第十八話 スピカのおつかい
「全く、なんで私がこんなことを……。」
……私は今、次に向かう都市ギャラルディンを一足先に訪れている。
ギャラルディンはこの辺りで最も栄えていると言ってもよく、かなり広大な面積を誇る商業都市だ。盛んに交易が行われ、数多の店が軒を連ねるこの都市に、私はあるおつかいのためにやってきた。
というのも、遡ること数時間前―――
「なあなあ、スピカ。」
「何よメルト。朝っぱらからコソコソしちゃって。」
「お前に頼みたいことがあるんだ。とあるサプライズに協力してほしい。」
「サプライズ?」
「ああ。ちょっとしたのをエマとシャル姉に仕掛けたいんだ。ほら、あの二人が今回の功労者だろ?エマは作戦全体、シャル姉も作戦はもちろん、あのおじさん関連の手続きとか全部やってくれた。それを労いたくてな。」
「なるほどね。それで私は何を?」
「ギャラルディンの方までおつかいに行ってほしいんだ。旨い夜ご飯の店を予約してきてほしい。」
「ええ!?おつかいってことは、私一人?アンタは今からなにすんのよ?」
「シャル姉をマッサージしながらエマをもみもみする。今日は二人を徹底的に労わる日にするからな。」
「そう……。あっ、そういえばカインはどうしたのよ?」
「そこで寝てんだろー?」
「……ぐっすりね。」
「起こすのも悪いじゃん?てか起きねえし。……だからお前しかいねえんだ。頼む。」
「はぁ……。分かったわよ。」
「サンキュー!じゃ、とびきり旨い店を頼むぜ!」――――
二人のため、となってしまったら断ることもできなかった。
やるからにはいい店を確保したいところだが……
「どうやって探せば良いんだろう……。」
今まで、休日にここに遊びに来ることはたまにあった。
しかし、大抵夕食の時間より前にはギルドに戻っていたから、あまりこの都市の店が分からない。
「はあ……。せっかくならアイツと二人で来たかったなあ。」
一人で探すのはやっぱり難しいし、心細い。せめてメルトが居れば……
ハッ!?サ、サガシヤスクナルカラダヨ!?ベツニメルトトジャナクテモイイヨ!?
ベツニソンナンジャナイヨ!?ソンナンジャ……
「アッ!?ゴ、ゴメンナサ……って、ああっ!?」
心ここにあらずで歩いていた私は少年にぶつかってしまい、咄嗟に頭を下げて謝った。
だが頭を上げ、走り去っていく少年を見てみると……何と手に私の財布が握られているのだ!
「ふざけんじゃないわよ!あのクソガキ……!絶対に逃がさない!!」
私はすぐに少年が消えていった路地裏に飛び込んだ。
あの財布の中には、殆どの店で割引を受けられるようになるギルドカードを筆頭に、様々な貴重品が詰まっているのだ。簡単に彼にくれてやるわけにはいかない。
それに、その財布は私の……。
「はあ、はあ……。くそっ!ちょこまかと!」
常習犯なのだろう。彼は入り組んだ路地をすいすいと進んでいく。
一方の私は、足場が悪いこともあり中々思うように追いかけられない。
そしてとうとう、私は彼を見失ってしまった。
「……仕方ないわね。そっちがその気なら、こっちも容赦はしないわよ。」
何があっても財布を諦めるわけにはいかない。
全力を出すことに決めた私は、胸に付けていた音符型のバッジを外し、叫ぶ。
「《天使の福音》!リュートになって!!」
私の手に持っていたバッジは、瞬く間にリュートに変わる。
そう、私の能力は《天使の福音》。
聖具であるこのバッジを好きな楽器に変形させることが出来る。そして、それを奏でることによって発生した音は様々な効果をもたらす。
男のあの聖具との戦いではあまり役立つことは無かった。
だが、静かな路地裏はこの聖具の独壇場!
「……ふぅー。」
私は感覚を研ぎ澄まし、弦を掻き鳴らす。
路地裏に、柔らかく伸びやかな音色が響き渡る。
「見えた!!」
***
今回私は《探索》を行った。音の反射で対象の位置を割り出したのだ。
短時間のうちにかなり引き離されていたようで、少年の元に辿り着くまでに割と時間を要してしまった。が、無事にたどり着くことが出来た。
「見つけたわよ……。小さな盗賊さん。」
地面に座りながら財布の中身を眺めていた彼は、私を見て呆気に取られる。
「ちィ!なんでここにいやがるんだよおお!!」
思考までは止まっていなかったようで、彼はすぐに勢いよく走り出した。
「往生際の悪い奴ね……。」
私は決めたのだ。容赦はしないと。
もうこんな鬼ごっこには付き合わない。
私はさっきより力を込めてリュートを掻き鳴らし、呟く。
「《束縛の音色》。」
「う、うおっ!?いってえ!!」
音色を耳にした彼の足は縺れ、その場に思い切り転倒した。
そんな彼の首根っこを掴み、私は言い放つ。
「……つかまえた♪」




