82.受け継がれる物語
森の屋敷に着くなり、窓を開けると部屋に青い小鳥たちが滝のように流れ込んできた。
「大変大変! キッテ様! モンスターの群れが北の国境を埋め尽くしてるの!」
「今月に入ってもう七件目のスタンピードね。手紙を書くから待っていてちょうだい」
王国でも十数年に一度、モンスターが押し寄せることがあった。突発的なので誰も防げなくて、悪い時には村落やちいさな町が壊滅することがある。
それが今月に入って七回も起こっていた。
けど――
ルリハたちにはモンスターが集まるのがわかるみたいなのよね。
筆記机について、ささっと一筆したためる。送り先は騎士団長ギルバート。
モンスターたちが集まりきる前に派兵して、そもそも暴走行為を起こさせない。
手紙を書き終えると、すぐに足の速いルリハが「んじゃ! 行ってきますぜ!」と、封書をさらっていった。
私の肩に一羽がちょんと乗る。
「姐さ……キッテ様。諜報部です」
「何かわかったみたいね」
「へい。総員を結集してスタンピード発生源周囲をくまなく探索した結果……どうやら魔族の関与があったようでして」
「魔族ですって!?」
人間よりも強力な魔力を持つ者たちだ。国によってはその力を借りて他国を攻め滅ぼそうとしたりもする。魔族は気まぐれで、力を貸して繁栄させた国を翌日には滅ぼしたりもするみたい。
「キッテ様……いかがいたしやしょう?」
「魔族を倒せるほどの人間っているのかしら?」
すると、観劇好きなルリハが二羽、私の前に進み出た。
「したらさー勇者様呼んだらよくね?」
「それそれ。今、売り出し中の英雄が、王国近くに来てるっぽいし」
「名前を教えてくれるかしら?」
「たしかぁ……勇者ラクロアだったけ?」
「それそれ」
次の手紙は大臣に向けて。勇者ラクロアを王国に招いて、魔族討伐を依頼……っと。騎士団との連携もするように。
最終決定権はレイモンドにあるから、あとでそっとラクロアのことや、魔族のことを教えてあげましょう。
「じゃあ今日はおやつと一緒に、魔族と勇者のことを私にお話ししてくれるかしら?」
「「「「「はーい!」」」」」
ルリハたちの語る勇者の物語や、魔族の噂話をたっぷりと聞くことができた。
これならレイモンドも説得できるわね。
ううん、誘導かしら。毎度のことながら、なんだか自分が国を裏で操る黒幕になった気分だけど、やらないと王国存亡の危機だもの。
背に腹は代えられないわ。
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八度目のスタンピードは起こらなかった。
勇者ラクロアとその一行は、さすがといったところね。普通の冒険者たちでは歯が立たない魔族を見つけ出して、撃破捕縛してしまった。
戦いは壮絶だったみたい。臨場感たっぷりにルリハたちが語ってくれた。
危険かもしれないのに、命知らずなのよねこの子たち。
しかもこの魔族……引っ捕らえられて完全に魔力を封印されて、陛下の前に引き出されたのだけど……。
玉座の隣で私が見た魔族の雰囲気に憶えがあった。
前に私を誘拐した男だ。まさか……魔族だったなんて。
「クソッ! なぜ俺の居場所がわかったんだ!」
レイモンドが微笑む。
「王国は神に守られている。国を脅かそうとしたことは重罪だ」
「人間なんて俺たちにとっちゃ暇つぶしのオモチャでしかないんだ! 生意気な口を利きやがって……」
「そのオモチャに捕まったあげく、力を奪われ衆目に晒された気分はどうかな?」
「クソッ! クソッ! クソッ! おい……妃の女」
憎しみいっぱいの眼差しが私を睨む。お門違いの逆恨み男ね。
「なにかしら?」
「テメェの誘拐……なんで失敗したんだ? あれが成功してりゃ、あとは帝国を裏で操って、この国をめちゃくちゃにできたってのに」
「レイモンド陛下と騎士団が優秀だった。貴男は負けた。ただ、それだけのことでしょう。魔族がいかに強力な魔力を持っていたとしても、上手く使えなければ意味がないということね」
「ちくしょう……」
謁見の間の後ろで控えていた勇者ラクロアが剣を抜いた。
「国王陛下、王妃様……魔族はプライドばかり高い連中です。たった今、それが砕かれました」
レイモンドが小さく頷く。
「よくぞ務めを果たしてくれた勇者ラクロアとその仲間たちよ。王国を代表して感謝する。報酬とともに、王国を救ったことをここに称え、救国の勇者ラクロアの名を子々孫々に語り継ぐと誓おう」
「もったいなきお言葉です陛下」
剣を掲げて勇者は跪く魔族の男を見下ろした。
ラクロアは真剣な表情のまま呟く。
「普通に戦っていれば貴様の勝ちだった」
「なら……なぜ俺は負けた?」
「貴様の居場所も弱点もなにもかも……なぜか知ってしまったんだよ僕らは」
「うぐぐ……それも神の加護だっていうのか!?」
私もルリハたちとの連携は手慣れたもので、効率的に分散させたり、配置転換したりして、情報収集能力が上がってるのよね。
勇者は頷いて剣を握る手に力を込めた。
「さらばだ……」
「クソがああああああ!」
振り落とされた白刃。ぼとりと魔族の首が落ちると、その身体は灰になって消えてしまった。
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それからしばらくして――
今日も今日とて、森の屋敷でルリハたちに囲まれながらお茶をしている。
王国を騒乱の渦に巻き込もうとした魔族が消えて、スタンピードの報告も綺麗さっぱりなくなった。
噂話はベーカリーの新作や、新進気鋭の画家の個展が決まったこと。それから今、一番人気になっている劇についてだったり、夜間警備をコウモリ男……は失礼よね。ブラッドレイ侯爵家のヴェルミリオンの眷族たちと連携したり。
思えばルリハたちのおかげで色々な問題を解決できたけど……まだ解き明かせていない謎があった。
テーブルの上の青い羽毛玉たちに訊く。
「ねえ、みんなっていったい何者なのかしら? 普通の小鳥さんじゃないし」
一羽が一歩前に出た。
「やっと僕らのことに興味を持ってくれたんだねキッテ様!」
最初の子かしら。見た目がみんな可愛いから、判別するのは話し方になっちゃうのよね。
「興味がなかったわけではないのよ。それにすっごく助けてもらったし」
「ふふん♪ 実は僕らってね」
最初の子が振り返って両方の翼をばんざいさせた。
「せーの」
「「「「「モンスターなんだ(です だぜ なの etcetc)!!」」」」」
思わず「エッ!?」と声が出た。
「びっくりしたでしょキッテ様」
「モンスターなのに協力してくれたの?」
最初の子が尾羽をピンとさせて振り返る。
「うん! そうだよ!」
「どうしてかしら?」
「だって僕らに素敵な名前をくれたからね。モンスターも色々だけど、キッテ様とならこうして、お話できるかもって」
「そう……だったのね」
最初の子は下を向いた。
「黙っててごめんねキッテ様。嫌われるかと思って……言い出せなかったんだ」
「別に構わないわよ。ううん、お互い様ね。みんなのこと、もっと早く知ろうとすることだってできたのだし」
他の子たちもテーブルに詰め寄ってきた。
黒い瞳がじっと私を見上げる。
ちょっぴり不安そうね。
「みんな、これからもよろしくね」
「「「「「はーい!!!!!」」」」」
まるでお祭りの夜みたいにルリハたちは大騒ぎ。
なんだか私まで嬉しくなった。
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「お母様のお話ってまるで本物みたいだね!」
王宮の一室で私はヘンリーにお話をせがまれた。
思い出すように語ると、いつも息子は楽しそうに目をキラキラさせる。
「本当なのよ」
「そうやって僕をからかってるんでしょ! けど、小鳥さんと話せたらきっと楽しいだろうなぁ」
もう七歳。レイモンドに似た金髪の美少年は、きっと将来、立派な王様になるわよね。
「お母様! 僕、妹が欲しいな!」
「きっと神様が決めてくれるでしょうね」
少し大きくなったお腹をさする。男の子でも女の子でも、仲良くしてほしいわね。兄弟仲がうまくいかなかった家族も、たくさん見てきたし。
窓辺に――
青い小鳥がやってきた。
ヘンリーが気づいて近づくと声をかける。
「ねえ鳥さんとお話したいんだ! 僕にもできるかな?」
小鳥は頷くと、パッとどこかへ飛んでいってしまった。
「逃げられちゃった。僕じゃダメなのかな?」
「さあ、どうでしょうね」
その日の夜、ヘンリーの部屋の窓辺に赤い木の実がそっと置かれていても……見なかったことにしておいてあげましょう。
王国が平和を影から守る白いフィクサーの資格が、この子にあるならね。
「僕も小鳥さんとお話したいよお母様!」
「なら、自分のことも誰かのことも大切にできる人間になるのよ」
「うん! がんばる!」
ひいき目だけど、ヘンリーなら受け継いでくれる気がするわ。
さてと――
今日もそろそろ、森の屋敷に向かう時間ね。
読了ありがとうございました!
最終話となります。お待たせしたこと、申し訳ございません。




