと、余剰熱波はプロテクションを応用した障壁で遮断、と。まぁ慣れたもんだ。
「魔力ポーションです!」
「助かりますわ!」
すかさずサポートに入る輜重部隊の人たちもいい仕事してる。
「…」
炭化した仲間の死体を乗り越えて這い出てくる大型の魔物の頭を、アーチャーのクリフテッドの矢が撃ち貫き、ついでに後続の魔物もまとめて吹き飛ばした。
寡黙で長身なこのエルフの男の弓は、恐ろしいほど正確な狙いと速さ、そして強さで魔物を粉砕する。ルックスもイケメンだ。
それはそれとして、そう、粉砕である。クリフテッドの弓はバシュッ、って感じじゃない。弦の音と矢の風切り音の代わりに、ドンッとかズゥン!って感じの腹に響くような音がする。
その威力は弓というよりレールガンとかアンチマテリアルライフルのようなそれだ(どっちも実物見たことないけど)。魔物とは言え生身の相手に撃っていい火力じゃない。試し打ちでトラックぐらいの大きさの岩を一発で貫通したときはパーティ全員がドン引きした。
先に撃った矢に矢を当てて反射させ、敵を四方八方から攻撃するオールレンジ攻撃みたいなやつに至ってはもう実演を見せられても誰も理解すら出来ない。
一応武器耐久力強化とか視力補助とかのバフはかけてるけど、必要あんのかな?
「矢の補充です!」
「…助かる」
あまりの美形っぷりにサポートに入る輜重部隊のお姉さんも心なしか顔が赤らんでるように見える。
おっと、ヴォルタにかけたプロテクションとリジェネレートとその他諸々のバフがそろそろ切れるな。
いくら1人竜巻のようなヴォルタといえども無敵ではない。斬撃を掻い潜って攻撃してくる魔物はいるし、衝撃波やらソニックブームの反動でもダメージは蓄積される。
それらから身を守る力を与えるのも聖女としての俺の仕事だ。
ちなみにプロテクションはクリフテッドの弓にもある程度耐えるし、リジェネレートは腕やら脚やらが吹っ飛ぶダメージを受けても一瞬で再生させる。再生が早すぎてダメージを受けた認識すらない、とヴォルタが言っていた。
「ヴォルタ、前衛交代!アニス、前に出て!」
俺から合図を受け取った輜重部隊のお姉さんが号令する。
俺は聖女チートの代償として声が出せず、歩くことも出来ない。聖痕というらしい。移動はもっぱら魔力で動く車椅子だ。車輪はついてなくて、魔力で地面から少し浮遊してるタイプだけどな。
女神の話じゃ、悲劇のヒロインぽさの演出の一環だそうな。ナメてんのか?
「不自由な体に宿る奇跡の力を操る超絶美少女キャラ、マジ尊くない?」とか本気の顔で言われたときは思わずドン引きした。
まぁ不自由っちゃ不自由だけど、輜重部隊のお姉さんやらパーティの女性陣に可愛がられたり色々お世話してもらったりの特典もあるし、転生してからずっと付き合ってきたことではあるので、今じゃもうあんまり気にしてない。
ヴォルタが退がり、モンクのアニスが前に出る。
平民出身の小柄で素朴な少女だが、身体能力はヴォルタに負けず劣らず、拳は地を割り蹴りは空を裂き、積み上げられた功夫はいかなる敵でも一撃で地に沈める。ウィルミーナとはトムとジェリー的なケンカがたえない。
「全力でいくよッ!深山流奥義!修羅覇王豪破拳ッッッ!」
黄金の闘気を纏ったその一撃が、地響きとともに魔物の群れをまとめて光の粒子に変える。
技名を叫ぶのは気合い入れとロマンだよ!とは本人の談。
「まだまだッ!」
その奥義を連続で繰り出す。底なしの体力と闘気が生み出すそのコンボの前に魔物どもが瞬く間に光の粒子に変えられていく。
おっと、ヴォルタにバフを掛け直さないとな。
近くまでさがってきたヴォルタに、プロテクションとリジェネレートと疲労軽減とアーマークラスバフと武器耐久力強化と武器自動修復と身体強化と動体視力強化と思考反応強化と他諸々のバフをかける。
ほいやっと。
「助かる、聖女!」
バフがかかって活力を取り戻したヴォルタの感謝に、微笑みで返す。16歳の超絶美少女に生まれ変わった俺の微笑みは数多の男を虜にする、と有名だ。意外に過保護なウィルミーナなんかは「人前で危険な兵器をバラまくんじゃありませんわ」と口を酸っぱくしていう。故郷に奥さんと娘さんがいるヴォルタには全く効果ないけどな。
名前じゃなくて聖女って呼ばれるのは、聖女としてお務め中は個人名も聖痕として女神に捧げるからだ。聖女ってのは色々大変なのだ。
そうして、ヴォルタの鋼の暴風が、ウィルミーナの災害のような魔法が、クリフテッドの弾丸のような矢が、アニスの黄金の闘気が魔物どもを殺し続け、ついにモンスターゲートが沈黙する。
モンスターゲートっていう、膨大な数の魔物を次々と転送するこの魔王軍の切り札は、通常の攻撃では破壊することは出来ない。あれほどの攻撃を繰り出す勇者パーティーの面々ですら、ゲートそのものに傷を与えることは出来ないのだ。
それを可能とするのは、そう、勇者の一撃のみ。
「…ありがとう、皆」
後方で待機していた勇者、アルレインが聖剣を抜く。
青白く輝く神々しい光が溢れ出し、聖なる力があたりを覆う。聖気に包まれた世界は沈黙し、静寂が聖剣の唸りを際立たせる。
「聖女!」
アルレインの声に、俺は魔力を聖剣に注ぐ。勇者と聖女の魔力を合わせることで、聖剣は真の力を発揮するのだ。アルレインが後方に待機していたのは、この勇者の力を温存するためだ。名誉のために言っておくと、アルレイン本人も滅茶苦茶強いぞ。ヴォルタとアニスを同時に相手して互角に渡り合うほどだ。
そして青白い神気が増幅し、やがて1本の巨大な剣のような姿をかたちどる。
「征け!勇者!」
「あなたに託しますわ!」
「…任せる」
「頑張って!ダーリン!」「何を言ってやがりますの!?」
仲間たちの激励が飛ぶ。アルレインがゆっくりと仲間たちの顔を見渡し、頷きを返す。最後に俺をみたアルレインに、いつも通りの微笑みを返す。
「我が敵を打ち砕け!聖剣クラウ・ソラス!!」
振り下ろされた剣から迸る光の奔流がモンスターゲートを飲み込む。溢れ出る輝きの神聖さと眩しさに、誰もが目を覆いながら、同時に目を逸らすことができない。
光の奔流が収まった。
音が消えたかと思うほどの静寂が戦場を支配し──そこにあったはずのモンスターゲートは、跡形もなく消え失せていた。
残ったのは、円形に穿たれた巨大なクレーター。地面は融け、焼け焦げ、赤く爛れた岩肌がむき出しになっている。
歪んだ空気が遠くの景色を揺らがせている。
ゲートの背後にあった大樹の群れも、岩山も、何もかもが光の中で蒸発していた。まるで最初から何もなかったかのように、綺麗さっぱり。
これが、勇者と聖女と聖剣の一撃だ。
数秒の沈黙の後、大歓声に沸き立つ仲間たちの声を聞きながら、俺は思った。
やっぱ勇者パーティってチートだわ。一般人の軍隊?いらんいらん、むしろ足手まといだわ。
世界を救うのに必要なのは戦略でも兵站でもない──
ただのパワー、魔力、バフ。そして暴力。──それだけで、全部解決するんだよ。マジで。