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第九話 少年の思い出

「僕の大好きなおじさんがね、空の良さを教えてくれたんだ……」


そう言うと彼は、少し遠い目をしながらゆっくりと自分の過去を語り始めた。


「4年前、僕が7歳だったころ、僕はあるおじさんと出会ったんだ。」


「おじさん?どこの誰なんだ?」


「知らない。でも、すっごく面白くて優しいおじさんだったよ。」


知らないおじさんかあ……。


とても怪しい匂いがするが、この子はここに健在なんだ。きっと本当にただ面白くて優しいおじさんだったのだろう。この子のハートを鷲掴みにしているようだしな。


「僕、よく周りの子たちに仲間外れにされてたんだ。それで、その日もいつもみたいに一人になっちゃって、ただその場に座り込んでた。そんな時、おじさんに声をかけられたのが初めてだった……」


―――「おーいお前、なに下向いて座ってんだ?」


「……おじさん、誰?」


「誰って言われてもなあ。おじさんはおじさんだよ。ただの通りすがりのおじさんさ。んなことより、何か悲しい事でもあったのか?すげえ落ち込んでそうじゃねえか。」


「今日も仲間外れにされちゃったんだ……。”お前とは遊んでやらない!”って言われちゃったんだ……。」


「あちゃ~、そりゃ残念だったな。でもさ、ずっとそうやって下向いてても、ずっと悲しい気分のままだぜ?」


「そんなこと言われても……。じゃあどうすればいいの?」


「簡単なことさ。上を向けばいいんだよ。空見ろ、空。」


「え?」


「空を見上げんだよ。今日はすげえいい天気だぜ?」―――――


「最初に空を見た時、僕はいまいち良さが分からなかったんだ。」


―――「見たけど、それが何なの?」


「おいおい~、こんな雲一つない空を見上げて何も感じないってことあるかよー?……お前に一つ教えといてやる。こういう晴れの日ってのはな、空がお前に笑いかけてるんだよ。」


「ええー?よく分かんないよ。じゃあ雨の日は?」


「空がお前のために泣いてんだよ。」


「じゃあ曇り。」


「空がお前と一緒に悩んでくれてんだよ。」


「……おじさん、僕もう7歳だよ。そんな噓分かるよ!」


「嘘じゃねえよ~!本当だってば!見れば何となく分かるだろ~!」


「嘘だね!僕そんなの信じないよ!」


「……はあー。お前、子供のくせに可愛げがねえなー。そんなんだから仲間外れにされちまうんじゃ……」


「…………うっ、ぐすっ。」


「な、なーんてな!冗談だって!だから泣くなって!!」


「うう……。」


「ごめんって!!……仕方ない、俺が今から、特別に素敵な場所に連れてってやる!」


「……ええ?素敵な場所?」


「ああ!俺が大好きな場所だ!そこに行けば、いくらお前でも絶対に元気が出る!」


「嘘じゃないよね?」


「ああ!おじさんに着いて来い!!」――――


「そうやっておじさんに着れて来られた場所が、ここの展望台だったんだ。」


―――「じゃーん!!どうだ!?すげえ良いところだろ!」


「……こんな所にも展望台があったんだね。僕、もう一つの方しか知らなかったよ。」


「あー、あっちの方の奴な。あそこは人がいつも多いから嫌なんだよ。俺は景色を見に展望台に来るわけじゃねえからな。こっちの方が断然良い。」


「景色を見ないの?じゃあ何するのさ?」


「それはな……あ!きた!おいリュータ!両手を広げて空を見上げろ!!」


「え?」


「早く!風が止む前に!」


「うん…………おお!」


「どうだ?」


「なんか……気持ちいいよ!」


「だろ?鳥になったみてえな気分になるだろ?」


「うん!」


「そう、俺はそうやって空を見るためにここに来てるんだよ。楽しみ方はそれだけじゃないぜ。展望台の真ん中にこうやって……寝転んで空を見るのも最高なんだよ。ほら、俺の隣でやってみろ。」


「分かった!うんしょ…………わああ!!」


「すっげえだろ?」


「うん。なんか……いつもより空が広いよ。」


「そうなんだよ。こうやってたらさ、空以外なんにも目に入んねえ。まるで自分と空以外のものがなくなっちまったような感覚になるんだ。そうやって空を独り占めしたような気分でボーっとしてるとさ、なーんか悩みとかも全部どーでも良くなるのよ。」


「そうかも……あ!でもさ、今は独り占めじゃないよね。僕と見てるから、二人占めだね!」


「はははっ、そーだな。こんな特等席、誰にも教えてねえからなあ。お前は特別だ。」


「うん!教えてくれてありがとう!」


「ああ。他の奴には教えるんじゃねえぞー。俺たち二人の秘密だ。」


「わかった!ひみつひみつ!!」――――


「それから僕はさ、ここでよくおじさんと遊ぶようになったんだ。……楽しかったなあ。」


―――「おじさん!今日は面白い雲探そ!!」


「おー。……お!あそこにドラゴンみたいな奴あるぞ!」


「うわあ!すごいすごい!かっこいい!……わ!あそこに大きいわたあめ!」


「あーん?ありゃ、わたあめってよりもクジラだろ。」


「いーや!わたあめだね!絶対口に入れたら甘いもん!」


「あのなあ、雲なんて大体わたあめみてえな見た目だろ。あれはクジラだ。」


「違う!わたあめ!」


「クジラ!」


「わ・た・あ・め!!」


「ク・ジ・ラ!!」


「わたあめ!」


「クジ……ぷっ、ははは!こんなんに何マジになってんだよ俺たち!どっちでもいいじゃねえかよ!」


「ふふふっ!確かにそうだね!おっかしいねえ!!……でもわたあめだよ。」


「……あン!?」――――


―――「わっ!あんな所に鳥が止まってる!ゆっくり近づいて……ってああ!逃げられちゃった……。」


「甘いなあリュータは。俺が手本を見せてやるよ。こういうのはな、敵意を0にしてそっと……ってうわ!こっちに来るな!!おい!やめろ!」


ぺちゃ。


「おい!肩に糞しやがったな!クソッ!逃げんな!!!」


「あははははは!!おじさん全然ダメじゃん!」


「ちくしょおおおお!!」


「あははっ!……でも、やっぱり鳥は羨ましいなあ。こうやって自由に空を飛んでさ。僕らは両手をバタバタさせても、ちっとも浮けないよ。はああ、気持ちいいんだろうなあ。」


「そうだよなあ。俺も、いつもあいつらを見るたびに思う。でもさ、多分いつかは飛べるようになるぜ。」


「ええー?ほんとにー?」


「ああ。空ってのは世界のどこにでもある。だから俺らみたいに空が大好きな奴らってのも、世界に沢山いるはずさ。……空が好きな奴ってのは大抵、空を飛んでみてえって思うもんだろ?だからきっと、空に憧れたどっかの誰かが、翼を作る日がくるはずさ。」


「そういうものかなあ……。」


「ああ。そういうもんだ。……もしかしたら、お前が翼を作っちまうかもしれねえぜ?」


「そんな!僕が!?」


「お前はまだまだガキなんだ。無限の可能性を秘めてる。」――――


「それである日、僕は紙で鳥を……ってそうだ!みんなに見せたいものがあったんだった!!」


彼は突然話を中断し、鞄から紙を取り出し始めた。


「見せたいもの、ですかー?」


「うん!紙で作れる、空に飛ばして遊ぶおもちゃを見せたいんだ!僕が考えたんだよ!」


空に飛ばして遊ぶ……?説明だけじゃ良く想像がつかないな。


「よく分かんないけど、それはどこにあるんだ?今から作るのか?」


「今からこの紙で作るよ!すぐにできるから見てて!」


そう言うと彼は、持っていた紙を折り始める。


「最初に紙の真ん中に折り線をつけるでしょ。そしたら、そこの線に合うように紙を三角に折って……」


彼は手際よく紙を折ってゆく。


これまでに何度も作ってきたのだろう。その手からは少しの迷いも感じない。


「そしてここを外側に折り返して、羽根をぴんと立てたら……完成だよ!!」


彼は手に持ったそれを自信満々に見せてくる。


先端が尖っている細長い紙。これが完成形なのか。


「へえ。簡単にできるのね。それは何て言うおもちゃなの?」


「紙で作った鳥だから、そのまま紙鳥(かみどり)だよ!まあ、形はあんまり鳥っぽくないけどね。」


「それでそれで!どうやって遊ぶおもちゃなんですかー!?」


謎に包まれたおもちゃを前に、エマのボルテージは上がってゆく。


空に飛ばして遊ぶ、なんて聞いたことのないジャンルのおもちゃだ。正直俺も少しワクワクしている。


「話すより見せたほうが早いから、やってみるね!みんな、しっかり見ててね!」


「はい!お願いします!!」


「じゃあいくよ……えい!!」


彼は紙鳥を、展望台の外目掛けて放り投げた。


すると、それは空中を優雅に滑空しながら遠く遠く飛んで行った。


その姿はまるで、空を自由に舞う鳥のようだった。

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