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第五話 襲来、白い影

今俺は、最初の村であるチェーロに向かう馬車の中にいる。


シャル姉が言うには、この旅はひたすら西に進んでいけばいいらしい。シンプルで分かりやすい旅だな。


……というのは置いておいて。


「暇だああああああ!!!」


俺は馬車が嫌いだ。とにかくすることがないからだ。


その上、5人で同じ馬車に乗っているという窮屈さがさらに俺のいら立ちを加速させてくる。


「うるさいわねー!黙って外でも見ときなさいよ!」


「そんなのつまんねーよ!……そうだ!エマ、しりとりでもしようぜ。」


「いいですよー。」


やっぱこういう時はエマに限るな。彼女といると退屈しない。いい意味でも悪い意味でも。


「じゃあ俺からなー、しりと()。」


「リザードマン。」


「……うん。……暇だなー。」


「ですねー。」


「じゃあさ!指スマでもしようぜ!」


「ああ!いいですねー!」


「じゃあ俺からな!指スマ3!……よし!」


「指スマ1!」


「ふっ、甘いぜエマ!指スマ2!!……っしゃ!」


「……暇だなー。」


「ですねー。」


「じゃんけんでもするか。3本先取な。」


「いいですよー!」


「じゃんけんポン!!……よし!」


「じゃんけんポン!!……キタ!」


「追い詰められたなエマよ、じゃんけんポン……うっしゃ!!」


「メルトさんつよーい!!」


「だろ?俺はじゃんけんマスターなんだよ。」


「……暇だなー。」


「ですねー。」


「しりとりでもするか。しりと()。」


「リザードマn」


「こいつら馬鹿だろ。」


***


悠久の時を超え何とかチェーロについたのだが、これはどういう事だ?


「おいおい、なんで誰もいないんだよ。」


奇妙なことに、村には人が一人も見当たらない。


単に誰も外出していないだけ、というわけでもなさそうだ。人の気配がしなさすぎる。


「よく分かんねーが、とりあえず歩いてみるしかねーだろ。」


「そうね。何か手掛かりがつかめればいいんだけど。」


***


カインの提案通り暫く村を歩いているのだが、やはり誰の気配もなく、気持ちの悪い静寂が続く。


「……ほんと、気味が悪いわね。」


「そうですね。こんなに誰もいないなんて……。」


その時、どこからかくぐもった重低音が聞こえてくる。


無性に不安をあおるような、それでいて聞いたことのないような音だ。


「何の音かしら……」


新種の魔物の鳴き声か何かだろうか。


だが辺りを見回してみても、それらしいものは見当たらない。それどころか、先程との景色の違いすら見当たらない。


「おい、何か音デカくなってねえか?」


確かに、音が大きくなってきている。まるでこちらに近づいているかのように。


……何か嫌な予感がする。


「……あ!みんな、上よ!空を見て!!」


何かに気づいたように、スピカが突然空を指さす。


「あーん?……なっ!?」


「あ、あれは……!?」


それに従い、一斉に空を見上げた俺たちの目に入ってきたのは、大空に佇む小さな白い影だった。


翼を広げた鳥のようにも、両手を広げた人間のようにも見えるその物体は、ゆっくりと上空を旋回している。


あれはいったい何なんだ。鳥にしては高度が高すぎるし、空飛ぶ巨人な訳もない。見たことはないがドラゴン……にしては丸みを帯びすぎている気がする。


エマに聞いてみるか。

彼女は視力がかなり良いからな。正体を掴めている可能性に期待したい。


「エマ!何か見えるか!できるだけ詳しく教えてくれ!」


「えっと、なんか白くて、飛んでて、大きくて……」


「それは分かってんだよ!もっと具体的な情報をくれよ!」


「うーん、何かちょっとかっこいいかも……。」


「主観的な情報はいらねえんだよ!客観的な情報をよこせ!」


「客観的な情報……?」


くそっ!このままじゃらちが明かねえよ!


「ああっ、もう!エマ!ちょっと視力借りるぞ!」


俺はエマの目に手を当て、聖具を発動する。


「《魂の行方(ソウル・リバース)》!!」


「わっ!ちょっとメルトさん!びっくりさせないでくださいよ!」


「しゃーねーだろ!どれどれ…………」


流石はエマの視力だ。先ほどとは比べ物にならないほど鮮明に見える。


まず、真ん中あたりに二つの大きな羽。そして後ろの方にも二つ、小さな羽がついている。


奇妙なのは、それらの羽が全く動いていないことだ。空飛ぶ生物は通常、翼をはためかせ推進力を得ることで飛行しているはず。


ならばあの物体はどうやって飛行しているのだろうか。


真ん中の羽の左右それぞれに二つずつついている筒のようなもの、それを利用して推進力を得ていると考えるのが妥当か。だが、もうこれ以上は考えようがないな。ヒントが少なすぎる。


「メルト、何か分かったかしら?」


「ごめん、シャル姉。あまりよく分からなかったよ。……でも一つ言えることは、あれはおそらく()()ではない、ってことだね。生物にしては幾何学的すぎる気がする。」


「生物ではない!?じゃああの飛行物体は……!」


「多分、()()だろうね。」


「なるほどね……。」


「聖具!?私、空飛ぶ聖具なんて見たことないわよ!?メルト、適当言ってんじゃないでしょうね!?」


「言ってないよスピカ。俺も信じられないけど、冷静に考えたらそうとしか思えないんだよ。」


「そう。……信じるわよ。」


「みんな!なんかあの物体、近づいてきてないですか!?」


「本当だな。」


エマの言う通り、謎の飛行物体は旋回を続けながら徐々に高度を落としてきている。


内臓が揺らされるような重い振動音も、それに合わせて大きくなってゆく。


「うう……。なんか気持ち悪いですー。」


「そうだな……。朝食ったもんが出ちまいそうだぜ。」


現れた時と比べ、10倍ほど近づいたところで降下は終わり、()()はまたその高度を保ち始めた。


恐らくエマ並の視力が無くても、物体が割と鮮明に見えるほどの近さである。


そして各々が()()を観察し始めたその時、黒い筒のような物体が()()の身体から零れ落ち始める。


瞬間、凄まじい悪寒が体を駆け巡り、全身に鳥肌が立った。


そう感じたのは俺だけではなかったのだろう。みんなの顔色が次々に変わり始める。


それからすぐ、シャル姉が鬼気迫る声で叫んだ。


「みんな!覆いかぶさりあって!私が聖具でみんなを守る!!」


悪いことが起こると確定した訳ではなかったはずだが、シャル姉の言葉に異論を唱える者はいなかった。


みんな静かに頷き、うつ伏せに覆いかぶさりあう。彼女はその上に蓋をするようにかぶさり、自らの能力を叫ぶ。


「《戦乙女(ヴァルキリー)》!!」


その刹那、彼女の付けている羽根の髪飾りは美しい鎧に変わり彼女の身を包む。


そう、彼女の聖具はいつも付けている髪飾りである。


能力の内容は実にシンプル、鎧が身に付き身体能力が向上するというものだ。元々のフィジカルが強い彼女との相性は素晴らしく、何匹の魔物が彼女の手によって葬られたか分からない。


今回のように()()に焦点を当てて使われることは少ないが、彼女とその聖具のことだ、何とかしてくれるに違いない。


「みんな!絶対に動かな……」


彼女の言葉を待たず、黒い筒が地面に到達する。


その直後、視界が白く染まり、とてつもない轟音が耳を劈いた。


それに追従するように、異常なほどの地響きと熱風が俺たちを襲った。


神の審判を目撃しているかのような感覚で、畏敬の念すら起こってしまう光景に、俺たちはただ圧倒されることしか出来なかった。


「くっ……。みんな、大丈夫か……。」


「ええ……。何とかね……。」


絞り出したかのような俺の問いかけに、皆口々に返答を返すが、シャル姉にはその余裕すらなさそうだった。


額に汗を滲ませながら、必死に歯を食いしばって耐えている。


当然だ。シャル姉や建物の陰に隠れている俺たちですら苦しいのだ、彼女の苦しみは想像を絶するものだろう。


「……シャル姉、ごめん。頑張って。」


気休めにもならない言葉をかけることしか出来ない自分が恥ずかしい。


少しでも早くこの状況から脱するため、俺は必死に辺りを見回した。すると、予想外のものが目に飛び込んできた。


……少年だ。遠くで少年が、建物に隠れながら飛行物体を見ている。


まずいぞ……。俺たちはまだシャル姉に守ってもらっているが、少年を守るものは傍にある建物だけだ。あの筒が近くに投下されれば、あの子の命が危ない。


なぜあの子があそこにいるか気になるところだが、それもこの窮地を切り抜けてからの話だ。ひとまずあの子を助けなければ。


「エマ!あそこの少年が見えるか!?」


「え!?ど、どこですか!?」


必死に指さして伝えようとするが、全く伝わらない。そんな状況にいら立っていると、俺は致命的なことを思い出した。


視力、借りっぱなしだ。


「悪い、エマ。視力借りたままだったな。今返すよ。……さ、見えるか?」


「あー!あそこですね!しっかり見えました!」


「あの子を抱えて村の外に逃げてくれ。お前の聖具を使えば余裕だろ、頼む。」


この局面で確実にあの子を救いつつ、村の外に逃げられるのはエマしかいない。


彼女にとっては俺たちを見捨てるようで心苦しいかもしれないが、一人でも多くの命を確実に救うためだ、やってもらうしかない。


「……分かりました。そうします。」


彼女も伊達にギルドで働いてないな。こういう場面での物わかりの良さはしっかり持ち合わせている。


「じゃあ、この爆発が終わったら外で落ち合おう。頼んだぞ。」


「はい。……皆さん、絶対に死なないでくださいね。」


「《韋駄天(いだてん)》!!」


彼女はそう叫び、次の瞬間には少年の元に辿り着いていた。


そして彼を抱え俺たちの方に親指を立てると、あっと言う間に村の外へ消えていった。

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