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第二十話 悲しみの向こう側

「でも私が伝えたいのはそんなことじゃなくて、その先の話なの!」


「その先の話?」


「うん。辛い過去を抱えてギルドに来た、後の話。」


「……私、最初は本当に酷かったんだ。笑っちゃうくらいに。不安と恐怖で一杯の頭で、虚ろな目をして暮らしてた。周りの人も信用できなくて、大好きだった楽器も弾けなくなって。壊れそうな心を復讐心だけでつなぎとめてた。」


「村ごと滅ぼされちまったんだ。そりゃあそうもなるよな。」


「ええ。だけど、そんな私をギルドの人たちは放っておかなかった。みんないつでも私を気遣ってくれて、動悸が酷くなったり、取り乱したりしちゃった時は落ち着けるように手を尽くしてくれた。すぐにギルドに馴染めるように、沢山話しかけてもくれたわ。」


「恵まれてたんだな、アンタは。」


「そうね。いい人ばかりだった。……特にメルトとシャル姉って人には、最初から世話になりっぱなしよ。」


「へー。なんだってその二人なんだ?」


「メルトはね、とにかく私に関わろうとしてきた。”俺も最近ギルドにはいったんだよ!”とか言ってね。私が何度拒絶しても、次の日にはケロッとして話しかけてきた。……普通は嫌いになるかもしれないけど、私はそれが心地よかった。彼は私を独りにしないでいてくれたの。」


「はーっ、そんなもんかね。で、もう一人の方は?」


「シャル姉は逆に、後ろからゆっくりと見守ってくれた。いつも私を見ててくれて、欲しい時に欲しいことをしてくれた。優しい言葉をかけてくれたり、一緒に悲しんでくれたりね。それがどれだけ私の支えになったことか。……彼女は今でも私のよき理解者で、大好きなお姉さんよ。」


「そうか。良いじゃねえか。」


「うん。二人が居なければ今の私は無いわ。……そんな人たちと愉快に暮らしているうちに、私の心は少しずつ癒えていった。それに、新しい希望も出来たの。」


「新しい希望?」


「そう。ギルドマスターが教えてくれた、この地に伝わる伝承が私の希望になった。この地にはどんな望みも叶えることが出来る”天空龍の宝玉(ドラゴニック・オーブ)”が眠っている、という伝承がね。」


「なるほど。じゃあそれを見つければ……」


「ええ。それでお父さんとお母さんを蘇らせることが出来る。……ちなみに、もしかして知ってたりしないわよね?」


「聞いたこともなかった。……すまん。」


「あはは、いいのいいの。最近はあんまり積極的に探してないから。……本当に存在してるのかもわかんないしね。」


「そうなのか……。でも、それを()()()()()()()()()()()()()ってことは、乗り越えられたんだな。あんたは。」


「うん。全部、みんなのおかげ。……まあ、未だに時々思い出しちゃうこともあるんだけどね。村の人たちの絶叫とか、血がべっとり付いたオルガンとか、私を逃がすために行っちゃったお父さんとか。」


「そりゃ、忘れらんねえよな……。」


「だけど大丈夫。頭の中が怖いので一杯になっちゃった時は、顔を上げて周りを見ればいいの。そしたら、いつもの仲間が笑ってるから。」


「ほう。でもそういうのって、夜に一人の時とかに来るもんじゃねえか?」


「そうね。けどそれも大丈夫。一人、部屋でどうしようもなく寂しくなった時は隣に行けばいいの。……隣の部屋には、いつでもアイツがいるから。」


「アイツ?」


「ああっ、メルトの事ね。さっき話してた奴。」


「……あんた、そいつにゾッコンなんだな。」


「は!?そ、そういう訳じゃないわよ!全く、ガキは何でも色恋に絡めようとするんだから!」


「いやいや、今までの流れでそれは無理だろー。ははっ、クソ焦っちゃってさあ。可愛いとこあんじゃん。」


「お、大人をからかうんじゃない!叩くわよ!!」


「おいおい、叩くって言っといてグーを振りかざす奴がいるかよ。せめてパーだろ。」


「だって……!ゴホン、失礼。」


「おっ!良く堪えた!偉いぞ、恋する乙女!!」


くううう!!超ウザい!!社会が許すならコイツに思い切り叩き込んでやりたい!!


でも我慢。私は大人。落ち着いて彼に伝えたいことを伝えるのよ。


「はいはい。でさ、私が伝えたいのはそういうこと。全てを絶望に支配されてた私でも、今は楽しく生きられてるってことを伝えたかったの。」


「……月並みな言い方になっちゃうけど、止まない雨はないと思う。この世の中は辛い事ばかりだけど、辛い事だけじゃない。奪う人だけじゃなくて、与えてくれる人も沢山いる。だからさ、アンタも私みたいに……」


「はっ、あんたは幸福自慢がしたかっただけだろ。」


「そう……。そうよね……。」


そう思われて然るべきだ。


今の私は、満たされていない人間に対して、いかに自分が満たされているかを伝えていただけ。


それなのに私は、良いことをしている気分にすらなっていた。


そもそも当時の私にすら”私は未来のあなた。あなたはこれから幸せになれるよ。”なんて伝えても信じてもらえないだろう。赤の他人の言葉なんて、なおのこと信じてもらえるはずがない。


はあ、何をやっているんだろうな。私は。


「……って言いきっちまえるほど俺は腐ってねえ。あんたの気持ちは良く伝わってきたよ。話してくれてありがとう。」


「えっ!?」


私の気持ちが伝わった!?本当に!?


「あんたの話を聞いてる時、俺の頭にはスラムの仲間の顔が浮かんできた。ま、仲間っつーか家族か。」


家族。やっぱり私たちと彼は似ている。


「家族がいるのね。」


「ああ。……やっぱスラムにもさ、どうしても要領の悪い奴とか、臆病な奴とかがいるんだよ。あとは幼すぎるガキとかな。そいつらはスラムではゴミ同然だ。自分で稼ぐ力のねえ奴は、他人の食い物にされてそのまま死ぬ。」


「だけどそんなのはおかしい。人間の価値ってのはお金を稼ぐ力だけで決まるわけじゃねえと思うんだ。稼げねえ奴らの中にも、いい奴は沢山いる。だから俺らはそういう奴らに食い物とかをあげてる。家族としてな。」


「俺ら?」


「おう。俺のほかに二人稼ぎ頭がいるんだ。……自分で言うのも何だけど、俺はみんなのまとめ役みたいなもんでさ、稼ぐ能力で言ったらその二人には遠く及ばねえな。」


「そうなの!?」


ギルドで鍛えられている私ですら聖具なしでは捕まえられなかったほど、彼のスリは洗練されていた。


それ以上が二人もいるというのか。


「ああ。泥棒が上手いやつと物乞いが上手い奴の二人だな。」


「物乞いが上手い?」


泥棒は分かるが、物乞いに上手い下手もあるのか?


「そうだ。そいつは人の心に入り込むのが抜群に上手い。アンタもコロッと落とされちまうんじゃないかな。」


「またまたあ。」


私はガキにたぶらかされるほどチョロくないぞ。


「会ってみればわかるって!ま、そんな感じで俺にも家族がいるわけ。」


「スラムはさ、胸糞悪い事ばっかだ。だけどあいつらといるときは違う。あいつらが喜んでたり楽しそうにしてたりすると、こっちまで嬉しくなるし楽しくなる。夜通しバカ話とかスラムを抜けたらの話とかすんのもすげー楽しいんだよ。……その先にあんのが()()なんだって、あんたは言いてえんだろ?」


「うん。そうよ……。」


よかった。しっかり伝わっているじゃないか。


私たちとはやり方が違うだけで、彼らは彼らなりの正義をもって逞しく生きている。そんな彼らが幸せになれないはずがない。


「はーあ。金は稼げなかったけど、すげえ意味があった気がするよ。あんたと出会えてよかった。」


「私もよ……ってそうだ!!晩ご飯探さなきゃじゃん!!」


話に夢中ですっかり忘れていた。


私には重大な任務が課せられていたんだった。まずい、かなり時間がないぞ。


「ねえアンタ!なんかおすすめのお店ない!?」


「なんだよ急に。おすすめの店?」


「そう!美味しいお店を探すために私はここに来たの!」


「……そういう話か。一コあるぜ。昔家族でよく行ってた店がこの近くにある。」


「そう……。あ!じゃあそこ一緒に行かない!?ご馳走するわよ!」


「え?い、いいのか?」


「いいわよ!スリから始まるのも変だけど、これも何かの縁よ。遠慮はいらないわ。」


「ありがとう。……あと図々しいんだけど、一つ頼んでいいか?」


「何?」


「さっき言ってた稼ぎ頭の二人も連れて来たい。いつも頑張ってくれてるからさ。」


「いいわいいわ!連れて来なさい!!」


「マジかよ!恩に着るぜ!」


「じゃあ、待ち合わせはここら辺にしましょ。すぐにみんなを連れて来るから、適当に待ってて!」


「分かった。待ってる!」


***


「何よ……!これは……!」


馬車を走らせ全速力でメルトの元に戻った私は、信じがたい光景を目にする。


……メルトが寝ている。エマとシャル姉に挟まれて。それも気持ちよさそうに。


「むにゃむにゃ……。えー、もうこれ以上揉めないよー。え?バストサイズを上げたい?しゃーねーなー。お前をいい女にするためだ。人肌脱いでやるよ。あん?一皮剥いてほしい?またまたー。エッチなんだからさあー。」


気持ちわりい寝言だなおい。


「……なんで私が苦労してたのに、アンタが寝てんのよおおおお!!!」


私は彼のキモい寝顔に、勢いよくグーを叩きつけた。

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