第八話 少年と空
「よしみんな!作戦会議だ!!」
俺は高らかにそう宣言した。
「おーーーーっ!!!」
エマだけが良い返事を返してくれた。やっぱり信じられるのは彼女だけだな。
「ありがとうエマ。じゃあまず、あれについての俺の考えを話していく。」
「まずあれを操っているのは人間だ。まあ、それはみんな今までの話で何となく察していると思う。でだ、じゃあそれを操ってる奴はどこにいるのかなんだが、俺はあれの中にいると思う。」
「あれの中だあ?」
「ああ。あれは遠くから操られてると考えることもできるが、その可能性は極めて低いだろう。当然聖具には魔力を供給してやらないと、能力の発動はできない。そして魔力を注ぐためには、聖具に直接触れるなどして魔力の経路を作ってやらないといけない。で、空高くを飛ぶあれに地上から魔力を注げる経路なんてないはずだ。」
「と、考えると自ずと答えは導き出される。あれの中から魔力を供給して動かしているんじゃないか、ってな。」
「ふーん、まあ聖具を持ってねえ俺からすりゃ何が何だかよく分かんねえよ。……でも、お前らもそれに異論はないんだな。」
「うん。メルトの言ってることは当たってると思うわ。」
はい、スピカのお墨付きもいただきました。
そして何を隠そう、この”遠くからは操れないだろう”という点こそが、あの時少年のことを信じて着いて行った根拠になっている。
少年があの時居た位置からあれを操りつつ、俺たちにわざと接触するなんてことは不可能なはずだからな。
「じゃあお前の言う通りだとしよう、それでどうするつもりだ?」
「それは……分からん。それを考えるための作戦会議だろ!」
あれの正体にはかなり自信があるが、正直どうやって対応するべきか全く分からない。もちろん、この村を見捨てるなんてこともできない。
誰かいいアイデアを提示してくれればありがたいが……
「やっぱり、あれの持ち主を探し出してシバくのが一番良くないですかー?」
「うん、それはその通りなんだが……」
エマの提示したシバきプラン、これは真っ先に思い付くし被害も最小限に済む良いプランだ。……持ち主を見つけられるのなら。
あれが聖具である以上必ず持ち主の魔力切れは起こるだろうし、そうなれば地上に降りてくるだろうから見つけられる可能性も0ではない。だが、今の俺たちはそいつを探す方法を持ち合わせていない。
そいつの尻尾を掴めた絶好のタイミングは、間違いなく掲示板に犯行予告の紙を貼っていた時だろう。既に俺たちは機を逃してしまっているのだ。
「持ち主を探す方法がないよなあ……。」
「ああっ!そうですね……。」
「それは大丈夫よ。エマちゃんが太陽になればいいの。」
なるほど。よく分からないが流石シャル姉だ。
この短い時間の間に持ち主を探す方法を導き出すなんて。
ぜひとも詳細を聞かせてもらいたい。もしかしたら、この騒動の解決は容易なものだったのかもしれないぞ。
「どういうこと?詳しく聞かせてよ。」
「ええ。簡単な話で、エマちゃんが太陽になってみんなを照らせばいいのよ。もしくは太陽のお姫様になってもいいわ。」
太陽のお姫様?
「うーん、よくわかんないけど、どうやってエマを太陽にするの?」
「そんなの決まってるじゃない。内なる炎を滾らせ、カルマの螺旋と同化すればいいのよ。お姫様ならもっと簡単よ、太陽の娘になるだけで済むからね。」
「え?」
「そうしたら私は真っ先にお月さまの伴侶となるわ!それはまるで齧りかけのハンバーグと残しておいたトマトが織りなす熟練の御業よ!他の追随を許さぬ関係は、間違いなくお星さまの祝福を得るに違いないからね!!」
やばい、シャル姉が壊れた!
「うわーん!!シャル姉が何言ってるのか分からないです!私どうされちゃうんですかー!?」
「エマ落ち着いて!きっとシャル姉は疲れちゃったのよ!メルト、手伝って!シャル姉を寝かせるわよ!!」
そういう事か!
そういえば昨日も遅くまでジジイと旅の最終確認やってたっぽいもんなあ。そこに今日の一件があって、更にあれへの対応の為に頭をフル回転させた結果、オーバーフローしたって感じか。
「分かった!俺は何をすればいい!?」
「とりあえずシャル姉を横にして!そして私と一緒に肩をさするの!」
「祝福を受ければあとはなし崩しよ!地中に住む土竜たちも間違いなく朝日に照らされたくなる!その土竜の導く先に答えはある!連立方程式はもはや意味を成さない!メルト、馬車を持ってきなさい!現地にこそ解答は隠れているのよ!」
とりあえず適当に話を合わせねば……
「分かったよ、シャル姉!でも馬車を持ってくるまでには時間かかるからさ。ちょっと横になってていいよ!馬車が来たら起こすから!」
「嫌!シャルロッテまだ眠くない!まだ夢見るには早いの!!」
「ほらほら、偉い子だからねえ。夜更かししたら悪い魔物に食べられちゃうからねー。もう寝ようねえ。」
スピカとの共同戦線により、何とかシャル姉を横に倒すことには成功した。でも……
目がバッキバキだ!?
「おい!スピカどうする!?目がバキバキになっちまってんぞ!」
「エマ、カイン!二人でシャル姉の目を閉じさせて!私たちは肩をさするので忙しいわ!」
「はい!」
「お、おう!」
「「うおおおおおおおお!!!」」
「私は、負けない!!!!」
負けてくれ。
「エマ、頑張れ!左目は行けたぞ!」
「うりゃあああああ!!!」
「私は……いつでも……負けられな……」
「………………。」
「「「「はあっ、はあっ……。」」」」
か、勝った。今までの敵の中で、間違いなく最も手強かったぞ……。
「もう、俺らも寝るか……。」
「そうね……。」
***
「ん……うう……。」
「あら、やっと起きた?」
目を覚ますと、シャル姉が俺の顔を覗き込みながらそう言ってくる。
「うわあっ!!しゃ、シャル姉!太陽のお姫様は……?」
「メルト!しっ!!」
スピカは人差し指を口元に持っていきながら、大慌てで俺を制止しようとする。
「太陽のお姫様……?何の話かしら?」
ああ、そういう事か。昨日の彼女はもう忘却の彼方に放棄されたのか。……絶対に呼び戻さないようにしないと。
ひとまず彼女が正気に戻ってよかった。
「な、何でもないよ。……そんなことより今日はどうする?」
「その話なんだが、さっき俺たちでちょっと話しててな。とりあえず明日ぶっ壊されるっていう南区に行ってみようって話になったんだよ。どうせこんな狭い部屋で話してても良いアイデアなんて思いつかねえだろ?」
「確かにそうだな。」
どっちにしろ明日は南区に行くことになるだろう。それなら事前に下見しておいた方がいいしな。
「じゃ、もう行くぞー。あんまり時間もねえからな。」
「うん。分かったよ。」
***
「よーし、もうすぐだよ!楽しみにしててね!お兄ちゃん、お姉ちゃん!」
「なあなあ、本当にコイツ連れてきて良かったのか?」
「しょうがないだろカイン。案内するーって聞かないんだからさ。」
今俺たちはリュータと一緒に南区に来ている。
何やら残っている唯一の展望台がここにあるみたいで、そこをどうしても案内したいらしいのだ。
予告は明日、とはいえここが危険なことに変わりはない。だからあまり連れて来たくはなかったのだが……
「危ないから、そんなに長くはいられないぞ。」
「うん!分かってる!」
そう言う彼の足取りはとても軽やかだ。よっぽど展望台が好きなんだろうな。
***
「うわー!綺麗ですねー!」
「そうだな。気持ちいい景色だ。」
展望台からの眺めは中々良いものだった。南区が一望できるその景色に、俺たちはささやかな安らぎを感じていた。
「村を見渡すのもいいけど、空を見るのもとってもいいんだよ!そろそろ…………きた!!」
彼の声と同時に、爽やかな風が俺たちの間を吹き抜ける。
「この村はいい風がよく吹くんだ!その時にこうして空を見上げたら……まるで空を飛んでるみたいなんだよ!!」
彼は両手を広げながら空を見上げる。瞳をキラキラと輝かせながら。
「それにね!それにね!展望台の真ん中でこうやって寝そべるのも大好きなんだ!みんなも僕の横に寝そべってよ!!」
「えぇー。汚れちまうじゃねえかよー。」
「もう、カイン!器が小さいわねー!ほらみんな、寝そべってみよ!」
スピカに促されるまま、俺たちは仰向けに寝そべってみる。
すると、視界にいっぱいの大空が広がった。
何の建物にも邪魔されない純粋な大空。それは普段何気なく見上げた時の空と違って、不思議な感覚を覚えさせる。果てしなく続く空に吸い込まれるような、得も言われぬ感覚だ。
「うーん、気持ちいいわねえ。」
「……ああ、悪くねえ。」
「でしょでしょ!最高だよねっ!!」
「それにしても、リュータは本当に空が好きなんだなあ。どうしてそんなに好きになったんだ?」
「僕の大好きなおじさんがね、空の良さを教えてくれたんだ……」
そう言うと彼は、少し遠い目をしながらゆっくりと自分の過去を語り始めた。