5.指針
買い物を済ませ、その後も一通り案内を受けた後、私たちはカレンの屋敷へと帰ることになった。
「私・・・何をしたらいいんでしょう」
自分の中で一息ついたのかもしれない。急にそんな感情が湧いてきたのを近くにいたユイに質問していた。
「そうですねぇ・・・」
師匠が原因で唐突にこうなってしまった。というのはユイもわかっているはずである。そしてそれを受け入れたのはカレンである。
私の師匠は確かに突然何を言い出すか分からない人であることは分かり切っているのであるが、それ以上に私が知っていることがあってそれが「必ずやらせることには意図が有る」ということである。
意図があってやらせるということはつまり、私はここで何かをしなければいけない。ということでもあるのだけれど、あまりにも突然のこと過ぎてまだ何も掴めない。
ヒントになりそうなのは師匠からお使いを頼まれて、カレンにティアラを届けたことくらい。それ以外には何も無かった。
「私にも分かりません。ですが、ライズさんはとりあえずカレン様に聞かなければいけないことがあるんじゃないですか?この集落の事とか、竜についてとか」
「・・・まあ、それは確かにそうなんですけど」
そんな話をしていると屋敷の前に着いた。するとちょうどよくカレンが池に居る鯉のようなものに餌をあげているのが見える。私たちが帰ってきたことに気づくと残った餌袋を持ったままこちらに近づいてきた。
「あら、帰ったのね。早いじゃない。リリックは落ち込んでた?」
カレンがそう聞くとユイは答えた。
「いえ、全く落ち込んではいませんでした。ですが反省はしているようで多分今後は靴下をどっかにやらないと思いますよ。サンダルでしたから」
私はその言葉でさっき見たリリックの足元を思い出した。
「あっ、あの、カレン様!」
「なに?」
「私、カレン様と話したいことがあるのですが」
「私もあなたと話さなければいけないことが沢山あるわ。そうねぇ・・・とりあえずユイ、お茶を入れなさいな。話はそれから」
「はい、かしこまりました」
ユイはそそくさとキッチンの方へ消えて行く。カレンに「付いてきなさい」と言われ案内されたのは彼女の部屋。今度はさっきと違い机の前に椅子が置いてあった。
「座りなさいな」
カレンは手慣れた手つきで来たときと同じように煙草を咥えると火を付け、今度は私の向かい側に座った。机の真ん中にはさっき渡したティアラの入った箱が置かれている。
「ほいで、話って?」
「はい、率直に言います。私は何をしたらいいんでしょうか」
師匠とカレンは古い友人。今回のこれも何かしら師匠がカレンにお願いをしたに違いないと踏んだ私は、カレンが何か知っているとはずだと考えて思い切って聞いてみることにした、のだけれど。
「さあ?」
言葉と同時にユイが台車を転がしてお茶を持って部屋に入ってきた。少しだけ横目でユイを見ると、またすぐに視線を私の方へ向けてきた。
「ミレーアがなんであんたを私に預けたのか。その真意は分からない、あんたが何をしたらいいのかなんて言うのも分からない。ちなみに、あんたをここに住まわせてくれっていうのも手紙を貰うまでは全く持って知らなかった」
「そうですか・・・」
肩を落として目線を下に向けると綺麗に掃除されている床が目に入ってきた。ドアが開く音がしてユイの足音が近づいてくるとテーブルの上に何かが置かれる。きっとさっきカレンが言っていたお茶を持ってきてくれたのだろう。顔をあげるとテーブルの上にはティーカップが2つ置かれているのが見えた。
カレンは置かれたカップを掴むと口へ運び、一口、お茶を飲み、笑顔を見せた。
「分かっていること、彼女は私の友人。そしてそんな彼女が私に弟子のあなたを預けたということと、それとー」
「彼女がこの国一番の〝彩輝師〟であるということ・・・お茶、冷めるわよ、飲んだら?」
「ああ・・・すいません。ありがとうございます」
カップを手に取って一口飲んでみると今まで飲んだことのない味がした。香ばしくも華やかで豊かな味・・・という表現が正しいのだろうか。
「それ、ここら辺の名産品なの。海外へ輸出もしていて結構人気なのよ」
「あんたが何をしたらいいのか。っていう質問には答えることが出来ないけど、ここに住むのであれば、働いてもらうことは決まってるけどね」
「はい?」
と驚いているとカレンは私の右手を掴み、ベルトのようなものを取り付け始める。
「時計よ、時計。ここでの生活に必要だから。私のおさがりだけどね」
右手を見るとそこには見事な時計が付けられていた。アナログの文字盤とデジタルの日付。しかし普通の時計には表示されていないものが文字盤の下の方に映し出されていた。
「・・・これは何ですか?この下にある丸っこいの」
「ああ、それ月齢表示、月の満ち欠け。ライズにとってこれから必要な指針」
そんな機能がついた腕時計なんか初めて見た。
「さてと、じゃあ明日は私の番ね」
「私の番?」
「ええ、今日の案内はユイ。明日は私。朝起きたら着替えてきて。キッチンに朝食を用意させておくわ。それを食べたら出発するから」
まだ案内されるようなことがあるらしい。けれど一体どこに連れて行く気だろうか。集落の中は大方今日、案内された気もするけど。
「明日案内するのは、ライズがここでやること。働くこと。それすなわち」
「竜を見に行くこと」
そうか、竜。ユイにカレンに聞いてみたらと言われたこと。というより見に行けることに私は驚いていた。
「竜・・・見に行くことが出来るんですか?」
「まあ、そうねぇ。段階を踏んで取り合えず明日はその取っ掛かりということで。あ、そうそう、シャワーを浴びたら夕食だから。キッチンに来なさい。そして今日は早く寝なさい。疲れてるでしょ?」
竹を割る様に言葉が私に届く。カレンの言葉は端的で何というかそんな感じがする。優しさというよりも強さが何となく感じる言葉に私は返事を返した。
「わかりました。ありがとうございます」