第四話 行ってきまーす!!
「分かりません!!」
うん!いい返事だ!
そうだよね、分かんないよね。話、難しかったもんね。
ジジイが悪い。全部ジジイが悪いよ。
いや、ひいては俺たちも悪いな。エマのためにフォローをしようとしなかった俺たちも悪い。
というか、エマが話に取り残されるこんな世界がおかしいんだよ。なんで世界はエマを中心に動いてないんだ。この世界が悪いだろ。どう考えても。
「ごめんな、エマ。俺たちがフォローしてやれてなかったな。……頼む!チャンスをくれ!分かりやすい説明をお前にするチャンスを!!」
「はい!お願いしますー!」
何て懐の深いお方なんだエマ様は。あの長い話の中、一切のフォローを怠っていた俺に説明のチャンスをくれるなんて。
エマ様から賜ったこの機会、無駄にするわけにはいかない!
「俺たちはみんなのために魔界に行かねばなりません。その途中にガルムザークとかいう奴がいるので倒さねばなりません。以上です!ご理解いただけましたか!?」
「いただけましたー!!」
っしゃあああああ!!!
「エマ、偉いなー!できる子だなー!よしよし!よしよーし!!」
俺は思わずエマを抱きしめ、頭をくしゃくしゃとなでる。
「きゃははは!くすぐったいですよー!!」
「……おいメルト。やっぱりこいつ、ポンコツじゃねえかよ。」
「はっ!?」
カインの鋭い指摘で、俺はふっと我に返る。
「俺は何を……。」
エマがあまりにも自信満々に全てを否定したもんだから、世界が間違っててエマが正しいんだと勘違いしてしまっていた。そしてハイになってしまった。
……普通に考えて、エマを中心に世界が動いて良いわけがない。
今より平和な世界にはなりそうだ。だがその世界には、間違いなく秩序は存在しないだろう。
「まあよく分からんがエマよ。話は分かったんじゃな?」
「はい!分かりました!」
「うむ。エマも理解したか。じゃ、話を続けるぞー。」
「え゛!?」
???????
「ジジイ、今なんて?」
「じゃから、話を続けるって言っとるんじゃ。」
?????????????
「で、でもジジイ!さっき話はもう終わりって……」
「そんなこと一度も言っとらんわい。さっきまでで概要の説明が終わったんじゃい。」
?????????????????????
「概要が終わったら、次は旅の細かい詳細じゃ。これも大事じゃから、よーく聞いとくんじゃぞー。」
”絶望”の二文字。
それはこの場にいる誰の脳にも、平等に浮かび上がったことだろう。
「ふぁーい。」
情けない返事を何とか絞り出した後、俺の意識は闇に落ちた。
***
「ふわぁー。つっかれたー。」
やっとのことで愛しのベッドに座り込んだ頃、時刻はもう22時を回っていた。
ジジイの話は夜まで続き、その後みんなで飯を食っていたらもうこんな時間だ。
ちなみに晩飯の時、俺たちは”いただきます”と”つかれた”と”ごちそうさま”以外の語彙を発していない。恐らく誰の脳ももう、まともに機能していなかったのだ。
「今日は災難だったなあ……」
朝はエマの雑談地獄、昼から夜にかけてはジジイの説明大地獄だ。
カイン、俺たち頑張ったよな……
コンコン
その時、何者かが俺の部屋のドアを叩く。
まさかカインか?俺の思いが届いたのか?
「誰だー?カインだったら嬉しいんだけどー。」
「カインじゃなくて悪かったわね。入っていい?」
扉を開けたのはスピカだった。
こりゃ驚いた。スピカがノックをするなんて。……明日は大雨かな。
「ああ、入れよ。」
俺の言葉を受けて彼女は部屋に入ったが、何やら手を揉みながら俯いている。
「何もじもじしながら突っ立ってんだよー。とりあえず座れよ、ほら。」
俺は少し寄ってスペースを開け、そこをポンポンと叩く。
「あ、うん。ありがと……」
俺の隣に座った彼女は、相変わらず黙って俯いたままだった。
俺も何と声をかけていいのか分からず、部屋はしばしの間静寂で満たされた。
暫くして、漸くスピカが口を開く。
「……明日から旅なんて、本当に突然だよね。」
色んなことに気を取られて気にする暇がなかったが、冷静に言われてみると確かにそうだな。
明日から旅だなんて急すぎるし、あまり実感も湧かないのが正直なところだ。
「ああ、そうだな。正直あんまり実感も湧かないよ。」
「そ、そうだよね。それでさ、メルトは明日からの旅についてどう思ってる?」
「どうって何だよ?」
「だからさ、ドキドキする~とか、わくわくする~とか、何か思うことはあるでしょ?」
何となく要領を得ないような彼女の話に、俺はやきもきしながら答える。
「あー、そういう感じか。……だったら、わくわく8割、ドキドキ2割とかじゃねえかなあ。」
「はぁ……。あんたは気楽でいいわねえ。」
「なんなんだよー!何の話をしに来たんだよ?」
「そ、それは……。話っていうか……」
一体何なんだ。
スピカの様子がずっと変だ。いつもに比べて覇気がないというか、乱暴さがないというか……
個人的にはいつもこの位であってほしいとは思うが、いつもこんな感じのスピカはもはやスピカではないのでは、という自分もいる。
そうこう考えている俺の脳内に、突然の閃きが起こる。
まさか!……へへへ、もしそうだとしたら、原形がなくなるまでからかってやるぞ。
「もしかしてお前、旅すんのが怖いのか?」
彼女はゆっくりと頷きながら、消え入るような声で答えた。
「うん。ちょっと怖い、かも……」
……本当にそうだったのかよ。
うーん、確かに”からかってやるぞ”とは思ったさ。でもそんなに弱弱しく返事されてしまったら、これ以上攻められないじゃないか。そもそも、十中八九”そんなわけないでしょ!”と返されると思ってたから、心の準備も出来てなかったし。
彼女のやけに素直でしおらしい態度の前に、俺の悪戯心はすっかり溶け落ちてしまった。
はーっ、弱っちまってるってことかあ。
しょうがない、ここは降ろすしかねえようだな。俺の中のイケメンを。
俺は彼女の肩に優しく手を置き、言ってやった。
「大丈夫だ。安心しろ、スピカ。」
「……え?」
「お前は一人じゃない。俺たちは家族、だろ?」
「うん……。」
「いつでも俺たちがついてる。絶対にお前は傷つけさせないよ。」
決まったな。今の俺、カッコよすぎる。
彼女が亡国の姫君で、俺はさながらそれを守る騎士団長のようだ。
「ありがとう、メルト……。」
彼女は俺の言葉を噛みしめるように頷いた。
「ああ、いいさ……っていやいやいや!!」
いやいやいや!俺の言葉全部受け止められちゃったよ!
本当に俺がイタいイケメンみたいになっちゃってるじゃねえか!
そこは”キモい”とか”クサい”とか言ってバランスとってくれよ!いつもは絶対そうするだろ!
いくら弱ってるとはいえ、流石にしおらしすぎるだろ!
「あーっ恥ずかしい!何が亡国の姫君だよ!何が騎士団長だよ!」
「えっ?姫君?騎士団長?何の話……?」
「ああっ!それは違くて……そうだ!お前らしくないって話だよ!いつもならさっきみてえなクサい台詞、絶対馬鹿にするだろ!?」
「それを素直に受け入れやがって!こんな湿っぽい掛け合い、俺たちには似合わねえよ!お前はお前らしくしてりゃいいんだよ!あー恥ずかしい恥ずかしい!」
顔が熱い。顔を仰ぐ手が止まらない。
そんな俺の姿を見ながら丸い目をしていた彼女の表情は、じきに柔らかくなっていった。
「……ふふっ、それもそうね。さっきはクサい台詞をどうもありがとう。茶髪ツンツン頭さん。プラス、チビ。」
その言葉を聞いた俺の表情は、見る見るうちに険しくなっていった。
「はああああああああああ!?」
「何だよプラスチビって!……何だよプラスチビってえええ!いつも通りって言っても限度があんだろ!」
ちょっとパンチが弱いから悪口付け足してみましたー。じゃねえんだよ!おまけ感覚でつけていい言葉じゃねえんだよ!
てかチビじゃねーし!シャル姉とカインがデカいだけだし!170cmはあるし!……多分。
「うるさいわねー。あーあ、あんたの隣に座ってるとあたしまでチビになっちゃいそうだから、もう行くわね。」
はい、カッチーン。
「もういいでーす!もうこれから何回ノックしても入れませーん!残念でしたー!」
「べっつにいいしー。ノックせずに入るだけだしー。じゃ、おやすみ~。」
「ああ、おやすみ。二度と起きなくていいぞー。」
バタン。
「……はぁぁ。」
突然俺の部屋に来たかと思えば、好き勝手して出ていきやがって。
大体、慰められたいならシャル姉の部屋とかに行きゃ良いだろ。誰かを慰めるとか、俺の柄じゃねーし。
ましてやスピカを慰めるなんざ、絶対に俺の仕事ではねえだろ。何を期待してここに来たのか知んねーけどさ。
「まあいーか。」
なんだかんだスピカもいつも通りになったし、良しとするか。……ムカつくけど。
そうやって思考にひと段落をつけたはずなのに、俺は尚も先程の彼女の様子について考えていた。
「普通は、ああなるもんなのかなあ。」
彼女だけでなく、他のみんなもそうなっているのだろうか。
エマは違うとして、カインとシャル姉は?……スピカほどでは無いにしても、多少の恐怖や不安は感じていそうだな。
そんな思考を続けるほど、俺は徐々に自分の能天気さが嫌になってくる。
明日から一応命懸けの旅が始まるというのに、俺の胸を占めているのはほとんどがワクワクなのだ。こんなので大丈夫なのかな。危機感が足りないかな。
夜の静けさは人の暗い感情を育てる。あいつが俺の部屋に持ち込んだネガティブな気持ちは増殖し、気づけば俺を取り囲み始めている。
こんな時は無理やり寝てしまうのがいい。そして朝日に全てを洗い流してもらうのだ。
「よし、明日から頑張るぞ!!」
そう意気込んだ俺は布団を被り、やけに長かった今日に別れを告げた。
***
「おーいメルトー!スピカとエマちゃん、しっかり守ってやれよー!って、お前が守られる側か!はははは!!」
「分かってるよー!うるせーな!」
「カインー。お前がいなくなっちまったら退屈じゃねえかー。」
「へっ、俺抜きでまずい酒でも飲んでやがれ。」
さて、あっという間に出発の時間になってしまった。
如何せん朝が早く、見送りの人間はほとんどいない。いるのは朝まで飲んだくれてたおっさんか、謎に健康なおっさんくらいなものだ。
……若者はどうした!?全員寝てんのか!?
たまに一緒に任務をこなすような奴らの顔が見えない。友情よりも睡眠欲をとるなんて、薄情な奴らだ。
まあ俺が逆の立場だったら絶対に寝てるけど。
「……なあメルトー、エマが言ってたやつ本当にやるのかー?」
「仕方ないだろカイン。あいつノリノリなんだからさ。」
そう、さっきエマが突然、”出発の前にみんなで声を揃えて、全力であいさつをしましょう!”とか言ってきたのだ。
みんなそれを聞いてうっすら苦笑いを浮かべたのだが、エマに微笑みと苦笑いとを見分ける機能なんてついていないため、肯定と捉えられ今に至る、というわけだ。
正直、”恥ずかしいよ。ガキじゃねえんだから。”という気持ちが大きいが、こういう時恥ずかしがって声を小さくするような大人にはなりたくないと思って生きてきた。
だから、やるからには全力でさせてもらう。そしてみんなもそうであってほしい。
「シャルロッテよ、しっかり頼むぞ。」
「はい。任せてください、ギルさん。……エマちゃん、今よ。」
「じゃあ、私が音頭をとらせていただきます!みんな、準備はいいですか?」
「ああ。いつでも大丈夫だ。」
さあ時が来た。しっかり腹から声をだしてやるぞ!
「それでは行きます!せーの!、3、2、1……せーのっ!!」
「「「「行ってきまーす!!」」」」
「行ってきまーす!!」
は??????
……音頭がキモすぎんだろ!!!
なんでせーの二回も言ったんだよ!!
「おいエマぁ!音頭が分かりづらすぎんだよ!」
「メルトの言う通りよ!せっかく私も全力でやったのに!」
「お前は音頭もできねえのかよポンコツがぁ!」
「エマちゃん、流石に今のは擁護できないわよ……」
「うわーん!!ごめんなさーい!!ゆるしてくださーーい!!!」
こうして俺たちの旅は幕を開けた。……不安だ。