第十七話 ひこうき雲
「リュー……タ……!?」
「おじ……さん……。」
何となくそんな気がしていた。少年の話に出てきたおじさんはこの男なんじゃないかと。
考えないようにしていたが、やはりそうだったんだな。運命は得てしてそういう糸で繋がっているのだ。
他のみんなも察していたような表情で二人のことを見ているが……
エマはお口をあんぐり。声も出ないほど驚いてるようだ。
「おいリュータ。なんでお前がここに来てんだよ。」
カインが至極真っ当な指摘をぶつける。
「どうしても気になったんだ!!南区に向かっているあれを見たら、居ても立っても居られなくなって……。そんなことより、何でおじさんがここにいるのさ!まさか……」
「ああ。そのまさかだ。全部俺がやった。」
「嘘……」
いとも簡単に叩きつけられる不条理な現実。彼はそれに頬を殴られた。
「じゃあ、あの展望台も壊そうとしてたって言うの……?」
「当たり前だ。俺はこの村の全てを滅茶苦茶に……」
「ふざけるな!!」
彼は拳を震わせながら叫ぶ。
「おじさんは、また会えるって僕と約束してくれたんだ!……僕たちの再会はあの展望台だったはずでしょ!!それを壊そうとするなんて……。そんなのおじさんじゃない!お前は偽物だ!!」
「人の気も知らないで好き勝手言いやがって……!」
男の顔にも怒りが滲む。
「知ってるよ!!」
「…………!」
「きっと沢山辛いことがあったんでしょ……?おじさん、すごく悲しそうな顔してるもん。」
「…………。」
図星を突かれた男は、目を背けながら俯く。
「だったらさ、どこか遠いところに行けばよかったんだよ。」
「遠いところ、だと?」
「うん。おじさんはこの村が嫌いになっちゃったんでしょ?じゃあ、その上を飛ぶ必要なんてなかったんだよ。それがあれば、きっとどこへでも行けたんだよね?」
「ああ。どこへでも飛べた……。」
「じゃあ行けばよかったんだよ。なのにおじさんはずっとこの上ばかりを飛んでた。……僕、最初にそれを見た時とってもワクワクしたんだ。でも、何度も現れるそれを見るたびに僕はなんだか窮屈になってきたんだ。空を飛んでいるはずなのに、鳥かごの中にいるように見えてきて……。」
鳥かごの中か。確かに、復讐に囚われ同じ空を飛ぶそれは、鳥かごの中の鳥のようなものだったのかもしれない。
「僕はさ、嫌だけど約束を守ってくれなくても別に良かったんだよ。二度と会えなくなっちゃっても、おじさんが幸せならそれで良かった。だからさ、わざわざ約束を壊そうとしなくたっていいじゃないか……。」
「済まなかった……。」
男は絞り出すようにそう言った。
「それとね、おじさん。朝早くに起きて一緒に空を見よう、ってやつ覚えてる?」
「ああ。最初はちゃんとやってた。でも最後の方は……。」
「いいよいいよ!おじさんがやってるかなんて、どっちでも良いんだ。ただ、もう一回おじさんに会えたら伝えたかったんだ。本当にありがとうって。あの時の言葉のおかげで、僕はここまで頑張ってこられたからさ!」
「リュータ……!」
男の顔から数えきれないほどの感情を感じる。
リュータの言葉が、彼を憎しみの渦から救い出してしまったというのだろうか。
「シャル姉さん。おじさん、捕まっちゃうんだよね?」
「ええ。そうね……。」
彼女はばつが悪そうに答える。
当たり前なはずなんだが、これまでのやり取りを見るとそうも言いづらくなってしまうよな。
「じゃあさ、お願いがあるんだけど……」
***
少年の願い。それは最後におじさんと展望台に行きたい、というものだった。
俺たちはそれを許した。せっかく命懸けで守ったのだ。むしろ許さない方がおかしいだろう。
そして俺たちは今、丁度そこを登り切ったところだ。
「わあっ!みんな、空を見てよ!すごいよ!!」
興奮が抑えきれない声に従い、俺たちは空を見上げた。
「こ、これは……すごいな。」
そこには、今まで見たこともないような雲が浮かんでいた。
ぐるぐると円を描いている雲。見ていると、なんだか不思議な気分になってくる。
恐らく、何らかの理由で男の聖具の軌道上に出来たものなのだろう。あれは、ずっと旋回を繰り返していたからな。
「おじさん、すごいねえ!輪っかっかの雲だよ!なんかドーナツみたいでおいしそうだねえ!!」
「……バウムクーヘン、だろ。」
「……え?」
「何だよドーナツって。括りが広すぎんだろ。あの何層も重なってる感じ、どう見てもバウムクーヘンだ!」
「おじさんの目は節穴なの!?バウムクーヘンみたいにさ!ドーナツに決まってるでしょ!!」
「お前の目が節穴なんだよ!ドーナツみてえな目ん玉しやがって!バウムクーヘンだ!」
「ドーナツ!!」
「バウムクーヘン!!」
「ド・ー・ナ・ツ!!」
「バ・ウ・ム・ク・ー・ヘ・ン!!」
「あははっ、何だか懐かしいね。」
「ふふっ、そうだな。」
二人が楽しそうに笑っている。
命を懸けた甲斐もあったな。
「……俺、まだこうやって笑えたんだな。」
「おじさん……。」
「もっと早くここに来てれば、こんなんにならずに済んだのかもしれねえ……。」
「…………。」
「ごめんな……。約束、守ろうとしなくて……。」
「ううん……。」
切なさとやるせなさを湛えた彼らの背中を、俺たちは静かに見守っていた。
そんな中、エマが突然口を開く。
「シャル姉、あの人を許してあげませんか?」
「え……?」
予想外の提案に、俺たちは固まった。
暫くして言葉を咀嚼したスピカが問う。
「エマ、本気……?あの人はアンタを殺そうとしたのよ!?」
「それはそう、なんですけど……。私にはどうしても、あの人が悪い人には見えないんです。リュータくんはあんなに楽しそうに話していますし……。」
まあエマの言うことも分かる。
リュータの話からしても、親の為に仕事を頑張っていたという話からしても、男は根っから腐っている訳じゃないということは感じる。
だが殺されかけた彼女が許すことを提案するとは。懐が深すぎやしないか。
「私はどんな人でも、良いことをした分は、頑張った分は報われてほしいって思うんです。このまま捕まって殺されるんじゃ、あまりに可哀そうです!!」
……彼女がそこまで言うなら、俺もその通りにしてあげたいと思ってしまう。
確かにこのまま牢屋にぶち込んで終わり、じゃあ誰も幸せにならない。
「シャル姉、俺からも頼むよ。あの人の刑を軽くしてやってくれないか。」
「メルトまで……!」
「…………。」
シャル姉は腕を組んで少し考え込んだあと、おもむろに男の元へ向かい言った。
「貴方、二度とこんなことはしない?」
「……何だって?」
「貴方にチャンスをあげようと思うの。二度と悪いことをしないって誓えるなら、貴方の刑を軽くしてあげるわ。」
「本当に、いいのか……?」
「い、いいの!?」
少年の目が輝いている。
この瞬間が今生の別れになると思っていたのだ。そうなるのも頷ける。
「誓える、誓えない。どっち?」
「ち、誓うさ!!もうこんな馬鹿なことはしない!!もう一度、真面目に生きてみるよ!今度は少し肩の力を抜いて!」
「……分かったわ。貴方の聖具はこの村の復興に役立つ、その点を村の役人に強く進言しておくわ。恐らくこれで長期の刑は免れるはずよ。」
「ああ!!」
「この措置は、あそこの彼女とリュータくんに免じて行われる。そこをしっかり覚えておきなさい。」
「あの嬢ちゃんが……。」
「エマさん……。本当にありがとう……!」
リュータの言葉に、エマは優しく微笑み返した。
「今回は貴方の聖具の詳細が分からなかったから手間取ったけど、もう手間取らない。私たちのギルドは貴方を簡単に殺せる。そこも肝に銘じておきなさい。もしリュータくんのことをまた失望させたら……分かってるわね?」
「ああ。……ありがとう。」
シャル姉にああやって凄まれて、再び罪を犯せる人なんてこの世にいないだろうな。
「あとリュータくん、そろそろ時間よ。引き渡しは出来るだけ早くしないといけないから。」
「うん……。じゃあ最後におじさんと紙鳥をさせて!あの時のリベンジをしたいんだ!!」
「ええ。楽しんでね。」
そうか。そうだよな。
彼はずっとこの時のために練習を重ねてきたんだ。
良かったな。また二人でやれる日が来て。
そうして二人は紙鳥を作り始めた。どちらの手際もよく、完成はほぼ同時だった。
素人目に見ても、両方クオリティはかなりのものだ。
「じゃあいくよ!!」
「ああ!いつでもこい!」
「せーのっ!えい!!」
こうして二羽の鳥は空に放たれた。
二羽ともほとんどブレることなく、真っ直ぐと空中を舞って行く。
そんな時、ある追い風が吹いた。
少年が愛し、俺たちが散々苦しめられたあの風だ。
二羽はその風に乗ってどこまでも飛んで行き、終いには見えなくなってしまった。
「……どっちが勝ったのか、分かんないね。」
「勝敗は空のみぞ知る、ってやつだな。」
「何だよそれー。……ま、いっか。決着は次会った時だね!!」
「ああ。元気でいろよ。」
「うん。……最後にさ、おじさんに言っておきたいことがあるんだ。」
「何だ?」
「牢屋の中で、もし辛かったり寂しかったりする夜があったらさ、格子の隙間から空を見上げて呟いてほしいんだ。”今日も一日頑張った”って。」
「リュータ、お前……。」
「もちろん毎日じゃなくていいよ!たまに、おじさんがそう思ったらでいいんだ。僕は毎晩、そうやってるからさ……。」
「毎日……やるさ。やらせてくれ……!」
「おじさん……。約束、だよ。」
「ああ。もう二度と裏切らない……」
その日の夕方、俺は村の役所の方から何となく南区の空を見上げた。
ぐるぐるの雲は無くなってて、一筋の真っ直ぐな雲だけが残っていた。
若い鳥に道を教えるような、そんな雲だけが残っていたんだ。
ここまでお読みくださった方々、本当にありがとうございます!!
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これにて、始まりの村 チェーロ編は終幕となります。
次回からはこれまた愉快な奴らが登場してきますので、楽しみにしていただけましたら幸いです。
それでは、これからもよろしくお願いします!!電波工房でした!!




