第二十七話 対等な友人
「妻が全く笑ってくれないことです。……彼女は、ある時を境に笑わなくなっていったんです。」
「やっぱりそのことよね。……昔は違ったのね。」
「はい。彼女が笑わなくなっていったのは、僕のお店の経営が上向きになって行ったころからなんです。……元からおとなしめの人ではあったんですが、あんなに感情を出さないことはありませんでした。」
なるほど。まあ何かしらの相関があるのは確かだろう。
「おっと、お酒が来ましたね。とりあえず乾杯しますか。」
「「「「「「かんぱーい!!」」」」」」
「うーん!美味しいわね!」
「……うめえ。」
「でしょー!?お口に合ったようで何よりです!!」
勢いよく酒を仰ぐ二人に合わせ、俺もとりあえず頼んだビールに口をつける。
「う、うまい。」
「お前思ってねえだろ。」
「……バレた?」
恐らく高級だからだろう。普段飲む奴より濃厚だ。
ビール好きには嬉しいんだろうが、子供舌の俺にとっちゃ飲みづらさが増しただけだ。……次は水にしよ。
「おいしいですー!!」
エマはぶどうのジュースだ。だがお洒落なグラスに入っているからか、すごく大人っぽく見える。……なんか新鮮でいいな。
で、スピカはお茶と。すぐ気持ち悪くなるって言ってたもんな。
それぞれが飲み物を嗜み、空気が落ち着いてきたところで俺は話を戻す。
「ふう、じゃあ話の続きをしよう。経営が上向きになって来た頃からって言ってたけど、それはいつの話?」
「3年前くらいからの話です。知り合いのツテでいい立地に店を構えられるようになった辺りから、客足が増えだしたんですよね。」
「なるほど、割と最近なんだ。じゃあ結構下積みは長かったの?」
「そうですねえ。店を出してから4年くらいは本当に鳴かず飛ばずで。……あの頃は本当に妻に迷惑をかけたなあ。」
「奥さんとは結構長いのね。どれくらいの付き合いなの?」
スピカがそう尋ねる。
「知り合ったのが15歳だったので……ああ、もう十年になりますねえ。」
十年か。かなり長い付き合いなんだな。
だったら彼は、笑わない彼女より笑っている彼女と接していた期間の方が全然長いってことになる。そりゃあショックも大きいわけだ。
「おお!それはそれは。……ちょっと馴れ初め聞かせてよ~。」
スピカはニヤけながら言う。
こいつそういうの好きだもんなあ。
……と思いつつも俺も気になる。
あんな美男美女が一緒にいるなんて奇跡に近いことだ。気になるのは人の性だろう。
彼は恥ずかしそうにしながらも話し始めた。
「大した話じゃないですよー?……ある日、僕は実家の装飾品屋で店番をしていたんです。そしたら突然、彼女が店に現れた。そして彼女の顔を見た瞬間、僕は雷に打たれたような衝撃を感じたんですよ。」
「なるほどねえ。一目惚れってやつね。」
「いや、違うんです!……何でしょう、一目惚れとは別種の衝撃を覚えたんです。”自分と対等な人に出会えた”という風な衝撃です。そして強い安心感も感じました。”僕は孤高の存在じゃなかったんだ”という安心感です。」
「……ごめん、どういうこと?」
「自分で言うのも何ですけど、僕は昔から常軌を逸した美男子でした。だから、異性はすぐに僕に魅了されてしまったんです。それに同性の人にも、いつも畏れという名の壁を作られてしまっていました。」
「だから僕はずっと、人と深く関わることが出来なかった。誰と話していても、薄っすらと僕の方が上になってしまうんです。そう、誰も僕を一人の”人間”として見てくれなかった。”絶世の美男子”として見るだけで、それ以上深く知ろうとしてくれなかった。……僕はずっと孤独を感じながら生きていたんです。」
「容姿が良すぎるのも考え物なのね……。」
何だか途方もない悩みだ。でも、彼がそれに苦しめられてきたというのは理解できる。
確かに俺も、彼を”ブライトという男”としてではなく、”超絶イケメンな男”として見ている節はある。彼が何をしている時も、どうしても”イケメン”が先行してしまうところがある。
仕事柄色んな人と関わる俺ですらそうなるのだ、普通の人なら尚更なんだろうな。
「そうなんです。だから僕は、彼女の容姿に強い衝撃と安心感を覚えた。そして、彼女も同じように感じたんでしょう。彼女は僕の方を見た瞬間、目を見開いて暫く唖然としていましたから。」
「そこからはトントン拍子ですよ。僕らはすぐに仲良くなりました。お互い人生で初めての、対等な友人として。」
「そりゃそうもなるわよねえ。……ん?ちょっと待って。なんであなた達は対等になれたの?お互いがお互いの容姿に魅了されちゃうだけの話じゃないの?」
確かにそうだ。
別に自分の容姿が優れているからと言って、他人の容姿の評価基準が変わることは無いはずだよな。
「いやいや!ちょっと考えてみてくださいよ!僕は毎朝鏡でこの顔を見てるんですよ!!ちょっとやそっとじゃ心は動きませんよ!!」
彼は自分の顔を指さしながら言った。
……それは盲点だった。なるほど、毎朝の日課を通して自然と美貌耐性を得ていたのか。
「……彼女とカフェでお喋りをする時間。それは何よりも幸せでした。最近あったことを僕が一方的に話して、彼女はそれをただ微笑みながら聞いてくれる。……僕らはそんな時間を繰り返しながら、お互いの胸の穴を埋めていったんです。」
「へー、中々素敵な話じゃない。」
「ありがとうございます。まあ、そんなこんなでお互いの穴が埋まり切った時、やっぱり僕らは友人のままじゃいられなくなりました。」
「僕は彼女の、包み込むような優しさの虜になってしまったんです。それでずっと傍に居てほしくなって……必死に思いを伝えました。すると彼女は、笑いながら僕の手を取ってくれたんです。……そうして僕らは恋人になりました。」
「ヒューヒュー!いよっ!!おめでとさんっ!!」
……楽しそうだな、こいつ。




