79.みんなの視線を釘付けにしてしまって逆につらいのですけど
ルリハたちはみんな酔っ払っちゃったみたいになって、私に撫でられるために行列をつくったり、膝の上や肩に乗っかったり。
「キッテ様ぁ……だぁい好きぃ」
「おれもおれも!」
「うちだって好きだよぉ」
「この匂いもたまんねぇだぁ」
私は小さく咳払いを挟んで。
「はい、それじゃあみんな、報告をしてちょうだい。なにかお話したいことがあるんじゃないかしら?」
「「「「「とくにありませーん! 幸せでーす!」」」」」
困ったわね。視線を床に向けて黒猫に助けを求めると。
「なーごなーごろごろごろ」
猫なで声で喉を鳴らして、イチモクは私にお腹を見せた。うん、今日はもう無理みたい。
「ええと、今日は少し早いけど、戻ろうかしら」
「「「「「ええー!? もう終わりなのー!?」」」」」
「今日はみんな、なんだか調子がおかしそうだものね」
椅子か立ち上がった瞬間――
「「「「「行かないでー!!」」」」」
青い羽毛玉たちが一斉に飛んだ。目の前が青一色で埋まる。ちょっと怖い。集合体恐怖症だったら失神してたかも。
私の頭に肩に腕に背中に胸元に。ともかく全身のとまれそうなところにルリハたちがくっついた。
まるで青いドレスを着てるみたい……って、思ってる場合じゃないわ。振り払うわけにもいかないし。
足下にもぞもぞとした感覚があって、下を向けばイチモクまで絡みつくように、右足と左脚の間を∞を描くようにくねくねすりすり。
温かいを通り越して熱いくらい。
「みんな離れなさい」
「「「「「やだー! もっと一緒にいてよー! 本当はずっとずっと一緒がいいのー!!」」」」」
普段バラバラなルリハたちの意識が一つになってるッ!?
その時――
部屋が外からノックされた。
老執事の声。普段より、なんだか緊張してる?
「お、王妃様。本日のおやつをお持ちいたしました。失礼いたします」
扉が開いた瞬間、青羽毛まみれの私と老執事の目があった。
どうみても今の私って、不審者よね。弁明の言葉を探すけど、浮かばない。
「あの、ええと、これは……」
「なんと……お美しい……はっ!? し、失礼いたしました。臣下の身でありながら、このようなことを」
ルリハたちの青い羽毛はそれは美しいものだけど、全身にくっつかれている今の私に見とれるなんて、老執事までおかしくなってしまったの?
ルリハたちのつぶらな瞳が執事を見つめると。
「「「「「キャー! はずかしー! キッテ様とラブラブなの見られたー!!」」」」」
執事には小鳥たちが声を合わせて鳴いたようにしか聞こえていないのだけど、目撃されたのがショックだったみたい。
一斉にルリハの群れは窓枠に吸い込まれるようにして、青空へと飛び立った。
「にゃー」
イチモクはマイペースに私の脚に絡まり続ける。唖然とする老執事に。
「今日はもう帰ります」
「お、お帰りになられるのですね。承知いたしました。では、馬車の準備をいたします。すぐの出発となりますので、庭にてお待ちください」
本日の焼き菓子の入ったバスケットを手にしたまま、老執事は一階に戻る。
私は窓を閉めると、二階の部屋を出て階段を降りた。
・
・
・
庭に出ると庭師が花壇の整備をする手を止めて、私をじっと見つめた。
微笑み返すと庭師は耳まで赤くなって「はうぅ! 自分になどもったいない! ああ、喜びのあまり心臓が口から飛び出しそうです!」って、大げさにもだえてみせる。
冗談……よね。心臓を吐き出すなんて怖くて見てられないわ。
護衛の騎兵たちもなんだかみんな、そわそわしてるようだし。警護の責任者に声を掛けた。
「今日も護衛、よろしくお願いね」
「は、はいッ! 我らの命にかえましても王妃様を必ずや王城に、無事! 傷一つなく! 送り届けることを誓います!!」
隊長の宣言に残る騎兵たちも「「「おうッ!!」」」と、普段よりも熱の入った声。
まるでこれから、祖国を守るため死地に赴こうかというような、悲壮感すら漂っていた。
「あんまり気負わないでね。いつもの道なのだし」
「そのいつもに、いかなる危険があろうか。王妃様の乗った馬車には指一本触れさせませんとも!」
「あ、ありがとう」
みんなどうかしてしまってるわ。
すると、庭の番鳥ことアヒルのマドレーヌがひょっこり姿を現した。
さすがにこの子なら大丈夫そうね。
お尻をフリフリ。どたどたと私の元にやってくるなり。
「ぐわぐわわわ!」
私の脚に背中を押しつけるようにしてぶつかってきた。
「ぐわわぐわぐわわわわ!」
ぷるぷるもちもちとしたコールダックが右脚に密着。
「にゃーごろごろごろ」
左脚には巻き付くように黒猫。
普段はイチモクはさっと来て、さっといなくなるし、アヒルのマドレーヌも挨拶程度に「ぐわわ~」しか言わないから、私が帰ろうとして引き留めるなんてよほどのことよね。
膝を折って一匹と一羽を撫でる。
「二人とも今日はここまでよ。また明日にしましょ」
「にゃー!」
「ぐわわわ!」
文句を言いたげだけど、しょうがないでしょ。とりあえずお風呂に入って、この甘い匂いを落とさないといけなさそうね。
ほどなくして馬車の準備ができたので、私は王城に戻った。
・
・
・
王宮を行けば誰もが私に視線を奪われる。近衛兵たちの敬礼する指先は震えて止まらない。
侍従たちもお尻に火が付いたみたいにそわそわ、ざわざわ。
メイドも私と視線を合わせるでもなく、みんながみんな顔を真っ赤にしていた。
王宮の廊下で道を譲って頭を下げたメイドに訊く。
「私、何か変かしら?」
「へ、変だなんてとんでもございません王妃様! い、いつにも増してお綺麗で素敵で、こうしてお声を掛けていただけただけで、天にも昇る気持ちです……はわわわ」
バタン。と、メイドは耐えきれずに倒れてしまう。
「だ、大丈夫? 誰か、彼女を救護室に」
すぐ衛兵と他のメイドが飛んできた。けど、メイドの何人かが私を見てくらくらっとしだす。長居は危険ね。その場を衛兵に任せて執務室に一旦戻る。
部屋に到着してやっと一段落。まるで私が通るだけで、その場だけ祝祭の夜みたいな雰囲気になってしまう。
小瓶を取り出しじっと見る。この香水のせいよね。早くお風呂の準備をお願いしないと。
すると――
部屋がノックされた。
「どうぞ」
「し、失礼します王妃様!」
侍従がやってきた。もう、お風呂に入りたいのに。
「なにかしら?」
「それが……今、臨時で会議が行われているのですが……グラハム大臣と騎士団長ギルバート様が口論になってしまって」
午前の会議の続きをしてたのね。軍事費を削って内政に充てるというアレだったかしら。
「解ったわ。すぐ向かうわね」
お風呂、入りたいのだけど……。
・
・
・
大臣と騎士団長が珍しく、会議の席で立ち上がってにらみ合いをしている。そんな中に、私は遅れてやってきた。
途端に二人の表情が、初恋をした乙女みたいになる。大臣の声からかすかな怒気が消えた。
「こ、これは王妃様。ええと……その。すまなんだなギルバート。年を取り過ぎたせいか意固地になってしまった」
ギルバートも私の顔を見るなり、眉間のしわが無くなった。
「いえ、私の方こそ。現在、他国で発生しているスタンピードへの調査報告ののち、人員の再配置をいたします」
なんだかわからないけど、喧嘩は収まったみたいね。
二人はそっと席に着いた。大臣がヒゲを撫でながら。
「それにしても今日はいつにも増して、王妃様は美しい。まるで女神のようですな。わしが若ければ……おっと、いかんいかん」
普段は真面目なのに、グラハム大臣らしくないわね。
騎士団長も凜々しい顔が少年みたいに、はにかんだ。
「王妃様。このような場で急に言うことではないのですが、姪がいつもご迷惑をお掛けして申し訳ありません」
ギルバートの姪……迷探偵のシャーロット・ホークスね。
「気にしなくていいわよ」
「ああ、なんと……慈悲に満ちたお言葉、痛み入ります」
騎士団長はゆっくり頭を下げた。
会議に出席した高官や貴族たちも、みんな私に視線を向けて、そわそわしっぱなし。
これじゃあ議論どころじゃなさそうね。
そんな中――
レイモンドの声が凜と響いた。
「大臣と騎士団長が一触即発でね、助かったよ。ありがとう。さあ、諸君。次の議題に取りかかろう。キッテは僕の隣へ」
「は、はい、陛下」
他のみんながおかしくなってしまっているのに、レイモンドだけは普段通りの彼だった。




