第六話 爆撃
エマを送り出してからも、爆発が止む気配はない。
これは本格的にマズいぞ。
シャル姉の顔色がかなり悪い。呼吸も不規則になっている。
俺たちの代わりに瓦礫や熱風を受け続けているのだ、当然だろう。
このままだと共倒れだ。しかし、ここから動くのはリスクが高すぎる。
考えろ、考えるんだ。俺ができることは何だ……。
……そうだ!こうすれば良いんだ。
頼む、俺の魔力よ持ってくれ……。
俺はシャル姉に触れ、聖具を発動する。
「≪魂の行方≫!」
「メ、ルト……何を……。あ!?体が楽に!」
「良かった。シャル姉と俺の体力を交換……くっ!」
説明をする暇もなく、酷い疲労感が俺を襲う。気を抜けば、すぐに意識が持っていかれそうなほどだ。
彼女はこんな苦痛にも音を上げず俺たちを守ってくれていたのか。……やっぱり敵わないな。
「メルト!大丈夫!?」
「ああ、何とかな……。俺のことよりもシャル姉だ。ごめん、もうちょっと頑張ってよ、シャル姉。」
「任せなさい……。貴方達は絶対に死なせない。」
ここからは俺の戦いも始まる。俺は絶対に意識を飛ばせなくなった。
もし意識を飛ばしてしまえば俺の能力は解除され、そのままシャル姉は倒れてしまうだろう。
俺はこの爆発を凌ぎ切るまで、意識と能力を保ち続けなければならないのだ。
耐えろ……耐えるんだ……。
「二人とも、頑張って!!」
「ここが踏ん張り時だ。頼むぞ、お前ら。」
絶対にみんなを守ってやる。こんな所で死んでたまるか!
***
あれからどのくらいの時間が経っただろう。
永遠とも思えるような地獄は終わりを告げた。俺たちは生き残ったのだ。
煙が引き、鮮明になった俺たちの視界に入ってきたのは、ボロボロの焼け野原だった。
「酷い……。」
スピカが口元を押さえながら、哀嘆の声を漏らす。
その通りだ。酷すぎる。一体誰が何の目的でこんな事をしているのか、疑問で仕方ない。
だが一つ言えることは、強い憎悪、それがこの行動の根底にあっただろうと言うことだ。
「うっ……。」
緊張の糸が切れたのだろう。シャル姉がその場に崩れ落ちる。
「大丈夫!?……本当にごめん、シャル姉。私たちがもっと早くから警戒してれば……」
「ああ。完全に俺たちが足を引っ張っちまった。……すまねえ。」
「……仕方ないわよ、二人とも。あれがどんな危害を加えてくるかなんて分からなかったんだから。誰も大きな怪我がなかった、それだけで十分よ。」
「それよりメルト、貴方は大丈夫なの?」
「うん。マジでギリギリだったけど大丈夫。ちゃんと生きてる。……で、能力を解除したいんだけどいいかな?」
「ええ。いつでもいいわよ。」
「ありがとう。じゃあいくよ、せーのっ。……ふぅ。」
うん、あまり変わらないな。シャル姉の様子にも変化はなさそうだ。
それだけ俺もシャル姉も死にかけだったってことだな。
「よし、じゃあとりあえずエマと合流しようぜ。ここに長居して、第二陣でも来ちまったら洒落にならねえからな。シャルロッテは俺が担ぐから、スピカはメルトを頼む。」
「いや、大丈夫。肩さえ貸してくれれば歩けるわ。」
「メルトはどう?歩ける?」
「ああ。肩だけ貸してくれ、スピカ。」
***
重たい足を引きずりながら、俺たちはなんとか村の外に出た。
そして幸い、簡単に二人を見つけることができた。
「おーい!エマー!!」
「あ!みんな!……よかったああああ!!!」
俺たちに気づいたエマは、すぐに目を潤ませながら駆け寄ってきた。
「お前も無事でよかったよ、エマ…………ごふぁああああ!!!」
エマがすごい勢いで俺に抱き着いてくる。いや、もはやこれはタックルだろ。
「はぁ、はぁ、何やってんだお前……俺は死にかけなんだぞ……。」
「ごめんなさい。でも、心配だったんだもん……。ずっと来なかったらどうしようって……。」
確かにそうだよな……。俺たちと離れ、少年と二人で俺たちを待つ彼女の恐怖は相当なものだっただろう。
彼女を安心させるためなら、俺はタックルでもなんでも受けるべきだな。
「悪かったな、エマ。本当によくやってくれたよ。」
そう言い彼女の頭を優しくなでた。今の俺にできることはこれくらいしかない。
……もっと俺がしっかりしなければ。俺が危機管理をちゃんとしていれば、エマを不安にさせることも、シャル姉に無理をさせることもなかったかもしれない。
だが反省は後だ。今は山積みの問題を解いていかなければならない。
村に飛来したあれの正体、なぜ村には人がいなかったのか、少年だけがあそこにいた理由。
この場で解けるものから地道にやっていくしかないな。
「エマ、少年から何か話は?」
「みんなの安否が気になって……まだ何も……。」
その時、少年は深く頭を下げながら言った。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、ごめんなさい!!」
突然の出来事に、みんなの表情が一瞬固まる。
「おいおい、どうしたんだよ。急に謝り出しやがって。」
カインが困惑の表情で問いかける。
「だって……僕があんな所にいたせいで、お兄ちゃんとお姉ちゃんに迷惑が……」
なるほど、そういう話か。律儀な子だな。
「それは全然気にしないくれ。胸を見ればわかると思うけど、俺たちは太陽のギルドのものだからな。人助けが仕事だ。」
俺たちの胸についてる太陽のバッジ、それがギルド組員の証だ。ここら辺じゃそれを知らないものはいない。
「そんなことより、何で君はあそこにいたんだ?それを聞かせてくれないか。」
俺の問いを受けた少年は、気まずそうに口ごもる。
「そ、それは……。」
少年はそのまま下を向いて喋らなくなってしまった。何か俺たちに知られるとまずい事でもあるのだろうか。
俺たちの疲労も相まって、場には独特の緊張感が走り始める。
そんな中、シャル姉が優しく語り掛ける。
「大丈夫。どんな理由でも私たちは貴方を責めたりしないわ。だから、教えてくれないかしら。」
少年は不安そうに顔を上げ、再び口を開く。
「……うん、分かったよ。でも、このままずっと立って話すのは辛いでしょ?僕の家でゆっくり話さない?」
僕の家だって?気を遣ってくれるのはありがたいが、そんなものが残っているようには見えない。
ここら一帯は全てあれによって荒らされてしまったように見えるが……。
そう思ったのはもちろん俺だけでなく、カインが懐疑的な目をしながら言う。
「お前の家?家も何も、全部あれにぶっ壊されちまったじゃねえかよ。」
「全部じゃないんだよ。今壊されちゃったのはこの村の一部、東区。僕の家はこの近くの北区にあって、そこはまだ大丈夫なんだ。」
「なんだと……。てっきり全部更地にされたもんだと思ってたが、まだ残ってるとこもあったのかよ。」
そうだ、思い出したぞ。ここチェーロは中規模の村で、効率の良い統治のため、東西南北で四つの区分けが行われていたんだ。
で、今壊されたのが東区と。……それでも甚大な被害には変わりないな。
「今から家に案内するから、ついてきてくれない?ゆっくり歩くようにするから。続きはそこで話そうよ!」
正直、俺は今立っているのも辛い。話を無理やりはぐらかされてる気はするが、ここは素直に少年の好意に甘えたいところだ。
「……分かった。じゃあ案内を始めてくれ。」
少年はそれに応え、歩き始めた。
「(……おい、勝手に返事してんじゃねえよ。こいつのこと信用すんのか?今のところ、怪しさ満点だぜ。)」
カインが小声で文句を言ってくる。まあ確かに、十歳くらいの見た目の子にしては気が利きすぎているように感じるし、ここにいた理由もはっきりしていないため、彼がそう考えるのも無理はない。
だけど俺は一刻も早く寛ぎたいのだ。これ以上立っていると頭がおかしくなる。
それに彼を信用するに足る理由もあったため、俺は疑うカインを宥めながら言った。
「(多分あの子はあれとは関係ない。少なくとも、あれの持ち主では絶対にない。だから信じてもいいと思う。みんなも一旦あの子を信じてくれ。)」
カインは渋々頷いた。他のみんなも同意してくれた様子で、俺たちはあの子に黙って着いていった。
***
彼の家では、両親が温かく迎えてくれた。
息子を助けてくれた恩人だ、ということで茶菓子のご馳走までいただいてしまった。いくら断ろうとしても、”恩人だから”の一点張りで根負けしてしまったのだ。
生活も楽ではないだろうに……。ありがたい限りだ。
一息ついたところで、少年は改まって話を始めようとする。
「まず初めに、お兄ちゃんたちに伝えなきゃいけないことがあるんだ。」
俺たちは固唾を呑み、少年の最初の言葉を待つ。
そんな俺たちの耳に飛び込んできたのは、驚天動地の滅亡宣言であった。
「この村は、あと四日で無くなっちゃうんだよ。」