78.レイモンドからの贈り物は嬉しいのだけれど
朝食を終えたところでレイモンドが急にもじもじし始めた。
ティーカップを手にして私が「何か気に掛かることでもあるんですか?」と聞いてみると、彼はテーブルの下から小箱を取り出した。
片手に収まるくらいの大きさで、青い包装紙に青いリボンで飾ってある。
かわいらしいプレゼントボックスを私の前にそっと差し出した。彼はほんのり頬を赤らめると。
「特に何かの記念日ということではないんだけど、君に贈りたいんだ。いつもありがとうキッテ」
「あら、嬉しい。ありがとうレイモンド。ううん、私の方こそよ。何かお返ししないと」
「開けてみてくれないかな?」
「びっくり箱だったりしたら、後が怖いわよ」
少し冗談っぽく言ってリボンを解くと、箱の中から透明の小瓶が現れた。
中に液体が揺れている。
「何かしら?」
「実は王都でも一番という調香師に発注した香水なんだ。君をイメージして香を作ってもらったんだ」
つまりレイモンドから見た私を香水にした……ってことね。
「ちょっと緊張しちゃうかも。それにしても、王都一の調香師なんて知らなかったわ」
「僕もアリアに教えてもらったんだ」
なるほど。この贈り物の黒幕は義妹のアリアだったみたい。
レイモンドがプレゼントに悩んで、妹の王女を頼ったってところかしら。
ルリハたちの情報網には……たぶん、引っかかっていたけど、私を驚かせるためにきっと秘密にしてくれていたのね。
レイモンドは続けた。
「なんでもこの調香師というのは芸術家肌で、その界隈では天才だっていうんだよ。錬金術にも精通していて、魔法も使えるんだとか」
「あら、なんだかすごいのですね」
小瓶の中の液体を静かに揺らして見る。
匂いが気に入らなかったらどうしよう。あまり強い香水は得意ではないのよね。
一瞬、私の中の氷の仮面が浮かんでしまったみたい。青年はそれを見ると。
「良かったら使って欲しいな」
少しだけ困り顔になった。
「もちろんよ。とっても嬉しいわ。ありがとうレイモンド」
彼はほっと胸をなで下ろした。
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朝食のあと、雑事を終えてから始まった午前の会議は少し荒れ気味。
対立したのは軍部のトップ、騎士団長のギルバートと内政のトップ、大臣のグラハムの二人。
今後の予算配分で衝突があったみたい。
王国はレイモンドが即位してから、帝国侵攻の危機もあったのだけど、それを押しのけてからはとっても安定している。
先日あった隠れた犯罪者の一斉検挙もあって治安はますます良くなった。
そこで大臣から国の防衛費の一部を内政、教育や医療に向ける提案があったのよね。
ギルバートも理解は示しつつも、今、何もないからといって現状の防衛費を落とし、いざ、何かあった時に軍が機能しなくなってはいけません。ってね。
どちらの言い分もわかるから、議論は平行線になってレイモンドがなんとか収めた。
午後になって、私は森の屋敷へ。
二階の部屋に着いて窓を開くと、はらはらと青い小鳥がやってきた。
テーブルを中心に、ルリハたちは思い思いの場所にとまる。
今日はちょっと多いかも。普段の倍はルリハが集まってる。何か気になることでもあるみたいに、じっと私を見つめる羽毛玉たち。
私は香水の小瓶を手にした。一斉にルリハたちがふるふるしだす。
一羽がテーブルの前に出ると。
「キッテ様それなぁに?」
「うふふ、実はレイモンドにプレゼントしてもらったの」
「へー! そうなんだぁ! どんな匂いかなぁ?」
「あら、香水なんて言ってないわよ」
「あっ……しまった」
「「「「「おまえさー!」」」」」
ちょっと意地悪だったかも。
「ごめんね。けど、みんなもあんまりイジメちゃだめよ」
「「「「「はーい」」」」」
みんな事情はだいたい知ってるみたいね。
うっかり「香水」と言ってしまったルリハがつぶらな瞳で私を見上げた。
「けどけど、どんな匂いかはボクらも知らないんだよ!」
他の子たちも「気になる気になる!」とか「レイモンド陛下のキッテ様のイメージだっけ?」やら「絶対美味しい匂いだよ! 焼きたてふわふわパンみたいなの!」だったり「いーや違うね! キッテ様はチョコレートの焼き菓子さ!」だとか「食い意地張りすぎよ? キッテ様はごちそうじゃないんだから。そうね……きっと爽やかなミント系ね!」などなど。
私がどんな匂いなのかで、ルリハたちは騒ぎだした。
結構バラバラね。匂いのイメージって。というか、みんなそれぞれ、自分が好きな香のことばっかり言ってるみたい。
「じゃあ、答え合わせしてみましょうか?」
夜会までとっておくつもりだったけど、ルリハたちも気になるようだったし。
私は小瓶を開けて中の香水を手に取り、首筋に軽く纏わせてみた。
ふわりと広がる……甘い香。ミルクやハチミツや花々のフローラルや、キャラメルにチョコレートに……この世のありとあらゆる甘さを煮詰めて濃縮したみたいな、結構強めの芳香だった。
これ自体は良い匂いに違いないのだけど、私ってレイモンドからこんな甘いもののように思われているの?
ちょっぴり意外。自分だと、もう少しさっぱりしたものだと思っていたから、自己評価って当てにならないものね。
「みんなどうかしら? とっても甘い匂いだけど」
「「「「「キッテ様好きー!」」」」」
「は、はい? 急にどうしちゃったの?」
「「「「「好き好き好きー! キッテ様大好きー!」」」」」
ルリハたちが尾羽をふらふら揺らして声を揃えた。
テーブルの上の子たちも、頭をふらふらさせてなんだか……酔っ払ってるみたい。
「キッテ様はボクらの女神様だよね~」
「わかる~! 大好き~!」
「キッテ様と出会えて嬉しい~!」
「あーね、それな~」
「キッテ様のためなら例え火の中水の中!」
「お前は燃やす方だろ。けど俺だって同じ気持ちだ!」
「あ、姐さん……自分もう我慢できません。もし死んだら……キッテ様の子供に生まれ変わりたいくらい大好きです」
「あたちも! 長女がいい!」
「末っ子でしょ。お姉ちゃんはわたしがもらったわ!」
ええぇ……なんだか様子がおかしいわね。とりあえず落ち着かせないと。
「そ、そうね。じゃあお菓子を用意して、いつも通りお茶の時間にしましょう。今日もみんなのお話、聞かせてもらおうかしら」
ルリハの一羽が首を左右に振った。
「我が主よ、どうかそのお言葉をお聞かせください」
「いつもうちらばっか喋ってて、よくなかったよね。キッテ様だって言いたいこととか、お喋りしたかったよね」
「聞きたい聞きたい! キッテ様のお話聞きたい!」
「ワイはキッテ様の声が好きじゃ。優しい声じゃからの。本を朗読してほしいぞ」
「キッテ様の子供の頃のお話も気になるかもー!」
普段は我先にと、自分が見聞きしたモノを話したがるのに、ルリハたちったら急にどうしちゃったのよ?
どうしようか迷っていると、窓の外から黒い影がスルリと入り込んできた。
黒猫のイチモクだった。
すぐに私の肩に猫語に堪能な一羽がとまる。
「よう、王妃様。今日は……ウッ……なんだ、この甘ったるい匂いは」
「ええと、実はね……」
「た、たまらん。たまらんたまらんたまらんたまらん!」
イチモクはパタンと床に倒れると、その場で身体をひねってくねらせた。小さな鍵尻尾を乱暴にブンブンさせて、最後はへそ天になると私に「にゃー」と言う。
「吸え! 吸えよ! 今日のあんたになら吸わせてやる!」
「どうしちゃったのイチモク」
私の肩口のルリハが「はぁんもうだめれしゅ~」と、通訳の仕事を放棄してしまって、それ以上イチモクの猫語は「にゃー」になった。
ゴロゴロゴロゴロ。黒猫は地響きのように喉を鳴らして床をのたうち回る。
ルリハたちも尾羽をくねくねさせて、無数のつぶらな瞳が私を見つめた。
やっぱりこれって、香水のせい……なのかしら?




