第三十六話 金の亡者
「メルトくんだっけ。……僕、言ったよね?首の突っ込み方には気を付けろって。」
男がそう言い放った瞬間、俺の身体に途轍もない圧がかかる。
「ぐっ……!!」
「お、重いです……!!」
「体が、動かない……!!」
「お前ら!!どうした……くっ!!」
口々に声が漏れていく。どうやら俺だけじゃないようだ。
「ははは、重いでしょ~。僕の自慢の能力、《原罪》だよ~ん。」
そう笑う彼の手には林檎のような物が握られていた。
聖具か……!!
「いやー、アイツに言っておいて正解だったよ。……シルヴィアって言う美人が来たら、僕に教えるようにってね。」
「……皆様、申し訳ございません。」
背後から男の謝罪が聞こえてくる。
くそっ!!嵌められたのか!!
「貴方、何が目的なの……?」
シャル姉の問いかけに対し、男は呆れたような笑みを浮かべて答える。
「そんなの一つしかないだろ~。シルヴィアの聖具の破壊を阻止することだよ。」
「どうして?」
「どうして!?それも一つしかないだろう!?何でも屋の破綻を避けるために決まってるじゃないか!!」
「何ですって……!」
何故そこで何でも屋が出て来るんだ!?
「まだ分からない?君たち本当に馬鹿なんだね。まあいいや、教えてあげるよ。……どうせ君たち、もう殺すし。」
「…………!!」
彼の一言で、部屋の緊張感は即座に引き上げられる。
……ギルドの人間である俺たちに喧嘩を売ってきた時点でそうなる気はしていた。だが、口に出されると現実味が段違いだ。
「僕は何でも屋を利用して荒稼ぎしてるから、それを壊されるわけにはいかないの!!これで分かっただろ!?」
彼は両掌を上に向け、問いかけるようなポーズで俺たちに語り掛ける。
それを受け、ブライトは微かな声を絞り出した。
「ノ、ノイアーさん……。あなたは……。」
「君に経営のアドバイスをしたり、店を手伝ったり、会計をしてあげたりしたのも、全部僕が儲けるためだったのさ!!……したら君、どんどん僕への分け前を増やしてくれるんだもんなあ!笑いが止まらなかったよ!!」
「嘘だろ……。」
そういう事か……!
親切なふりをして彼にすり寄り、シルヴィアさんの聖具がもたらす彼への幸運にあやかろうとしたって訳だな。
となると、シルヴィアさんの能力が判明した瞬間から、奴はこの計画を思い描いていたと考えられる。
だから自分に不都合である”聖具の破壊”という選択肢を与えないように、彼女に破壊士の存在を教えなかったのか……。
狡猾な野郎だ……!!
「ホント、君たち夫婦には感謝しかないよ!!こんなに良い金ヅルなんて、この世のどこを探してもいないだろうからね!!」
「ノイアーさん。じゃあ、昔から私の面倒を見てくださっていたのは。」
「あー、金のため金のため。あとは……ちょっぴりの下心?」
彼は人差し指と親指でジェスチャ―をしながら、気色の悪い笑みを浮かべる。
「兄貴に君の顔を見せてもらった時、僕はすぐに分かったんだ。この子は普通じゃない、この子の顔は金になる、ってね。」
「そうですか。」
今だけは彼女に感情がないことを幸いに感じる。
こんな事実を真っ向から受け止めれば、彼女は間違いなく正気じゃいられないだろうから。
「それでさあ、上手いこと娼館にでも送り込んでやれば、仲介料でがっぽがっぽ!!……とか思ってたのに、よく分かんない男と結婚するとか言い出すんだもんなあ。あの時は本当にガッカリしたよ。」
「お前……!!」
ブライトの声が怒りに震えている。
当然だ。こんなクズを前にして、キレない奴なんていない。
「でもその後に、まさか聖具を生成したいって言ってくるとは思わなかった。それに彼女に資質があるなんて、思ってもみなかったよ。」
「……その時点で僕は最高の気分だった。僕があやかれそうな能力が発現すれば、そのままあやかればいい。あやかれなそうなら、それを売って金を中抜きすればいい。どちらにせよ、僕にとってプラスしかなかったからね。」
「そんなことを、考えていたんですか。」
どうやらヤツの頭の中には、金と自分のことしかないらしい。
ここまで来ると哀れとしか思えない。
「それで蓋を開けてみたらどう!?死ぬほど都合のいい能力が発現したんだ!!僕は天にも昇る気持ちだったよ!!……きっと愛の力ってやつだったのさ!!その時から僕は、ブライトくんのこともだーい好きになったよ!!」
二人の愛まで冒涜しやがって……!!どこまで救えない野郎なんだ……!!
「もちろんその日から君への下心は無くなったよ!!女としてはゴミになったからね!!それにさあ、この金があればどんな女も買い放題なんだよ!?つまんないマネキン女なんて、尚更いらないよねえ~!!」
「ふざけるなああ!!シルヴィアを悪く言う奴は僕が許さない!!」
堪忍袋の緒が切れたブライトが、ヤツに殴りかかる。
……待てよ!彼は動けたのか!?何故彼には圧力が掛かってないんだ!?
「……うるさいなあ。」
ヤツは彼を片手で軽くいなし、そのまま背中に強烈な回し蹴りを叩きこんだ。
「ぐぅぅ……!!」
彼は勢いよく転がっていき、床に這いつくばった。
「はあ……。大人しくしてれば何もしなかったのに。」
この圧倒的な光景を前に、俺は昨日のヤツとの会話を思い出す。
……数多の泥棒を屍にしてきたというのは、冗談じゃなかったってことか。
まずい、このままじゃ成すすべもなくヤツに殺されてしまう。
……冷静になれ。こういう時こそ落ち着いて状況判断をしろとシャル姉に言われただろう。
恐らく、ヤツの能力の魔力消費は激しい。拘束する人数を増やせば、それはさらに激しくなると思われる。
だから魔力を節約するために、自由に動けたとしても自分の脅威にはなり得ないブライトのことは拘束しなかったと考えるのが妥当か。
……仮にそうだとすると、シルヴィアさんも動けるはずだがどうだ?
「シルヴィアさん、あなたは動ける?」
「いえ、身体が重くて動けそうもありません。」
動けないのか!?じゃあこれはどういう事だ。
……そうか!!よく考えると、彼女は拘束しなくてはならないじゃないか!!
彼女が自分の命を利用してヤツを脅せば、ヤツは従わざるを得なくなる。
例えば、”このギルドの方々を開放しないと私は首を切って死にます。”と彼女が言った場合、ヤツは能力を解除しなければならなくなる。だから彼女を自由には出来ないということだな。
……単純にアイツの能力には条件があって、ブライトはそれに当てはまらないから動きを止められなかった、というのも考えられるか。
だが、それだと条件の見当が全くつかないな。
ブライトにあって俺たちにないもの、またはブライトになくて俺たちにあるもの、彼と俺たちを隔てる境界線が全く分からない。
ちっ!!考えれば考えるほど分からなくなっていく!!
ひとまず言えるのは、とにかく時間を稼ぐことが重要という事だ。ヤツを刺激しないように立ち回らなければ。
「……さあどうする!?君たち全員、僕の手のひらの上だねえ!!命乞いくらいなら聞いてあげてもいいよお!!」
「するわけないでしょ、クズ野郎。」
スピカがそう吐き捨てた。
……あのバカっ!刺激しちゃ駄目なのに!!
それを聞いたヤツは、軽やかなステップで彼女の前まで向かう。
「クズ野郎って何だよ。僕はお金を追い求めてるだけだ。……お金って、素晴らしいんだよ。だってさ……」
突然、ヤツは彼女の顔を思い切り殴りつけた。
抵抗できない彼女は、そのまま地面に倒れこむ。
「うぅ…………!」
「こうやって女を殴ってもさあ、最後にお金を握らせてやれば、みんな笑って許してくれるんだよ。」
ヤツはそう言うと金貨を取り出し、彼女の手に無理やり握らせる。
「ほら、嬉しいだろ!!痛みなんて忘れるだろ!?お金って素晴らしいよね!?ははははは!!!!」
両手を広げ高らかに笑うヤツを睨みつけ、彼女は微かな声で言った。
「嬉しい訳……ないでしょ……。この……クズ……。」
「やめろ!!スピカ!!」
……これ以上煽ったら、本当に殺されてしまうぞ!!
ヤツは大きく首を傾げながら絶叫する。
「ええええ!?まだお金の素晴らしさが分からないのおおおお!?じゃあ……こうしてやる!!こうだ!!こうだ!!」
ヤツは大きく足をあげ、彼女の腹目掛け何度も振り下ろす。
「かはっ……くあっ…………うぐっ…………!!」
ヤツは執拗に彼女の腹を蹴り続けた。
「あぁっ……ふぐぅ…………!!」
「やめろ!!やめてくれ……!!」
「ふぅー。こんなもんかなあ。」
十数発蹴りつけたところで、漸くその動きは止まった。
そしてヤツはおもむろにポケットから大量の金貨を取り出し、彼女の顔の上でそれを零し始めた。
金貨が床に触れる音が、部屋に虚しくこだまし続ける。
「こうやってお金の雨を降らせたら、流石に嬉しいだろう!?君も素晴らしさが分かったよな!?あははははは!!!」
……殺す。コイツは絶対に殺してやる……!!




