第七話 あれが来る
「この村は、あと四日で無くなっちゃうんだよ。」
「…………は?」
余りに突拍子もない内容に、思わず心の声がはみ出す。
四日後って……。短すぎるだろ。
「なんでお前がそんなこと知ってんだよ。お前やっぱりあれの持ち主とかじゃねえのか?」
カインが口火を切り、再び先程のような緊張感が戻ってくる。
「ち、違うよ!このことは村の人たちみんな知ってるんだ!」
「なんだと?」
「……五日前、四つの地区の掲示板全部に、ある紙が貼られてたんだ。その紙にはこう書いてあった。”明日、村の外れの展望台を破壊する”って。」
「僕たちの村には二つの展望台があってさ。そのうちの一つの、村の外れにある展望台はとても景色が良くて、ここら辺を綺麗にみられるって人気だったんだ。それを壊すって話だったんだよ。」
「もちろん、村の人たちは誰も信じなかったよ。ただの悪戯だろうってみんな言ってた。でも次の日、あれが来たんだ。そして展望台を粉々にした後、どこかに消えちゃったんだ。」
なるほど。あれが現れたのは、今日が初めてじゃなかったってことか。
……ひとまず、あれが生物ではなく、何者かの手によって動かされているものというのは確定したな。
「そこからはみんな大慌てだよ。展望台が粉々になっちゃったとか、すごい音がしたとかでさ。でも、みんなが慌ててた理由は別にあって……。」
「五日前張られた紙にはこんな続きがあったんだ。”展望台を破壊した日から二日後に、西区を破壊する。その日から一日おきに、東区、南区、北区の順番で村を破壊する。時間はいつも朝10時。”ってね。」
「なんなのよ……それ。ゲームでもしてるつもりなの!?」
スピカの顔に怒りが滲む。
あれを操ってる奴は何が目的なんだ。ただ村を壊したいだけなら、こんなに回りくどいやり方をする必要はないはずだ。
村をパニックにして喜んでる、とかが妥当なところだろうな。……大層な力をくだらない事に使いやがって。
「それで、村の人たちはみんな避難していったんだ。西区の人はもちろん、他の区の人たちも大勢逃げていった。隣の村や町とか、お兄ちゃんのギルドに逃げた人も一杯いたんじゃないかな。」
…………あ!
俺はこの間、やけにギルドがバタバタしていて、人の出入りも激しかった日があったのを思い出した。
そういう日もあるかで済ませていたが、まさかこの村の出来事とつながっていたとは。
でも待てよ、そんな日があったんだ。俺たちの中の一人くらいはこの話を知っててもおかしくないはずだ。大体何でも知ってるシャル姉なら特に。
「俺気にしてなくて全然知らなかったよ。でも、シャル姉は知らなかったの?」
「気になって周りの人に聞いてみたんだけど、誰も教えてくれなかったのよね……。」
「教えてくれなかった?……なんで?」
「分からないわ。なんか忙しいとか何とかで適当にはぐらかされて……それで結局分からずじまいよ。」
「そんなことある?」
いくら忙しいからといって、近くの村がこんな事態になっているのに、誰もそれを教えてくれないなんてことがあるか?忙しいなら人手が欲しいはずだ、むしろ進んで教えて受け入れの手伝いをしてもらうはずだろ。
……ジジイ、図りやがったな。
流石にジジイがあれを操ってるってことはないだろうが、この状況を利用してやがることは確かだろう。
じゃあ、出発が急だったのもそういう事か!
「……みんな、俺たちジジイに嵌められちゃったっぽいぜ。アイツはこの状況を使って俺たちを試そうとしてるんだろう。」
「やっぱりそうよね。急に旅が決まったり、出発の日も朝早かったり、色々不自然だったものね……。」
「あのジジイ……!俺たちを殺す気かよ!帰ったら覚えてろよ……!」
カインの言うとおりだ。
力試しにしては危険すぎるだろ。俺もシャル姉もかなり危ない状況だったし、旅の一歩目から全滅してしまうところだったぞ。全く、狂ったジジイだ。
「…………?さっきからみんな、何の話をしてるんですかー?」
話がちょっとややこしくなってきたからな、エマには難しかったか。
「ああエマ、どうやら俺たちが怖い思いをしたのはジジイのせいだったらしい、って話をしてたんだよ。帰ったら一緒にボコボコにしようぜ!」
「そうだったんですね!……目は任せてください!!」
流石に目は辞めてあげよ……?
「そこまではしなくていいぞ……。ゴホン。悪い、すっかり話が脱線しちまった。続きを話してくれ。」
「う、うん。それでさ、遂に紙に書かれてた日が来たんだ。二日前だね。そして10時になって、またあれが現れた。もちろん、西区はぐちゃぐちゃに壊されちゃった……。それで今日、東区も……。」
それで明後日に南区、四日後にここ北区、で村は完全に無くなるってわけか。こりゃマジだな。
「なるほどな……。ありがとう、分かりやすかったよ。」
「ああ、情報提供感謝するぜ。……で、なんでお前はあそこにいたんだ?」
容赦ないな、カインは。
まあこの話を聞いた後だと、より少年があそこにいた理由が分からなくなるからな。そこが分かるまで猜疑心が拭えないのは仕方ないことだ。
「そ、それは……」
「大丈夫。さっきもこのお姉ちゃんが言ってたけど、俺たちは君を責めたりしないよ。しかも俺たちはこんなに世話になったんだ。尚更だよ。」
もう逃げられないことを悟ったかのように、少年は渋々噤んだ口を開いた。
「……近くであれを見てみたかったんだ。」
「…………は?」
思わず心の声がはみ出す。本日二度目である。
「あっ!ごめんごめん!今のは君を責めようとしてたわけじゃなくてだな……」
別に少年を責めようと思ったわけではない。あんな危険なところに自ら足を運んだのだ。それ相応の理由があると思っていたため、思い切り虚を突かれてつい声が出てしまった。
「……はははは!お前、ヤバいな!」
少し間を置き、彼の言っていることを呑み込めたらしいカインは大笑いし始めた。
「いくら近くで見てえからって、あんな明らかな危険地帯に突っ込んでいく奴がいるかよ~!ひーっ、おもしれー!」
「だって、カッコよかったんだもん……」
まだ彼の言っていることを呑み込めていない人もいる。シャル姉だ。
彼女は困惑を強く含んだ瞳で問いかける。
「それ、本当に言ってるの?……嘘なんかつかなくたって大丈夫よ?怒ったりしないから。」
「本当だってば!……二日前、西区に向かっていくあれを見て、僕とってもワクワクしたんだよ!あんなに高いところを自信満々に飛んでるあれが、何か超カッコよったんだ!それで遠目じゃなくて近くで見たいって思ったんだ!」
「そ、そうなの……。」
”あなた、正気なの?”とでも言いたげな瞳だな。
……でも改めて考えてみると、彼の言いたいことも分かるな。エマも一瞬言ってたが、あれはやけに心惹かれるデザインをしていたし、遠くにいた時から圧倒的な存在感を誇っていた。
そもそも、今まで見たことないもんが空を飛んでたらそれだけでテンション上がるよな。俺たち男は、非現実が大好きな生き物だもんな。
リスクだとか周りの目なんて意に介さず追っかけたくなるもの、それが男のロマンという奴だ。それをすっかり忘れていた。
「よく考えたらさ、君の言ってることよく分かるよ。あれ、カッコよかったもんな。」
「お兄ちゃん……!」
「でも、お父さんとお母さんを心配させるのは良くないな。後でちゃんと謝るんだぞ。」
「うん……。」
***
少年から目ぼしい情報を聞き終えた俺たちは、彼の両親たちと談笑しながらゆっくりと寛いだ。
そしてその流れのまま夕飯をご馳走になり、寝るための部屋まで貸してもらえることになった。
”寝床くらいは自分たちで確保する”と断ったのだが、”宿屋は恐らく避難民たちで一杯だろう”と教えてもらったため、またまたお言葉に甘えさせてもらった次第である。
とはいえ、俺たちが使える部屋は狭い一室のみ。もちろん野宿よりは百倍良いが、ベッドもない部屋に5人はなかなかきつい。
……今夜は雑魚寝を超えた、クソ雑魚寝になりそうだ。
「流石にちょっと狭いわね……。」
「文句言うなよスピカー。貸してもらえるだけありがたいぜー?」
「それはそうだけど……。こんなんじゃ、シャル姉とかあんたの疲れが取れなそうじゃない。あんなに体張ってもらったのに……」
「えっ。」
スピカの心遣いに、不覚にも心がときめいてしまった。……こりゃ、相当疲れがたまってんな。
「大丈夫よ。寝られさえすれば、人間何とかなるように出来ているから。」
シャル姉は微笑みながらそう返す。ま、真理だな。
「そんなことよりも、今はあれをどうするか考えましょう。」
彼女の言うとおりだ。俺たちにはあと四日しか時間が残されていない。南区に至ってはあと二日だ。
「よしみんな!作戦会議だ!!」
俺は高らかにそう宣言した。