第十六話 決着、そして……
「………………うっ……うぅ…………。」
とんでもない衝撃だった。だが一応死んではないみたいだ。
「…………はっ!?」
徐々に鮮明になってゆく俺の視界に映ったものは、未だ空に打ち上がっているエマだった。
どうやら気を失っていたのは数秒だったらしい。
状況を把握した直後、俺はある重大な問題に気づく。
「アイツ、斜め上に打ち上げられてないか……?」
エマ達が真上でなく、斜め上方向に打ち上げられているのだ。
……何故だ?
「…………!そういえば!!」
シャル姉が俺を抱えて跳んだ時、彼女はエマ達の落下地点より手前で踏み切っていた。真下から真上に跳んだ訳ではなかったのだ。
だから俺がエマ達に渡したベクトルは、斜め上方向のものになってしまったのだ。そして今、彼女らは俺達から少しずつ遠ざかりながら打ち上げられている。
これじゃキャッチが間に合わない!スピカとカインは今どこに……
何とか身体を起こして確認するが、二人の位置はまだここから遠い。
さっきまで俺達は能力を重ね掛けて全力疾走していたのだ。追いつけているはずもないか……。
「……俺がキャッチするしか、ない!!」
俺は地面に拳を押し付け無理やり立ち上がった。
「はあ……はあ……」
まだ体に衝撃が残ってる。
視界は歪んでる。足も震えて上手く立てない。けど……
「ここまで来て……パーには出来ねえだろ!!」
エマもシャル姉も全力を出し切ってくれた。ここでやれなきゃ、俺にみんなと旅する資格はない!!
「シャル姉、力を貸して。」
シャル姉の力なら、二人まとめてキャッチもできるはずだ。
俺はまだ眠ったままの彼女の手に触れ、能力を発動する。
「《魂の行方》!!」
俺は彼女からバトンをもらったようだった。
彼女の力だけでなく、誇りや使命感までもが俺の身体に流れ込んでくる。
「頑張ってくるよ。」
最後に彼女に一瞥し、俺は走り出した。
「……う……おおおお……!!」
身体は悲鳴を上げている。……だからなんだ。
俺は走るだけだ。最後の時が来るまで。
「いよいよだ……。」
すぐにエマ達の上昇は終わり、落下が始まった。
もう十数秒ほどですべてが終わるのだ。
「くっ……そ……。」
俺は走り始めて間もない。そして、あと十数秒走るだけなはずだった。
だが俺には、それらの時間が永遠に感じられた。
俺はまっすぐ走れているだろうか。俺は二人に近づけているのだろうか。あとどのくらい走ればいいんだ。もう無理なんじゃないのか。足が動くのはあと何秒だ。
動かない時の中、無数の疑問が浮かんでは消えていく。
答えはいらない。結局俺がやることは変わらないのだから。
そう思い、また無我夢中で地面を蹴り続ける。
孤独な戦いだった。
しかし、どんな物事にも終わりがある。永遠なんて存在しない。
「メルトさん!!頑張って!!!」
俺の永遠は、彼女の一声によって打ち砕かれる。
……そうか。もう彼女の声が鮮明に聞こえる距離まで来たんだな。
彼女達が目と鼻の先に見える。絶対に届くはずの距離だ。
死なせてなるものか!!!
「間に合ってくれええええ!!!!」
俺は両手を伸ばし、死に物狂いで目の前に飛び込んだ。
寸前閉じた目を、祈りながらゆっくりと開ける。
そこには確かに、俺の腕に支えられる二人の姿があった。
「メルトさん、ありがとう。」
彼女の柔らかな声が聞こえる。
今までと変わらずに。
「よかっ……た……。」
***
「メルトさん!!おーきーてー!!!」
「ん……うぁ……。ああ、エマ。」
身体を揺さぶられ、次第に俺の意識は覚醒していく。
この感覚ももはや懐かしい。彼女が生きててくれたから、また味わうことが出来ているんだよな。
「って、そうだ!!男は!?」
「ここにいるよ。」
カインの声が聞こえ、振り返る。
そこには、カインとスピカに抑えられている男の姿があった。
男の手には既に手錠もかけられている。
まあまあ気絶してたんだな、俺。
「って、ああっ!!シャル姉は!?」
「はあ……。起き抜けから騒がしいわね。ほら。」
スピカがそう言って隣を指さすと、そこには普通に彼女が立っていた。
「は、ははっ。本当にタフだなあ、シャル姉は。」
「タフじゃないとこんな仕事、務まらないわよ。それに少し腰を痛めてしまったわ。当分全力は出せないわね。」
あの衝撃をモロに食らって腰を痛める程度か……。
この人、どうやったら死ぬんだろう。まあ簡単に死なれたら困るんだけど。
「そっか。何はともあれ、生きててよかったよ。」
「ええ。じゃあメルト、もう何も質問はない?」
彼女の表情が一気に引き締まる。……本題に入るつもりみたいだ。
「うん。もう大丈夫。」
彼女は俺の言葉に頷き、冷たい目で語り掛け始める。
「じゃあ尋問を始めようかしら。貴方、私の質問に答えなさい。くれぐれも適当な嘘はつかないように。」
「……分かったよ。さっさとしてくれ。」
「まず、何でこんな事をしたの?」
「全部滅茶苦茶にしてやりたかったんだよ。」
「詳しく。」
「……数年前、俺は親の靴屋を継いだんだよ。そこは売れねえ靴屋でよ、両親二人が出突っ張りで働いて、ギリギリ採算とれるかとれねえかみたいな店だった。」
「そこを一人で継ぐことになったんだ。俺は朝から晩まで働き続けた。靴を作っては店頭に並べ、店の前で客を呼び込む。それの繰り返しさ。時には街まで靴を売りに行くこともあったな。」
「全ては親の為だった。親を安心させたい、今まで頑張ってくれた親に旨いもんを食わせてやりたい。そんな一心で働いてた。だけど現実は甘くねえよな。客足は変わんねえどころか減っていった。たまに客が来たと思えば、前の方が良かった、とだけ吐き捨てて店を出ていくんだ。」
親の為か。
コイツ、昔はそんなに悪い奴じゃなかったんだな。
「そんで1年位前、親はどっちも死んだ。結局大した親孝行も出来ずじまいだったよ。それからも俺は頑張ったなあ。形見を守るような気持ちで変わらず働き続けてた。いつか報われると思ってたんだ。馬鹿だよなあ。」
「そしてある日、俺は全部がどうでも良くなっちまった。だから店の有り金を全部持って行って、街の生成士に聖具の生成を頼んだんだ。何かが変わることを期待してな。そしたらどうだ?あんなバケモンが出来ちまったんだよ。」
気狂いに刃物、と言った所か。あんな物、精神が病んでる奴に渡って良い訳がないのに……。
「嬉しかったなあ……。村の呑気な奴らを、俺みたいな絶望の底に叩き落せると思うと胸が躍って仕方なかったよ。生成士の奴は散々忠告してきたが、そんなの聞くわけねえわな。で、今に至るって訳よ。」
「そう。じゃあ次の質問に行くわね。」
彼女は同情も怒りも存在しないかのように、冷淡に言い放つ。
……俺には出来ないな。どうしても、何かしらの感情が出てしまうだろう。
「何でこんなゲームみたいな真似をしたの?」
そうだ、それも気になっていた。
1日置きに特定の区を破壊するという不思議な行動。ここにはどういう意図があったのだろうか。
「人を殺したくなかったからだ。」
「……何ですって?」
「俺は村を滅茶苦茶に出来りゃそれで十分だった。人殺しにはなりたくなかったんだ。だから事前に避難できるように、掲示板に紙を貼ってやったんだよ。」
言ってることが支離滅裂だ。
最低限の理性は残っていたということだろうか。それとも、人を殺す勇気までは持ち合わせていなかったということだろうか。
理解しがたいが……。
「何、言ってるのよ……!!それが優しさのつもり!?」
スピカが男の胸ぐらを掴みながら言った。
彼の自分勝手すぎる言い分に、堪忍袋の緒が切れたようだ。
「スピカ。やめなさい。」
シャル姉は極めて冷静に制止した。
「あっ……。ご、ごめんなさい……。」
いつもと違う彼女の冷たい声に、スピカはすぐに言うことを聞いた。
「じゃあ次よ。村を壊した後、貴方はどうするつもりだったの?」
「そりゃあ、身を投げて死ぬつも……り…………!!」
急に男は言葉を詰まらせ、目を見開いた。
何だ?俺たちの後ろに何かあるのか?
俺たちは男の視線を追うように振り返った。
「…………!!」
そこには、見知った少年の姿があった。
「リュー……タ……!?」
「おじ……さん……。」




