第二十六話 笑わない美女
「ようこそおいでくださいました。」
生気のない声で俺たちを出迎えたのは、仮面のような表情をした一人の美しい女性だった。
……とてつもない美人だ。均整の取れた目鼻立ちに、吸い込まれるような黒い長髪。絵画から出てきたとしか思えないほど完璧で、非の打ち所がない。
ヤバい、油断していると俺の中の何かが破壊されそうだ。
彼女は氷のような冷たい瞳で俺たちを真っ直ぐ見据えていた。
目に光はほとんどない。だが、虚ろという訳でもない。何か底知れなさを感じさせる瞳だ。
「こ、怖いですー。」
その視線に負けたエマが思わず声を漏らす。
「お、おいエマ!!」
気持ちは分かるが、初対面の人間にそれは良くないだろ。
「すみません。怖がらせるつもりはなかったのですが。」
「いえいえ!こちらこそ失礼を!ほら謝れ、エマ!」
「ごめんなさい……。」
「いやいや、良いんです良いんです!何も話してなかった僕が悪いんですから!!……申し遅れました!僕はブライト。こちらが妻のシルヴィアになります。」
「よろしくお願いします。」
なるほど、この人が彼の言っていた妻か。
それにしてもすごいな。こんなにイケメンな彼と並べてみても、彼女は一切見劣りしない。これぞお似合いといったところだな。
「俺はメルト。よろしく頼むよ。」
俺たちも挨拶を済ませ、部屋の椅子に座って一息つく。
「じゃー早速、悩みってのを聞かせてもらおうか。」
カインはすぐに本題に向かおうとする。
だがブライトは、少し気まずそうにしながら言った。
「悩みは晩にしましょう。今はちょっと……。」
そうか、妻へのストレスがどうとか言ってたな。本人を目の前にしては話しづらいか。
「な、何か違う話をしませんか!?僕らに聞きたいこととかありません?」
聞きたいことか。大きなのが二つあるが、やっぱり気になるのは……
「お仕事は何してるんですかー?この家もすっごい大きいですよねー!?」
やっぱりそれだよな。
真昼間から街の中心であんな奇行を繰り広げていた若者がなぜこんな豪邸に住めているのか、そこは真っ先に知りたいところだ。
やはり並外れた容姿が関わっているのだろうか。
「今は……”なんでも屋”の経営をやってますね。」
「なんでも屋、ですかー?」
「はい。野菜や肉に、服やアクセサリー、紙にペンにおもちゃまで。お客さんが欲しいものはなんでも売ってあるお店。それがなんでも屋です。」
なんでも売っているお店だと……!?そんなものが成り立つのか!?
そりゃあ誰もが考えることはあるだろう。何でも売っているお店があれば超儲かるんじゃないか、と。
だがそれは大きな罠なのだ。そんなに手広く商品を展開してしまえば、一つ一つの商品の質はおざなりになる。結果出来上がるのは何もかもが中途半端な店だ。
開店当初は、多少は物珍しさで客が来るだろう。だが客はすぐに気づくのだ。”これ、肉屋とか服屋で買った方がよくね?”と。
「そのお店、儲けは出るの?」
出ているからここに住んでいるのは分かっているが、どうしても聞きたくなってしまう。
「はい。ぶっちゃけ、大儲けです。」
彼は頭を掻きながらそう答えた。
「……うちのお店がこんなに儲かるのは、やっぱりマルスの商品群を安く提供しているからでしょうね。」
「ええ!?マルスも取り扱ってるの!?しかも安く買えるの!?」
うわ出た、マルスだ。
有名なラグジュアリーブランドとかいう奴だな。
スピカがいつも言ってる内容からしてアクセサリーやバッグを中心に販売してるっぽいが、なんの興味もない。
虚像だろ、あんなの。とか言いたいが彼女にシバかれるから言えない。
いや、彼女にだけじゃないな。世の女性たちに袋叩きにされるだろう。それは女性から絶大な支持を受けているみたいだからな。
ギルドのおっさんも良く言ってた。”女にはマルスをあげとけば何とかなる。”って。
「はい、多くの品物を取り扱っています。そして新作の販売もいち早く行ってます。」
「そんなの最強じゃない!じゃあ新作のイヤリングも……?」
「2週間前には取り扱っていました。」
「そんな!?……ちなみに、どのくらい安く買えるのか聞かせてもらっても?」
「定価より20%低いお値段で提供しています。」
「20パーセントぉ!?」
20%……!
これが破格なことくらいは俺でも分かる。
高い定価から20%も引かれるのだ、客が殺到するのも納得だな。
「なんであなたのお店はそんなにマルスに優遇されてるの!?」
「それは……創業者のお孫さんの財布を拾ったからです。」
「……え?」
「そのままの意味です。ある日道で財布を拾ったので、町の役所に届けたんです。そしたらそれがお孫さんのものだったみたいで、どうしてもお礼がしたいと言われて一緒にご飯に行ったんです。」
「そしたらそこで意気投合しちゃって、君の店にうちの商品を置かせてあげるよ、と言われまして……そのまま今に至るといった感じですね。」
「す、すごいエピソードね……。」
何だその夢みたいな話。そんな話がこの世に存在して良いのか。
「ははっ、自分で言ってても笑っちゃいますよ。こんなに都合のいい話、この世界のどこを探してもそうないでしょうからね。……いやー、本当に突然だったよな、シルヴィア?」
「はい。彼には感謝しないといけませんね。」
「ところで、私は奥さんのお話も聞きたいわ。普段何をしてるのかとか、聞かせてもらっても?」
シャル姉がそう彼女に問いかける。
うん、そっちも気になっていたんだ。ミステリアスな彼女のことを知りたい。
……どうしよう、彼女も外でダル絡みをしてるとかだったら。
「本当につまらないことしかしてないですよ。それでも大丈夫ですか。」
「いいのいいの!私は貴方のことを知りたいんだから!」
「そうですか。普段は本を読んだり、裁縫をしたりしています。」
「へえー、あまり外には出ないタイプ?」
「はい。家が落ち着きますから。」
「分かるわ。やっぱ家が良いわよねえー。それで、本はどんなジャンルを読むの?」
「ファンタジーから文学的なものまで、なんでもですね。」
「はぁー。手広いのね!そしたら、裁縫はどんなものを?」
「マフラーとか帽子とかを良く作ります。」
「……やっぱり、彼にプレゼントするの?」
「はい。いつもとっても喜んでくれるので、嬉しいです。」
……本当にそう思ってるのか?
さっきからずっと思っていたが、彼女の声には抑揚が無さすぎる。
終始、何かしらの台本を読まされているような喋り方だ。
それに表情も全く変わらず、眉一つ動かない。
正直、彼女が何を考えているのかが全く分からない。
ブライトが感情豊かだからか、彼女の様子はより異質に感じてしまう。
「そう……。素敵ね。」
「いえいえ。」
「…………。」
壁打ちに近い彼女との会話に、流石のシャル姉も話が弾まない様子だ。
やはり意思疎通の難しい相手とのコミュニケーションは中々スムーズにいかないものか。
「ぼ、僕は普段シャンパンタワーをやっています!!」
それがフォローのつもりか。
感じが悪すぎるだろ。まだ黙ってた方がマシだ。
「そう……。」
そら話も広がりませんわ。
***
「この店の酒は全て超一級品なんですよ!みなさん、期待しててください!」
「それは楽しみねえ。」
「俺は酒にゃうるせえぞー。」
あれからも俺たちは暫く談笑を重ねた。
シルヴィアさんが常に放っているオーラに気圧されながらも楽しく話していると、あっと言う間に時間は過ぎた。
そして夜飯時になったので、俺たちはブライト一押しの酒場に来ている。……楽しみなんだが、酒場かあ。
「ちなみに、ご飯もおいしいですかー!?」
そうなんだよ。
俺たちにとって重要なのは飯の美味さなんだ。
俺やスピカやエマといったキッズ組は、あまり酒が飲めない。
一気にがぶ飲みでもしようもんなら、すぐにゲロゲロパーティだ。
こっちの気分が悪くなるので済めばまだいい方で、悪酔いなんてした日にはみんな手が付けられなくなってしまう。
エマは特にヤバい。前ギルドのおじさん達が悪ノリで酒を飲ませたことがあったらしいのだが、その場の全員が惨殺されそうになったそうだ。
その時は場に居合わせていたジジイが何とか鎮圧したらしいが、それもかなり前の話だ。
彼女は成長を続けている。様々な刺激を受けすくすくと育っている最中である。
今の彼女が暴れたらとんでもないことになってしまう。細心の注意を払っておかねば。
「もちろんです!ご飯も超一級品ですから!」
ひとまず安心だな。それなら俺たちも楽しめそうだ。
「じゃあそろそろ、悩みを聞かせてもらおうかしら。」
満を持してシャル姉がそう尋ねると、彼は悲しそうな顔をしながら答える。
「妻が全く笑ってくれないことです。……彼女は、ある時を境に笑わなくなっていったんです。」




