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第二話 旅立ちの微熱 ~一問一答クイズ~

「メルト!カイン!エマ!ちょっと話があるの!」


カインの言葉を遮る突然の呼びかけに、俺たちは声の主の方向を探る。


「あ!シャル姉!」


真っ先に気づいたのはエマだ。


彼女の視線に追従すると、そこには綺麗な羽の髪飾りを付け眩しい金髪を携えた、柔らかな日差しのような雰囲気を纏う女性が立っていた。……うん、シャル姉だ。


シャル姉こと、シャルロッテ・ベルギッドは俺たちの姉さんみたいな存在だ。


俺たちの誰よりも早くギルドに所属していて、右も左も分からなかったガキの俺にも、優しくギルドのルールや心得とかを教えてくれた。


エマは気づいたとたん、勢いよく彼女に抱き着きにいった。


「あらあら。任務に行っていたんでしょう、ご苦労様。みんな、怪我はない?」


シャル姉はエマを優しく抱擁しながら言った。

ああ、愛でるってこういうことを言うんだろうなあ。


「うん!大丈夫だよー。メルトさんが、パパっと捕まえちゃった!」


「そうなんだよ。結局、俺一人で全然余裕だった。で、話って何なの?シャル姉。」


「流石ね、メルト。それで、話のことなんだけど、正直私も分からないの。朝、私の部屋にギルさんが来て、あなた達とスピカをワシの部屋に連れてこいとだけ言われて……。それで、あなた達の任務が終わるのを待ってたの。」


「え?ジジイが?」


ギルさん。俺たちのギルドの長、ギル・ドーマスのことだ。理知的で威厳のある出で立ちをしているからすごそうな人に見えるが、中身はただのしょーもないスケベジジイだ。


……まあ、本当にすごい人なのかもしれないが、俺にはとてもそうは見えない。だからジジイという名で呼ぶことにしている。


「ええ。すごく改まった感じだったから、どうでもいいことじゃなさそうなんだけど……」


「うーん、一体何なんだろう。」


ジジイはフットワークが軽く、酒場を中心にギルド内の色んな所に出没する。そのためよく会話することはあるのだが、今のようにわざわざ部屋に人を呼びつけるようなことはめったにない。


しかもそれが5人同時だ。ジジイは何を企んでいるんだろうか。


「はーーっ。なんで俺たちが一斉に呼び出されんだよー。おいエマぁ、何か知ってるかー?」


「全然わかんないです!えーっと、あなたのリストラとかじゃないんですかー?」


「なんで俺がリストラされるんだよ!そもそも、それは俺たち5人が呼ばれる理由にならねえじゃねえか!」


「そりゃあ、送別会もギルじいの部屋でやるんでしょう。そしてそれが終わればおさらばですー。悲しいですねー。」


「おさらばですー、じゃねえんだよ!悲しいとも思ってねえだろ!だから、なんで俺がリストラなんだよ!」


「それはもちろん、カインがポンコツだからに決まってますよー。」


「あぁん!ポンコツだと!」


「そうです。だってカイン、ギルド内の定例試験の成績、全部私に負けてるじゃないですかー。しかも”聖具なしの”私にですよー!こんなの、ポンコツ以外になんて言えばいいんですかー!?」


「それはしゃーねーだろ!お前、ちいせえくせにやたら強えんだもんよ!でもよ、全部お前に負けてるったって、そりゃ体力とか身体能力みてえな”腕っぷし”方面だけだろ!”アタマ”のほうはどうなんだよ!状況判断の演習とか、筆記のテストとかの成績じゃ、お前は俺の足元にも及ばねえじゃねえか!」


「あーあ、”腕っぷし”は鍛えりゃ強くなるが、”アタマ”の方はどうなのかなー。腕っぷしだけの奴とアタマがいい奴、どっちがポンコツなんだろーなぁ?」


「そ、それは……。うわあああん!シャル姉!カインがいじめてくるよおおお!」


……おいおい、秒殺じゃないか。なんでそんな弱いメンタルでカインに吹っ掛けちまったんだよ。抱き着かれてるシャル姉も流石に困ってるよ。


「よ、よしよし。エマちゃんはポンコツじゃないからねえ。泣かないでねえ。」


「あ、そうだ。スピカの奴にはもう声かけたの?」


二人のわちゃわちゃで完全に忘れていた。もし先に声をかけていたなら、だいぶ待たせていることになってしまう。


「スピカには先に声をかけて、もうギルさんの部屋に行ってもらってるわ。……結構待たせちゃってるわね。怒ってないといいんだけど……。」


怒ってそうだなあ、アイツ……。


「まあ、そういうことなら急ごう。エマ、元気出せって。な?」


「うぅ……。そうですね……待たせちゃうのは悪いですもんね……」


もう十分待たせてるよ、エマちゃん。


***


「もうっ!遅いわよ4人とも!!シャル姉、遅くなるなら事前に言っといてよ!」


案の定、スピカは怒っていた。彼女は真っ赤な髪を逆立たせ、底知れぬ威圧感で部屋の空気を歪ませている。


奥の椅子に座っているジジイは、気まずそうに縮こまっていた。


「悪かったわねえ、スピカ……。」


「おいスピカ、シャル姉は悪くねえんだよ。エマとカインがしょーもない喧嘩をだな……」


「待てよ!なんで俺まで悪い感じになってんだよ!こいつが吹っ掛けてきたんだぜ!」


「カインが私に知ってることはないかって聞いてきたから答えたんじゃないですか!それに噛みついてきたのはカインですよ!」


「はぁ……。なんでもいいわよ……。じゃあジジイ、みんな揃ったことだし、早く要件を言ってちょうだい!ぶっ飛ばすわよ!!」


「スピカよ、怒りをワシにぶつけるのはやめてくれんか……。まあよいわ。ワシがお前たちをここに呼んだ理由、それはお前たちに大きな任務を頼むためじゃ。」


「大きな任務、ですって?」


「ああ。単刀直入に言おう。お前たちには明日から、旅をしてもらう!!」


「「「「「「た、旅!?」」」」」


「そうじゃ、旅じゃ。」


俺はジジイの口から発せられた予想外の任務に面食らっていた。他のみんなも同じ様子で、この部屋に一時の静寂が訪れる。


静寂の中、何とか言葉を咀嚼し飲み込んだ俺の頭は、クエスチョンマークで埋め尽くされた。

俺はそのまま、自らの疑問を解消すべく先陣を切った。


「お、おいジジイ!どういうことなんだよ!旅って、どこに旅するんだよ?なんで俺たちが旅することになってんだ?そもそも、何のために旅なんかするんだよ?俺たち今まで、そんな任務一度もやってないぞ!?」


「そ、そうよ。そもそも私たちは治安維持組織のはず。それがみんなで旅だなんて……。ギルさん、どういうことか説明してもらえますか?」


「まあまあ、そう慌てるでない。うーむ、どこから説明したもんか……。まずは魔界からじゃな。おいスピカよ、魔界がどこにあるか知っておるな?」


「え?私!?えーっと、確か……ここからずっと西に行った先の聖なる川(セイント・リバー)、それを隔てた先だったはずよね?」


「うむ、そうじゃな。お前は座学の内容がよく頭に入っておるようじゃ。それじゃあ次、ワシらの住んで居る場所は何というのか、もちろん答えられるな、カインよ。」


「あー?確か浄界(じょうかい)、だったよな。」


「うむ、その通りじゃ。まあ、そんなことはどうでもいいんじゃが。」


「ふざけんな!じゃあなんで答えさせたんだよ!」


「フォッフォッフォッ、失敬失敬。」


まずい。何やら謎の一問一答タイムが始まってしまったようだ。


俺はガキの頃、座学はいつも寝てるか適当に聞き流すかだった。もちろん、二人が今受けた質問の答えも全く分からなかった。……俺は、簡単な質問が来るのを祈ることしかできない。


「じゃあ、浄界と魔界の違いを答えてみよ!メルトよ!」


ぎくっ!


終わった。全く分からないぞ。

仕方ない、それっぽい答えを何とか……


「えーと、魔界のほうが魔物が強い、とか?」


「全然違うわボケ!……と、言いたいところじゃが、近からずも遠からずといった感じじゃな。お前には珍回答を期待しておったのに……。全く、つまらん男じゃな。」


大外ししないようにした回答が完全に裏目に出てしまった!こんなに言われるなら、思い切りボケ倒した回答をするべきだった。


くそっ!俺は所詮、つまらない男なのか!?


「浄界と魔界の一番の違い、それは植生とそれに伴う生態系じゃ。じゃが、細かいことはどうでもいい。お前たちは、生息する魔物の大きさが異なる、ということだけを覚えておけばよい。」


「大きさだって?」


「ああ、そうじゃ。まず当たり前じゃが、魔物はサイズによって六等級に分類される。それぞれの等級の名称、答えられるな、エマよ。」


「えー?チビ級、おチビ級、おチビチビ級、チビおチビチビ級、おチビチビおチビチビ級……」


「全然違うわボケ!!……ふーっ、スッキリしたわい。メルトよ、これがボケというものじゃ。よーく学んでおけ。」


す、すげえ。おそらくエマは計算抜きの天然で、この訳の分からない回答をはじき出しているのだろう。


……彼女と俺との間には、一体何枚の壁があるというんだ。俺は彼女にいつか、追いつけるのだろうか。


「ということで、おふざけは終わりじゃ。シャルロッテよ、答えを頼むぞ。」


「はい。小さい方から、プチ級、ミニ級、通常級、ラージ級、ギガ級、オウ級の六つです。」


「うむ、完璧じゃ。これらの等級のうち、プチ級から通常級までが我々のおる浄界に生息しておる。そして、通常級からオウ級までが、魔界に生息しておるのだ。……エマやメルトは既にチンプンカンプンじゃろうから、ここからは具体例とともに解説してやる。」


「トカゲの魔物、リザードを例にして説明していくから、よーく聞いておくんじゃぞ。まず、浄界にはプチリザード、ミニリザード、リザードの三等級が生息しており、魔界にはリザード、ラージリザード、ギガリザード、オウ・リザードの四等級が生息しておるんじゃ。」


「そしてそもそも、どのようにそいつらは分類されておるかなんじゃが、それはもちろん大きさじゃ。」


「5センチ~15センチはプチリザード、15.1センチ~30センチはミニリザード、といった感じで魔物ごとの基準に基づいて分けられておるんじゃが、細かい数値なんてワシも覚えとらん。なんとなくで見ればいいんじゃ。あれはプチっぽいな、と思えばプチ。ラージっぽいな、と思えばラージ。そんな感じでよい。」


そんな適当な感じで本当にいいのだろうか。


「基本的に魔物は、生きた年数に比例して体が大きくなってゆく。つまり皆、プチリザードからスタートして、ミニリザード、リザードと名前を変えてゆくわけじゃな。そして浄界の場合はここで打ち止め、リザードより大きくなることはない。」


「じゃが魔界の場合はそうではなく、そこからラージリザード、ギガリザードとさらに成長が続くんじゃ。ここには、魔界の植物に含まれておる栄養素や魔素が関係していると考えられておるが、あまり詳しいことはわかっとらんの。」


というか、いつまで続くんだこの長い話は。


そもそも、俺がこんな話を興味津々に聞けるような人間だったら、座学をまともに受けていただろうし、こんな説明をエマと一緒に丸い目をして受けるようなことにもなっていないだろう。


説明を聞くのが苦手だから理解していないのに、そんな俺に長々と説明をするなんて、このジジイは勉強嫌いの気持ちを何もわかっていないんだろうな。


「おいメルト、お前、もう飽きとるじゃろう。そんなお前にとっておきの話がある、オウ級に関する話じゃ。」


ぎくぎくっ!

バレていたのか。中々食えないジジイだ。……ん?


「オウ級に関する話?」


「そうじゃ。これまで魔物はサイズによって分類される、という話をしておったが、オウ級に関してだけはその限りでない。オウ級は一応、ギガ級と同程度か一回り上くらいの大きさをしているのじゃが、そんなことは些事じゃ。オウ級には他の五等級とは明確に違う、二つの大きな特徴がある。」


「二つの大きな特徴……。」


なんだ、なんなんだ。わざわざ”とっておき”とかいう枕詞をつけていたんだから、俺の食いつきそうなとんでもない情報がここから飛び出してくるんだろう。


だが、俺は魔物の生態だとか習性だとか、そういう学術的な話に全く興味はないぞ。ジジイは俺の度肝を抜くことができるのか?


「二つの特徴のうちの一つ目は、高度な知能じゃ。オウ級の魔物は皆、人語を理解し、巧みに操ることができるのじゃ。」


「な、なんだって!?」


魔物が人語を操るだって!?じゃああの、「キシャアア」とか「ギャアアア」しか言わないリザードが「なあメルト、飯いかね?」とか言ってくるのか!?


音もなくただもにょもにょしているだけのスライムが「初めまして、メルトくん。」とか挨拶してくるって言うのか!?……いや、待てよ。


「おいジジイ、そういえばゴブリンやオークは普通に言語喋ってんじゃねえか!あいつらはみんなオウ級だって言うのか!?」


「それは違う。あいつらは人間に似て、図体や力を犠牲にして社会性や知性を獲得してきた魔物じゃ。ワシが言っておるのは、オウ級であればゴーレムやガーゴイルのような知性のかけらもないような魔物でも、言語を操る高度な知性を持つようになる、という話じゃ。」


「な、なるほど。」


何ということだ。一つ目の情報からすでに、脳天に雷が落ちたような衝撃だ。周りのみんなもさぞかし驚いているに違いな……


なにいいい!?みんなの顔を見てみても、誰も眉一つ動かしていない。エマですら、神妙な面持ちでただジジイの顔を見ているだけだ。


まさか、この情報は一般常識レベルのものなのか?だとしたら、この情報に大はしゃぎする俺はなんなんだ?まるで「自分は馬鹿でーす!」と言って騒いでいるようなものじゃないか。


状況を冷静に飲み込み、俺の顔は火照る。

二度と同じような恥はかかないようにしなければ。二つ目の情報がなんであれ、俺は絶対に驚かないぞ。


固い決意を胸に、俺はジジイの次の言葉を待つ。


「そして二つ目の特徴、それは聖具の資質を持つ、というものじゃ。つまりオウ級の魔物の心臓からは、聖具を生成することができるのじゃ。」


「ぬ、ぬわんだってえええええええ!?」


バカな!そんなことがあり得るのか!?聖具は人間だけの特権じゃなかったのか!?


……って、しまった!!死ぬほど驚いてしまった!!これじゃあ恥の上塗りじゃねえか!!

まずい、このままでは俺がとんでもないクソボケに見られ……


「な、何言ってるの!?そんなの一度も教わったことないわ!!」


第二のクソボケはっけーん♡


スピカちゃん、アンタとアタシはズッ友だよ。クソボケフレンズだよ。


思わぬ助け舟に乗ってやってきたスピカを見て、胸をなでおろしていた俺の視界に、さらに二隻の船が見えてくる。


「おい!そんなこと絶対座学で教わってねえぞ!そんな重大な情報、俺が聞き逃すはずがねえ!どうなってやがんだ!?」


「そうですよ!魔物の身体から聖具が生成できるなんて、聞いたこともありません!……ギルさん、これはどういう事でしょうか?」


勉強熱心なカインとシャル姉までこの情報に驚いている。……つまりここには最初から、クソボケは一人もいなかったんだな、よかった。


「どういう事もくそもあるか。お前たちも知っての通りオウ級は非常に希少で、魔界でもほとんど出会うことはない。ワシですら出会った回数は片手で数えられるほどじゃ。そんな奴らの詳細を、座学をしておったガキの頃のお前たちに教える必要はないじゃろう。」


「ましてや、こんなヒキのある情報をガキのお前らに与えちまったら、そっちの情報にくぎ付けになるに違いないわ。お前らが一番学ばなきゃならんのは浄界の魔物についてなんじゃから、魔界側の魔物の情報なぞ最低限で済ますに決まっておろう。」


確かにジジイの言う通りだ。もし俺がガキの頃にそんな情報を手にしていたら、四六時中それを言いふらしてドヤ顔することしか頭にない魔物になっていただろう。


「それに、”人間のみが聖具を生成できる”というのを根拠に、”人間は神に選ばれており、下賤な魔物とは異なる生き物である”とかいう教えを説いておる宗教もあるからのう。ワシらギルドとしても、そういうところに喧嘩は売りたくない。じゃから、そもそもこの情報はあまり公開しないんじゃ。」


「なるほど、そんな理由があったんですね……。取り乱してしまい、申し訳ありませんでした。」


「よいよい、気にするでないぞ。」


はーっ、聖具が生成できる魔物がいるなんて驚きだった。


そういえばエマはどうしているんだ?この一下りでも、一つも声を発していないような気がするが……


ああ、エマは変わらず神妙な表情でジジイの顔を見ている。


いや、これは果たして神妙な表情なのだろうか。段々、目を開けたまま眠っているように見えてきたぞ。……あまり深堀りしてはいけない気がする。やめよう、エマの表情を考えるのは。


「……さてメルトよ。ここまで話せば、今回の旅の目的地くらいは分かったんじゃないかのう?」


急に一問一答タイムが帰ってきた。だが、ここまでの話を踏まえると、導き出される場所は一つしかない。信じがたい話だが……


「魔界……か?」


「その通りじゃ。今回、お前たちには魔界に行ってもらう!」


「そしてその道中、オウ級の魔物である”暴君ガルムザーク”を討伐してもらう!!」

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