第十三話 逆襲の狼煙
「……続けなさいよ。」
そんな目で俺を見ないでくれ。邪な気持ちは無いんだって。
「ゴ、ゴホン。まず、シャル姉に俺を抱っこしてもらうだろ?それで、落ちてくるエマ目掛けて飛び上がってもらうんだ。そしたら、俺たちとエマがぶつかるタイミングで俺の能力を使う。そんで俺とエマのベクトルを入れ替えるんだ。そうすればエマは地面にたたきつけられずに済む。」
「ベクトルを入れ替えるですって……?」
「これまたややこしい話になりそうね。」
「最近俺、ちょっと器用なことができるようになったんだ。自分と相手の能力を入れ替えるだけじゃなくて、自分と相手にかかってるベクトルを入れ替えられるようになった。」
「………………。」
流石にこれだけじゃ誰も分からないよな。紙とペンを使って説明するべきか。
「図で説明するよ。まず、俺と相手が向かい合ってて、お互いがお互いの方向に突進するとする。それを図にするとこうなるよね。」
→→→→→→俺 相手←←←←←←
「そしてお互いがぶつかる直前を図にするとこうなる。」
→→→→→→俺相手←←←←←←
「そこで俺が能力を使ってベクトルの入れ替えを行うと、こうなるんだ。」
←←←←←←俺相手→→→→→→
「そう、俺たちのベクトルが入れ替えられて、俺も相手も身体を後ろに引っ張られることになる。もちろんお互いがすごい勢いで引っ張られるから、どっちも思い切り転ぶ。」
「なるほど、そういう事ね。でもどっちも転んでしまうなら、すごい使い道が狭そうじゃない。」
「そうなんだよ。お互いにメリットがないから、ただ俺の魔力を浪費するだけになっちゃうんだ。だからあまり意味のない能力の拡張だなって思ってたんだけど……今こそこの能力を発揮する時なんだよ。」
「メルト、私はまだあんまり分かってないんだけど……。結局その能力をどう使うの?……シャル姉と一緒に飛び上がるんだっけ?」
スピカはまだ理解が追い付いてない様子だ。仕方ない、ややこしいからな。
「そうだ。シャル姉と一緒に飛び上がって、落ちてくるエマに触れてベクトルを入れ替える。つまり、さっき説明した事例を上下でやるんだ。」
「図にするとこうだ。まず、エマが落ちてくる。俺たちはそこに向かって飛び上がる。”エ”がエマ、”俺”が俺たちな。」
↓
↓
↓
↓
↓
エ
俺
↑
↑
↑
「そんでこれがぶつかる直前。」
↓
↓
↓
↓
↓
エ
俺
↑
↑
↑
「ここで俺が能力を使うと、こうなる。」
↑
↑
↑
エ
俺
↓
↓
↓
↓
↓
「……これってつまりどういう状態なの?」
「俺たちを起点として、トランポリンみたいにエマの身体が空中でポンと跳ね上がってる状態だな。俺たちが上方向のベクトルを渡すんだから、当然そうなる。」
「ちょっと待ちなさい、メルト。」
……シャル姉はもう気づいてしまったか。この策の問題点に。
「あなたが上方向のベクトルを渡すからエマちゃんは助かる、それは分かったわ。でも、ということは私たちが下方向のベクトルをエマちゃんから受け取ることになるわよね?」
「……そうだね。」
「じゃあ、私たちは遥か上空から落ちてくるのと同じスピードで地面に叩きつけられるってことよね。」
「うん。……ごめん!シャル姉、頑張って!!」
「シャル姉が俺をしっかり抱いて、背中から叩きつけられて!!」
俺は両手を頭上で合わせ、懇願する。
俺がそんなスピードで叩きつけられたら絶対死ぬ。だからシャル姉に守ってもらうしかないのだ。
彼女なら、能力による身体強化と鎧でギリギリ耐えられるはずだ。多分。
「はあ、本当に苦労させるわね。」
「ごめん!でもこれしか思いつかなかったんだよ!!」
「……仕方ないわね。頑張るわよ。」
「シャル姉!!やるねえ!!」
「……やっぱやめようかしら。」
「じょ、冗談だよ!……本当にありがとう。」
彼女の懐の広さに俺は何度助けられてきたことか。俺は、死ぬまでシャル姉離れできない気がする。
「ほ、本当にやるの!?」
……スピカはやっぱり心配するよな。
「やるしかないでしょう?他にいい方法が無いんだから。みんな、他にいい方法はある?」
「…………。」
「心配しなくてもいいわよ。天下のシャル姉は、こんなところじゃ死にません。」
「……うん。」
「よし。じゃあスピカとカインの仕事なんだが、空から落ちてくるエマをキャッチしてくれ。いくら俺たちで勢いを殺すとはいえ、上空から落下するのは変わらないからな。」
この作戦を地上ギリギリでやりすぎても危険だ。それに、シャル姉の跳躍力も馬鹿にならないからな。エマは結構高く跳ね上げられることになるはずだ。
だからキャッチ役も必要不可欠だ。
「分かったわ。」
「ああ。」
「ありがとう。……じゃあエマー?今の作戦の意味分かったかー?」
「分かるわけないじゃないですか!!」
若干キレられた。
仕方ない。彼女に理解してもらおうとして説明していたわけじゃないしな。
「まあ、分かってなくてもいいよ。俺がお前に触れて能力を発動した瞬間、お前の身体はポーンと浮かぶ。そこだけ覚えてればいいさ。」
「……分かりました。」
少ししょんぼりしているみたいだ。仲間外れみたいに思われたなら悪かった。
「すまん、エマ。……ということで、これが俺の作戦の全貌だ。みんな、何か質問は?」
「……質問じゃねえが、今のうちにエマに言っときてえことがある。」
「んー?何ですかー?」
「もし、あれを制圧するときに中の人間に押されて落ちそうになったら、絶対にそいつの腕を掴んで道連れにしろ。そして地面に着く瞬間まで、そいつを絶対に放すな。」
道連れだと?カインはエマに何をさせようとしているんだ。
「……どういうことですか?」
「この作戦は不確定要素が多すぎる。俺たちとお前の距離が離れすぎちまうとかで、メルトがお前に触れられなくなる可能性も大いにある。そうなった時に、中にいた人間をクッションにして着地するんだ。そうすれば、お前が生き残れる可能性は上がる。」
なるほど。中にいた奴を犠牲にするってことか。
「え!?そんなこと……」
「相手は極悪な犯罪者だ。情けはいらねえよ。……間違ってもお前が犠牲になろうなんて思うんじゃねえぞ。」
「で、でも……!」
「エマ、俺はお前に死んでほしくない。いや、それが俺たちの総意だ。頼む、お前は生き残ることを第一に考えてくれ……。」
「……分かりました。」
カインのいつにない真剣さに押され、エマは首を縦に振った。
優しい彼女が、他人を犠牲にして生き残る、なんて提案を呑むのはかなりキツい事だったろう。
俺は彼女にとてつもない負担を強いてしまっている。
……負担を強いている俺が言っても意味がない。それでも、俺はただ謝ることしか出来ない。
「ごめんな、エマ。お前にばっかこんな役回りを押し付けちまって……。」
「いいんですよ!村を救うためだから!それに、私はいつでもメルトさんを信じてます!!だから、あんまり怖くもないんですよ!!」
天使かな?
許容量を超えた愛しさに、俺は思わず彼女を抱きしめてしまった。
「エマ……!俺、本当にお前と旅出来て良かったよおお!!!」
「わっ!……えへへ。私もメルトさんと旅できるの、本当に嬉しいんですよ。」
大天使だった。きっとエマリエルだ、こいつの本名は。
俺という穢れた生き物じゃ本来触れることすらかなわない存在なんだ。
全く、エマには一生頭が上がらないな。
「ゴホン。今度こそみんな、言いたいことは何もないわね?」
シャル姉の言葉で現実に引き戻される。そうだ、今は作戦の事だけを考えなければ。
彼女の言葉には沈黙が応える。
「らしいわよ、メルト。」
「うん。……みんな!この作戦、絶対成功させよう!!」
「うん!」「ええ!」「はい!」「ああ!」
それぞれ返事は違えど、皆声の力強さは同じだった。
***
「もうすぐだな……。」
「ああ。エマ、作戦は大丈夫だよな?」
「はい!頑張ります!!」
今は南区。もう数分で来るであろうあれを、息を凝らしながら待っているところだ。
リュータは一緒に来たがったのだが、流石に危険すぎると断った。
彼はただ一言、「気を付けてね。」と言って俺たちを送り出してくれた。
もちろんだ。
誰も傷つかずここを守り、またみんなで展望台からの景色を拝む。そこまでが俺たちの仕事なのだから。
思考を巡らしていると、遠くの空からまたあの重低音が聞こえてきた。
「……来やがったな。」
「みんな!気合い入れていくぞ!!」
さあ、逆襲を始めようか!!




