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第三話 旅立ちの熱 ~失った過去と祈られる夜~

「そしてその道中、オウ級の魔物である”暴君ガルムザーク”を討伐してもらう!!」


「「「「ええええ!?」」」」


やべえ情報で散々俺を驚かしてきたオウ級の魔物の討伐を、俺たちがやるのか!?しかもそれが最終目標じゃなく、あくまで道中の一仕事っていうのか!?一体どんな旅が始まっちまうんだ!?


驚く俺たちとは裏腹、ひどく冷静にジジイの言葉を受け止めたカインはゆっくりと口を開く。


「ガルムザークだと……。ジジイ、それ、マジで言ってんのか?」


「大マジじゃよ。カインよ、お前がこの旅のメンバーに選ばれた理由が分かったか?」


「……よく分かったよ。ジジイ、感謝するぜ。で、そいつは今どこに居やがるんだ?」


「それはじゃな……」


「ちょっと待てよ!二人で勝手に話を進めてんじゃねえ!そもそも、誰なんだよそいつは?カインはそいつを知ってるのか?」


「ああ。……俺はあの日から、一時もあいつを忘れたことはねえ。ヤツに妹を奪われたあの日からな!」


「なんだって!?」


10年前、まだカインが11歳のガキだったころ、アイツはある農家の仕事を手伝うことを条件に、その農家の家に妹と二人で住まわせてもらっていたらしい。


そんな中、ある日彼らのいる村に強力な魔物が来襲し、その魔物の攻撃から妹をかばったカインは意識不明に。そしてアイツは、とあるギルド関係者の家で目を覚ましたらしい。


その後、アイツはそのギルド関係者に事の顛末を教えてもらったそうだ。


例の魔物の手によって彼らのいた村はほとんど壊滅し、そこに駆け付けたギルド関係者がその魔物を何とか退けた。そして村の人々への救命活動が行われたが、妹らしき人物の姿はどこにも見られなかった。というのが事の顛末だったらしい。


勿論アイツは納得しなかった。妹を探すべく家を飛び出そうとした。


だが、闇雲に探すだけでは見つかる可能性は低い上、その村の周辺にはまだ例の魔物がいる可能性も高く危険だ、と引き止められ、同時に太陽の(アポロン)ギルドへの所属を勧められた。


そこで例の魔物に対抗できる力を養いつつ、妹に関する情報を集めるのが一番手堅いから、という理由からだ。


そうしてその言葉に従ったアイツは、ガキながらにうちのギルドに加入することを決めた。というのが、以前アイツの口から聞かせてもらった過去だ。


……まさか、そういう事なのか?


「ま、まさか、10年前にお前たちを襲った魔物ってのは……」


「そうだ。あの時俺たちの目の前に現れた魔物は、確かに”ガルムザーク”と名乗っていた。」


「そうだったのか……。」


それなら今までのカインの態度にも合点がいく。


彼にとってガルムザークは、幸せと妹を奪った怨敵なのだ。それを自らの手で葬るチャンスが来たのだ。嬉しいに決まっている。だが彼は同時に、ガルムザークの恐ろしさもよく理解しているはずだ。


俺たちのように大口を開けて驚くでもなく、冷静にジジイの言葉を受け止めたのには、そんな複雑な心境が影響していたのだろう。


「俺にとって奴は最も忌むべき宿敵だ。だがそれと同時に、唯一確実に妹の消息を知っている奴でもある。……なんとしてでも奴から妹のことを聞き出し、殺してやる。」


そうか!相手はオウ級の魔物、ただ強いだけではない。言語能力を有しているのだ。その面からみると、村を襲った魔物がオウ級だったというのはむしろ好都合とも言えるな。


だがその時、考えてはいけないと思いつつも時々考えてしまう最悪な疑問が脳裏をよぎる。


……もし妹がとっくに死んでいたらどうするのだろう。


いくらオウ級で知能が高いとはいえ、相手は魔物なのだ。とっくに彼の妹はヤツの胃袋の中だった、という可能性も考えられる。むしろその可能性がほとんどと言ってもいいかもしれない。


ヤツの口から妹の死が告げられた時、彼は何を思い、どう行動していくのだろうか。


だがいくら俺が能天気な人間とは言え、こんな疑問を平然とぶつけられるほど空気が読めないわけではない。


俺はこの疑問をいつものごとく胸の中に押し戻した。そんな時だった。


「もし妹さんが死んでいたら、カインはどうするんですか?」


やはりエマは生粋の切り込み隊長だ。デリカシーのデの字もない。

俺が躊躇していた疑問は、彼女によっていとも簡単に突き付けられたのだ。


しかしカインは特に表情を変えることもなく、少し間をおいてそれに答えた。


「弔ってやる。とびきりいい墓を建ててな。」


「……俺にとっちゃ、妹の行方も生死も分からねえ宙ぶらりんな今の状態は一番最悪なんだ。何をしてる時も心に黒い靄がかかったみてえで、時々思い出す妹の姿はずっとあの日から変わらねえままだ。俺の時間はあの日から止まったままなんだよ。」


「妹が生きてるにしても死んでるにしても、はっきりさせてケリつけなきゃなんねえ。じゃないと俺は、一生前には進めねえよ。」


「カイン……」


「でもな、やっぱり俺はあいつに生きててほしくて仕方ねえ。あいつは俺の唯一の肉親で、最愛の妹なんだ。もう一度この手で思いきり抱き締めてえんだよ……!」


「そうですか……」


「きっとできるわよ!だってカインの妹よ?どこかでしたたかに生きているに違いないわ!ささっと見つけちゃって、魔物もぶっ飛ばして、抱きしめてハッピーエンドよ!」


スピカは素晴らしいな。エマが作り出した少し重苦しい空気を、あっという間に良い雰囲気に転換させやがった。


これは根っこの優しさが成せる技、といったところだな。スピカのそういうところは好……嫌いじゃないぞ!1メルトポイントあげちゃう!


「確かに、カインの妹さんがそう簡単に死ぬわけないですね!じゃあ、私はその魔物の目玉を抉り出して、二人に一つずつプレゼントします!!」


何が”じゃあ”なんだよ。再会を記念したプレゼント的なノリか?


「いらねえよ!」


「ふふっ、じゃあ私は睾丸でも千切ろうかしら。」


姉さん、怖いです。


冗談が猟奇的すぎます。


「は、ははっ。じゃあ俺は耳でも刈り取ろうかなーなんて……まー頑張ろうぜ。みんなでやれば絶対叶うさ。」


「そうだな……お前ら、ありがとな。」


「いいのよ。私たちはギルドの仲間。家族みたいなものなんだから。」


「よう言うたスピカよ!そうじゃ、ワシらは強い絆で結ばれた家族じゃ!100ギルポイント!!」


うわっ!パクられた!


「さて、話を戻すとするかの。現在のガルムザークの居所なんじゃが、聖なる川(セイント・リバー)を渡ってすぐの辺り、つまり魔界の入り口周辺じゃ。恐らく13年前から、ヤツはずっとそこを拠点にしておる。」


「そうか……。俺の村を襲うより前から、ヤツはずっとその場所に巣くってやがったのか。」


「ああ。そしてお前の村を襲ったように、気まぐれにその周辺に出没しては、暴虐の限りを尽くしておる。」


「なるほど。私たちが魔界を目指す以上、そいつとの戦いは避けては通れないということですね。」


「その通りじゃ。」


そういうことか。大体話は分かった。が、結局肝心なところがまだ分かっていない。


「ガルムザークとかいうやつのことは分かったんだが、結局何で俺たちは魔界に行かされるんだ?そこをはっきりさせてくれよ。」


「お前たちの旅の目的、それはズバリ、浄界と魔界の交流を復活させることじゃ。そのためにお前たちに魔界に行ってもらうんじゃ。」


「浄界と魔界の交流を復活させるだって?」


「うむ。お前たちも知っての通り、かつて浄界と魔界の間では盛んに交流が行われていた。いや、交流というのも適切ではないかもしれん。聖なる川(セイント・リバー)に架けられた大きな橋たちを渡り、人々はそこを自由に行き来していた。浄界と魔界は完全に繋がっていたのだ。」


ジジイの言う通り、浄界と魔界はかつて繋がっていたらしい。それも割と最近まで。


生まれてこの方魔界の土を踏んだことのない俺にとっては、にわかに信じがたい話だ。


「じゃが13年前、悲劇が起きた。祈られる夜(ウィッシュド・ナイト)。すべてが謎に包まれた、この地を揺るがす大事件じゃ。」


祈られる夜(ウィッシュド・ナイト)。歴史に無頓着な俺でもよく知っている世紀の大事件だ。

とにかく、多くの人がその夜のうちに死んだらしい。とにかくそういうことだ。


実際のところ”事件”と形容して良いのかすらはっきりしておらず、その夜起きた多くの死は、人の仕業か魔物の仕業か、はたまた自然によってもたらされたものなのかもわかっていないらしい。


「今はほとんど跡形もないが、聖なる川(セイント・リバー)をはさんだ大きな都市群がかつては存在していた。それらは浄界と魔界の物流の要衝として、古くから栄えていたのじゃ。」


「それぞれの地の文化が入り混じり、多様な品の数々が店を彩る。人々も活気に満ち溢れており、ただ歩くだけでも心が躍るような都市たちであった。」


「その都市たちから、一夜にして活気が失われたんじゃ。建物に目立った損傷はなく、人体に外傷もなく、ただ眠るように人が死んでいき、都市に住む人々の99%以上が死に絶えた。その都市たちの長い歴史は、あまりにも突然に終わりを迎えたんじゃ。」


「当時からギルドマスターをやっていたワシは、都市からの救援要請を受け、仲間とともにすぐに現地調査へ赴いた。」


「え……。ギルさんが直々に赴いたんですか?」


「うむ。そんな未曾有の事態の中、この部屋で指を咥えて報告を待つなぞ、ワシにはできんかった。」


「ワシが都市に到着したのは、その夜から3日が経った時じゃった。……その時見た異様な光景は、今でもワシの脳裏に焼き付いておる。」


「街ははしんと静まり返り、街道にはぽつぽつと死体が転がっておった。そして家に入ってみれば、また様々な死体があった。本を読んでいる死体。料理をしておったであろう死体。ベッドでくつろいでいる死体。一家で食卓を囲む死体。まるで魔法で突然眠らされてしまったかのような死体たちは、その夜の人々の営みをそのまま残しておった。」


あまりにも生々しい事件の詳細に、俺たちの表情は曇る。


大量の人が死んだ怪事件だ、とはよく聞かされてきたが、それを実際に見たジジイの話を聞いているとその不気味さが直に伝わってくる。


話を聞く限りでは目立った手掛かりもなさそうで、本当に何者かが魔法を掛けてしまったのではないか、とすら思ってしまう。


「ワシらは何かしらの手掛かりを得るべく奔走した。じゃが走れど走れど、あるのは死体と静寂だけだった。そして結局、何も得る物なく調査は終わってしまったんじゃ。」


「そんなワシらにできることは、人々の死後の幸福を祈り続けることと、この事件を語り継ぐこと。その二つだけじゃった。」


「なるほどな。それで祈られる夜(ウィッシュド・ナイト)ってわけか。」


「そういうことじゃ。」


大量の死体を見せられるだけ見せられ、その時出来たことは祈りを捧げることだけ。そしてその事件を現在まで語り継いでいる。なんとも無念な話だ。


……このジジイも苦労してんだな。


「事件の詳細はこんなもんじゃが、問題はその事件による影響じゃ。浄界と魔界を繋ぐ物流の要衝が一夜で機能しなくなったんじゃ。もちろん両界とも大パニックよ。両界の商工業者は軒並み大打撃を受け、大量の破産者や失業者が生まれた。そして人々の生活は困窮していったんじゃ。」


「ま、この騒動で得をしたのは花屋と石材屋位なもんじゃな。」


献花と墓石、か。どこまでも救われない話だな。


「そしてメルト、お前のような孤児たちが大量に出ることになったんじゃ。」


「……らしいな。」


そう、祈られる夜(ウィッシュド・ナイト)により生まれた孤児の一人、それが俺らしい。


自分のことなのになぜこんなに他人事なのかと言うと、俺にはギルドに入る前の記憶がないのだ。シャル姉があったかく迎えてくれて、暫くしてスピカが入ってきて……とギルドに入った後の出来事は割と覚えているので、不思議なものだ。


祈られる夜(ウィッシュド・ナイト)による激しいショックが原因だったのか、と考えることはある。だがギルドに入る前の俺なんてのは、6歳にも満たないような幼子だったわけで、記憶がないのはあまり変なことではないようにも思える。


まあどちらにせよ、そんな昔の記憶が無かったところで特に困ることもないため、俺はあまり気にしていない。


「今も昔も、その年ほど孤児を受け入れたことはなかったわい。あまりに一気に受け入れたもんじゃから、ギルドの運営も怪しくなるほどじゃったなあ。」


「ジジイには感謝してるよ。」


俺はおそらく、このギルドに拾われなければとうに野垂れ死んでいただろう。だから、俺はこのジジイがどんな人間であろうと感謝を忘れることはない。


他の四人も、大なり小なりそういう事情を抱えているから、なんだかんだジジイには感謝していることだろう。


「気にするでない。……それで、そんな状況だったんじゃ。当然どの街の治安も悪化していき、ワシらはその対応にてんてこ舞いじゃった。」


「そんな時に出てきたのがガルムザークじゃ。ヤツはその混乱に乗じて、浄界と魔界を繋ぐ橋をすべて破壊してしまったんじゃ。そしておそらく、その直後に都市群の跡地を拠点にしたと思われておる。」


ガルムザーク、想像以上のとんでもねえ奴だな。まさか浄界と魔界が分断された直接の要因を作ったやつとは。てっきり強めのチンピラみたいなやつだと思っていた。


この旅、気を引き締めてかからないとまずそうだな。


「そこからはお前たちも知っての通り、両界が完全に分かたれた暮らしが始まった。じゃが長年相互に関わりあってきたんじゃ。片割れを失った状態での復興はそう上手くいかんかった。」


「人々の生活の質の低下、貧富の差の拡大、治安の悪化。これらは結局、現在まで改善されておらん。ワシらギルドが尽力しても食い止めるのが精一杯よ。浄界ですらこんな有様なんじゃ。魔界はより過酷な状況になっとるじゃろうな。」


「このままいけば恐らく、浄界も魔界も共倒れになってしまう。そこでお前たちの出番というわけじゃ。」


「なるほど……そういう話だったのね。」


浄界と魔界の命運は俺たちに託されてるってわけか。


この旅、絶対に成功させるしかないな。そして成功した暁には……ふへへへ、酒池肉林パーティの開催だ。


そんな期待と股間を膨らませる俺を尻目に、スピカが最後の疑問を投げかける。


「で、なんで私たちが選ばれたわけ?」


そういえばそうだ。カインはともかく、他の四人が選ばれた理由は何だったのだろうか。


「強くて相性が良いから。以上じゃ!」


これ以上ないシンプルな理由。まあそれしかないよな。


恐らく、半年に一度ギルド内で行われる定例試験の成績や、普段の任務の成果等を加味して決められたのだろう。


俺に関して言えば、理由はもう一つ思い当たる。


ジジイは昔から俺のことをやたら評価しているのだ。”お前の聖具のポテンシャルは凄まじい。それは世のため人のために使われるべきじゃ。”とか言って。


あれ?もしかして俺じゃなくて聖具が評価されてるだけか?


ま、深く考えても損だな。


「つーわけで、ここまでが今回の旅の大体の概要じゃ!……心配なのはエマじゃな。エマ!分かったか!」


話題が二転三転したとはいえ、ジジイの話は簡潔で分かりやすいものだった。


それに、エマだってギルドに入って長い。任務等で人の話を聞く機会も多いのだ。この程度の話を把握するのなんざ朝飯前に決まっている。


ジジイよ、うちのエマを舐めてもらっちゃ困る。


「分かりません!!」


うん!いい返事だ!

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