第二十八話 笑ってほしい
「そこからも早くって、僕らは18の時には結婚をしました。」
「18ぃ!?今の俺より若いじゃないか!」
何と言うスピード感。じゃあもう結婚7年目ということか。
「彼女以外はありえないと思っていましたから。……それと、僕が装飾品屋を開くタイミングに合わせようと思ったんです。」
「装飾品屋?」
「はい。実家を出て自分の店を持ちたくなったんです。それが今の何でも屋の原型になってますね。」
「はぁー。最初っから何でも売ろうとしてたわけじゃないんだ。」
まあそうか。最初から何でも屋を開こうと思う奴なんていないよな。
「それでそのお店が泣かず飛ばずだったって訳だね?」
「はい、そうなんです。もう全く儲からなくて……。人脈もないまま始めちゃったものですから、いい商品を並べることが出来なかったんです。……それまでの人生は、割とノリで何とかなって来たんですけどねえ。初めての挫折でした。」
そりゃあその顔があれば何でもうまくいっただろうな。ちょっとムカつく。
「そこからはずっと借金に追われる生活でした。僕は勿論、妻にも他所で沢山働いてもらって、稼いだお金のほとんどを借金の返済に充てる生活だったんです。」
見切り発車の弊害を受けまくったって訳だな。
「そんな生活を4年間続けて流石に少しキツく感じてきた頃、僕たちに転機が訪れました。先ほども言ったように、知り合いが良い立地の建物を格安で貸してくれると申し出てくれたんです。」
ああ、ここから経営がどんどん良くなっていくって話だったよな。
「でも、その人はなんで急にそんな申し出をしたんだ?」
「……それが、あんまりよく分かってないんです。その人とはたまに飲みに行く仲ではあったんですけど、別にその申し出の付近で僕が何かしてあげたとかでもないですし……。」
「なるほど……。」
マルスの件と言い、何か不可解なんだよな。運が良かったと言えばそれだけの話なんだが、それにしても都合がよすぎる気がする。
「まあそれで、その建物を借りてからは躍進続きですよ。客足は増えるし、有名な職人さんに店の看板は作ってもらえるし、装飾品に関する商談もいっぱい舞い込んでくるしで、店の勢いはどんどん増していきました。……そして極めつけが、マルスですよ。」
「そこのタイミングだったんだな。マルスを置けるようになったのは。」
「はい。そこからはもう何でもありですよ。農家やら牧場主やら色んな職種の方々から商談が舞い込みまくって……気づけばこんなことになっていたんです。」
たったの3年で売れない装飾品屋が、大儲けの何でも屋になったって言うのか。
……流石におかしくないか。4年間の努力が報われた、というので納めて良いレベルの幸運じゃない気がする。
「そして妻は笑わなくなった。皆さん、僕はお金を持つようになって、変わってしまったんでしょうか……。」
彼は遠い目をしながらそう呟く。
「以前の貴方を知らないから分からないけど、少なくとも今の貴方は嫌なお金持ちって感じではないわね。」
シャル姉の言うとおり、彼から悪い印象は感じない。
別に金持ち自慢をするわけでも、他人を見下す訳でもないしな。
……なんかシャンパンタワーとか言ってた気もするが、あれも咄嗟に言っただけで本当にいつもやりまくってるわけじゃないだろうし。
「そう言っていただけると気持ちが楽になります。はあ……。でも正直、僕はあの頃に戻りたいなあ。」
「あの頃って?」
「借金をしていた頃です。……今思えば、あの頃が一番幸せだった。お金は無かったけど、いつでも笑顔があったから。」
「今と比べればとても狭い家だったけど、二人でいるだけで楽しかった。二人で笑いあえるだけで僕は十分だった。……ははっ、妻に働かせといて何言ってんだって話ですよね。」
「いやいや!ブライトさんの気持ち、私とっても分かりますよ!!好きな人が笑ってると、こっちの心までパァーって光るんですよね!!」
エマは目をキラキラさせながら語る。
……誰のことを言ってるんだろうか。普通にみんなの事かな。
「……それが見られないなんて辛いに決まってます。戻りたくなるのだって、仕方ないですよ。」
「エマさん……!そうです、僕はやっぱり笑ってる彼女が好きだ。お金なんて要らないから、また僕に笑いかけてほしいんです。……まあ、こんな事彼女の前では言えませんけどね。」
「な、なんでですか!?笑ってほしいなら、そう言えばいいんですよ!」
「だってそれじゃあ、今の彼女のことは好きじゃないって言ってるみたいになるじゃないですか。多分、彼女が笑わないのには彼女なりの考えや事情があるんでしょう。それを無視して僕の考えを押し付けるなんて、出来ないですよ……。」
難しい問題だな。彼女にどんな事情があるか分からない以上、不用意に突っ込むこともし辛い。
やはり俺たちがこっそり本人から聞くのが良いか……?それは首を突っ込みすぎか……?
エマにとってもそこは難しかったようで、彼女は頭を抱えながら唸る。
「うーーーん!!恋って難しいですね……。考えてもよく分かんないです……。」
彼女は暫くそうしていたが、何かをひらめいたようで手をポンと叩く。
「あ!そうだ!!とりあえず今夜はいっぱい飲んで忘れましょう!!こうやって!!」
まあ、やっぱりそれが良いよな。一旦難しいことは何も考えずに、酒で洗い流す。
そしてストレスを消してまっさらな頭でまた考える。時にはそういう方法のがいい時も……って!!
「バカっ!エマ!!それはシャル姉のワインだ!!」
「待って!エマちゃん!!」
彼女が一気に仰いでいたのは、シャル姉のグラスだった。
くそっ!!グラスの形が似てたから間違えちまったのか!!
「…………ぷへぇ~。」
俺たちの制止は一足遅く、彼女はワインを全て飲み干してしまった。
「…………!!うぷっ……」
彼女は一瞬ギョッとしたような顔をした後、机に突っ伏した。
「う……うう…………。」
「だ、大丈夫か?エマ?」
そのまま場に一時の沈黙が訪れる。
そこから少しして、彼女はゆっくりと状態を起こし始めた。
「……るいやつは……します。」
彼女は何かを呟きながら体を起こしている。
「な、なんだって?」
体勢を戻した彼女は、鋭い目つきで俺を睨みつける。
「な、なんだよ?やっぱり気分が悪いの……」
「わるいやつはぁ~!!こうそくしまぁ~す!!!」
「はああああ!?」
ヤバい!!エマが酔っ払った!!




