第三十四話 魂の牢獄
「分かりました。……そうして生まれた私の聖具の能力、それはとても運命的なものでした。名は《万福招来》。誰か一人に、永遠に幸運が降り注ぐ。代わりに持ち主は永遠に感情を無くす。そんな能力が芽生えてくれたのです。」
「そんな聖具が……ありえるの……!?」
スピカが思わず声を漏らす。
……衝撃的な能力だ。まるで呪いじゃないか。
持ち主には重いデメリットしかもたらさないなんて、そんな聖具があって良いのか。
「それは今、どこにあるの……?」
「こちらでございます。」
スピカの問いかけを受け、彼女はスカートの裾をたくし上げる。
すると左足に、金色に輝くミサンガが着けられているのが見えた。
「この聖具は、一生取り外すことが出来ないそうです。」
「そんな……!?」
無茶苦茶だ。一度生成したっきり逃れることが出来ないなんて、やっぱり呪い以外の何物でもない。
まるで魂が牢獄に囚われてしまったかのようじゃないか。
そして、彼女はその鉄格子越しに彼を眺めることしか出来なくなったのだ。
……彼女はそれで良かったのだろうか。
「そこからは皆さんご存じの通り、彼の店がどんどん大きくなり、私の感情は徐々に失われていった、というお話です。」
「徐々にってことは、最初は残ってたってこと?」
「はい。……彼に幸運が降るたび私の感情は消えていきました。そしてマルスの契約が決まった頃には、私は何も感じなくなっていたのです。」
なるほど。
彼の幸福と反比例するかのように、感情が消えていったという訳か。
「……ねえ、一つ聞いてもいい?」
スピカが問いかける。
「なんでしょうか。」
「あなたは今、どんな思いで彼のことを見ているの?」
「どういうことですか。」
「多分今のブライトは、笑ったり喜んだりしながら今日の出来事を話すようになっているんでしょ?あなたの望んだようにね。それで、それを見たあなたは何を思っているの?どう感じているの?」
確かにそうだ。彼は今沢山の幸運に恵まれ、豊かな生活を送っているのだ。もちろん彼女にもそれをいっぱい語っているのだろう。
そんな見たかった彼の姿を前にして、彼女は何を思っているのだろうか。
でも多分、その答えは……
「もちろん、何も思っていません。」
「っ……!!」
スピカは唇を強く噛みしめている。その答えだけは聞きたくなかったのだろう。
……俺も同じだ。分かり切っていた答えなのに、やるせない気持ちで一杯になってしまう。
「でも、いいのです。あの人が楽しそうに語りかけてくれれば、私はそれだけで。そんな姿を見て、以前の私ならとても幸せを感じているんだろうなと思い、ただ満足するのです。」
「本当に、あなたはそれで良いの……!?」
彼女は怒りや悲しみが滲んだ声で、絞り出すように問いかける。
「はい。……彼にあんな顔をさせなくて済むのなら、私の心くらい幾らでも捧げます。彼が変わらず元気でいられるなら、変わらず笑っていてくれるなら、私はそれ以上を望まないのです。」
彼女は淡々とそう言い放った。
「そんなのおかしいよ……!あなたはずっと何も感じないんでしょ……!?せっかく一緒に居るのに、どっちも独りぼっちみたいじゃない!!」
二人でいるのに、お互いの気持ちが通じ合うことは絶対にない。
近くにいるはずなのに何よりも遠い。まるでガラスで隔てられているみたいに。
そんなに空しい事はないよな。スピカが怒るのもよく分かる。
「そうなのでしょうか。」
「そうですよ!今のあなたたちは、二人とも独りぼっちなんです!!……シルヴィアさん、あなたは恋する人の気持ちを分かってないんですよ!!」
彼女の無機質な言葉の反復に、エマも苛立ちを隠せないようだ。
「恋する人の気持ち、ですか。」
「はい!恋する人はみんな、一人で幸せになりたいわけじゃないんです!好きな人と二人で幸せになりたいんですよ!!私だってみんなだって……ブライトさんだってそうですよ!!」
「ブライトも。」
「彼はあなたが笑わなくなったことをとても悲しんでました!!また昔みたいに笑いかけてほしいんだって、そう願っていたんです!!」
全部言っちゃったよ。ブライトは言うなって言ってたのに。
まあ熱くなってしまうのもしょうがないか。こんなの、辛すぎるもんな。
「それは本当ですか。」
もう言ってしまったんだ。俺が詳しく話しても、罰は当たらないだろう。
「……実はブライトも、あなたと同じようなことを言っていたんだよ。あなたが笑っていればそれで良かった。他には何もいらなかった、ってね。そして、お金なんか要らないから昔みたいに笑い合いたいって、そう言ってた。」
「そんな。なら私は何のために。」
「仕方ないさ。聖具の能力なんて選べないんだから。それに思いが空回りしてしまうことなんて、生きていれば幾らでもあることだよ。……あなたは誰よりも純粋で真っ直ぐな気持ちで彼を思っていたんだ。誰もあなたのことを責めないよ。」
「私はどうすればいいのでしょうか。」
全ての真実が分かった今、すべきことは一つだろう。
「聖具を壊そう。破壊士に頼んでさ。」
二人の心は深く繋がっていたのだ。それを邪魔するものは壊してしまうのが良い。
「破壊。そんなことが可能なんですか。」
「あれ?おじさんから聞かされてないの?」
「はい。今初めて知りました。」
「そうなんだ……。」
聖具はどんな物が生まれるか分からない。持ち主に恩恵を与えるものもあれば、被害をまき散らすようなものもある。今回は極端な例だが、持ち主にデメリットをもたらすようなものも勿論ある。
だから、聖具が持ち主の望まない物であったときのため、生成士は必ず破壊士の案内をしなければならないと義務付けられているのだ。
内々の生成だったのに加え、聖具を売却するつもりだったからおじさんは案内をしなかったのだろうが、それでもそこを疎かにしているのは駄目だな。
後で彼にはしっかり注意しておかなければならない。
「本当に、破壊しても良いんでしょうか。」
彼女にとっては突然浮かび上がった選択肢だ。すぐに決断することはできないよな。
俺は俺の考えをそのまま伝えることにしよう。
「俺はするべきだと思う。でも、壊した結果何が起こるかは保障できない。これから彼に幸運が降りかからなくなるだけなのか、はたまた聖具の能力によって得たものは全て無くなってしまうのか、それは壊してみないと分からないんだ。」
これから新しい商談がブライトに舞い込まなくなるだけなのか、それともマルスやその他諸々の契約なども打ち切られてしまうのか、それが分からないのは問題だ。
後者の場合、間違いなく何でも屋の経営は立ち行かなくなるだろう。
でもきっと、全てを伝えたらブライトは壊そうと言うと思う。
「私も壊すべきだと思う。」
「シャルロッテさん。」
「私は、不運なことがあるからこそ、幸運というものが成り立つと思うの。ずーーーっと幸運なことしか起こらなければ、きっといつかは喜びもありがたみも消える。そして、虚しさだけが残る。多分このままの生活を続けていけば、ブライトの心も空っぽになると思うわ。」
「ブライトも、ですか。」
幸運が当たり前になってしまえば、その先の人生に起伏は無くなる。
そう考えると、壊さなかった先の未来には虚無しかないのかもしれないな。
「俺も壊した方が良いと思うぜー。」
カインもそう言うのか。
「あんたの聖具はブライトに幸運を呼び寄せるんだろ。じゃあ、俺たちがあいつに出会ったのも聖具の能力の結果なんじゃねえのか?で、そんな俺たちが壊すべきって言ってるんだ。だったら壊した方が良いんじゃねえのかな。」
何だかとんちみたいな理論だ。
俺たちとブライトが引き合わせられたのも聖具による幸運の一環だから、そんな俺たちの言うことには従っておいた方が良い、という話だな。
強ち間違いではない気がする。妙に説得力のある理論だな。
……これで俺、シャル姉、カインは破壊すべきと言った。
そしてもちろん、スピカやエマも同じことを考えているだろう。
つまり俺たちの総意は聖具の破壊だ。だが、あくまで決めるのは彼女らである。
「……最終的に決めるのはあなた達二人だ。どちらを選んだとしても、俺たちはその道を全力で応援するよ。」
「私にとっては、最初から彼の思いが全てです。彼が要らないというのなら、私はこれを壊すことにします。」
「うん……!!」
二人に選択を委ねたが、やっぱり幸せが待っているのは破壊する道の先だと思う。そして、彼女は無事にその道を選んでくれた。
……もうすぐだ。もう少しで彼女らは何にも縛られずに笑いあうことが出来る。そう思うと、喜びがこみ上げてくる。
俺たちはそんな喜びを分かち合うように、顔を見合って笑った。




