76.失われても残る想いは受け継がれていくものね
遺言状に書かれていた通りだったわね。
離れの書斎の北側の棚。上から二番目。本を取り出し背後の化粧板を外すと、そこに小さな金庫が隠されていた。
ちょっとびっくり。まるで自分が本物の探偵か、密偵にでもなったみたい。
老家令にお願いして、遺言状にあった暗証番号を入力。0123。なんだか手抜きな数列にみえるわね。
カチリと音を立てて鍵が開いた。
中には封蝋用の刻印や家紋の証印に新しい透かしの入った紙の束。それぞれ三セットずつ。
そして、一通ずつ手紙がしたためられていた。新しい三本の剣の家紋で封蝋されたそれぞれに、モール、ディダン、トリアと宛先が書いてある。
老家令が許しを請うように私を見つめた。
「これらの手紙は……やはり、今ここで確認なさるのですか王妃様?」
「故人の遺志を尊重するわ。このまま、それぞれに渡してあげましょう」
金庫に証拠となる新しい家紋――三本剣が交わった証印が出てきたのだもの。
ディダンの遺言状が偽物だというのは決まったわ。
「ところでグレゴール、少しいいかしら?」
「は、はい。なんでしょう」
「貴男、先代から遺言状を預かった時に、封蝋の家紋が一本の剣から三本のものになっていたのに気づかなかったの?」
「おかしいとは思いましたが、今思えば……この三本剣はブレイド家の家紋ではなく、先代当主セロ様が個人のものかと……」
「それはどうして?」
「三人のご子息に向けた遺言状と思ったのです。三本の剣が交わるのは、まさしくご兄弟の理想の姿。この金庫の暗証番号も、ご兄弟と先代セロ様を現しているように思えてなりません」
隠された金庫の番号。0が先代で1がモール。2がディダン。3がトリアということなのね。
お母様がいないじゃない。なんて、思ってしまったけど。
ブレイド伯爵家の男たちの秘密が、金庫には秘められていた……ということにしておきましょう。
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本邸の応接室に戻る。長男モールはどこか満たされたような、柔和な表情だった。トリアは悲しげで、ディダンは――
ソファーに座ったまま激しく足を揺すっている。額に汗を浮かべ、視線は激しく周囲を行き来していた。
書記官シャーロットが立ち上がる。
「い、いかがでしたか? キッテ様」
「落ち着いて。座ってちょうだい」
暴れ馬を落ち着かせるようにして、私はグレゴールに目配せした。三人それぞれに未開封の書状を渡す。
ディダンが家令に言う。
「なあ、ペーパーナイフを貸してくれよ。親父の最後の手紙なんだ。手で破くなんて無粋だろ」
「は、はい。ディダン様」
一瞬――
判断が遅れた。ペーパーナイフは手紙の中身を傷つけないように切れ味を落としてある。
けど、それを手に取るとディダンは握りしめ立ち上がり、長男モールに掴みかかった。
「お前さえいなけりゃ俺が当主だったんだッ!!」
牙を突き立てるようにナイフが振り下ろされた。
けど――
モールは至近距離でディダンの顔面を拳で殴りつけた。壁際まで狐顔の男が吹っ飛ばされる。
シャーロットが吠えた。
「衛兵! ディダンを拘束してください!」
すぐに兵士二人がディダンを後ろ手にして拘束する。
「離せ! 俺は! 俺はブレイド伯爵家の人間だぞ! ゴミみてぇな庶民出身のお前らが気易く触れていいわけねぇんだ!」
護衛の兵士たちは動じなかった。さすが騎士団長ギルバート直属の精鋭ね。
モールが深く息を吐く。
「ディダン。お前には父上がどんな想いで新しい家紋を残したかわからないのか?」
ディダンは憎らしげに睨み返す。
「知ったことかよ! そうだ! あいつは……あのクソ親父は俺をハメるために、こんな罠を残してたんだ! 全部親父が悪いんだ!! なんでもかんでもモール……モールモールモールモール!! 俺をちっとも見ない……俺の実力を認めようともしない……なんでだよ!! 俺だって努力したさ!! 勝つためにやれることはなんだって……どうして誰も俺を認めてくれないんだ!! こんな世界はクソだ! クソまみれだクソったれどもが!! 何が新しい家紋だ! 俺に何も残さずくたばりやがってクソ親父!!」
もう無茶苦茶ね。
トリアが悲しげに首を左右に振った。
「違うよディダン兄さん。父さんはきっと、僕ら三人がお互いに協力してブレイド家を守るように、三本の剣を新しい家紋にしたんだよ」
よかった。ちゃんとトリアには伝わってるみたいで。
ディダンはハッと何かに気づくと。
「な、なら……悪かった。今回のことは全部俺が……さっきもつい、カッとなって兄貴に……だから許してくれ。兄弟三人でこれからも仲良くしていこうじゃねぇか? な? 親父の意思を尊重してさ」
シャーロットがペンを置いた。
「では、あなたが用意した遺言状は、西に沈む夕日よりも真っ赤な嘘。偽りの真実。正真正銘の贋作と認めるのですね?」
「そ、そうだ」
「家令を欺くほど精巧な筆記です。誰に依頼を?」
「誰……って……そういうのを作る専門家だよ。名前も知らないし、金を積んで作らせた。会ったのは依頼した時と遺言状を受け取った時だけだ。そのあとは知らない!」
あくまでしらを切り通そうというのね。
長男モールに襲いかかって、悪態をついたし手遅れにしかみえないけれど。
私は氷の表情を作った。
「観念なさいディダン。偽の遺言状で家督を奪おうとしたことは重罪よ」
「う、ううっ……だけど……ほら、よくある後継者争いだ……ハハハッ! そうだこんなもん罪にゃなんねぇ。身内の喧嘩ですよ王妃様」
「貴男には贋作師殺害の容疑が掛かっているの」
「なっ!?」
「いくら名門伯爵家でも、相手が贋作師という犯罪者であっても、命を奪ったなら命であがなうことになるんじゃないかしら」
「あんなゴミ……処分しなけりゃ……クソ……ゴミのくせに俺の足を引っ張りやがって」
つい本音が漏れてしまったわね。証言はシャーロットが筆記して残している。
追々、証拠はギルバートが集めてくれるでしょうし、あとのことは任せましょう。
三兄弟が欠けてしまうのは、もう避けようがないのだから。
「連れていきなさい」
「い、嫌だ! 待ってくれ王妃様! どうかチャンスを! 名誉回復の機会を! 心を入れ替えてモールを支える剣になる! なりますから!」
「その言葉、先代ブレイド伯はもっと早く聞きたかったでしょうね」
「ち、ち、ちくしょおおおおおおおおおおッ!! おい! モール! 俺の助命を王妃に言え! トリア! なんで俺を見ない! 助けろ! 飼ってやるって約束してやったじゃねぇか!」
モールは悲しげに首を左右に振る。トリアも下を向いた。
「呪ってやる! この家も! 王国も! 俺を認めない奴ら全員呪い殺してやるからなッ!!」
衛兵に拘束されたまま、ディダンは後継者争いから退場した。争いにしてしまった張本人が最初にいなくなるのは皮肉よね。
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応接室は嵐が過ぎ去ったあとの静けさね。
危険は去ったし、衛兵を引かせた。シャーロットにはディダンが現行犯でモールを殺害しようとしたことなどなど、騎士団に報告してもらうよう使いに出す。
残ったのは長男と三男と老家令。そして、私に……小脇に置いたままのバスケット。
トリアが言った。
「ディダン兄さん……父さんからの手紙、届けてもらえますか王妃様?」
「ええ、獄中に届くよう手配するわ」
結局、次男のディダンに残されたのは先代の……父親からの手紙だけになってしまったわね。
「トリアは自分への手紙を読まなくていいの?」
「あとでじっくり読みたいと思います。ええと……じゃあブレイド家の当主は……モール兄さんでいいんですよね」
不安げな少年に、私は……。
「ねえトリア。落ち着いて聞いてちょうだい」
「は、はい。王妃様」
私は一度、長男モールを見る。緊張の糸が切れてしまったような、力ない姿だった。今までずっとディダンを抑え込むために覇気を纏い続けるしかなかったのね。
すべてを悟ったみたい。
「モールは……貴男のお父様と同じ病気なの」
「モール兄さんが!? な、治るんですよね」
バスケットの蓋が勝手に開いて、中から黒猫が顔を出した。とことことモールの元に向かって、足下で鼻をひくつかせると、私に向き直って三度、短く鳴いた。
「三ヶ月……くらいかしら」
「よかった。それで治るんだ」
モールは足下の黒猫を抱き上げる。
「王妃様の猫ですか? とても精悍な顔つきだ。それに……賢い」
抱かれてイチモクは不機嫌そうに「にゃ」と鳴く。
抵抗はしなかった。死者を送るのが黒猫の使命だからか、雑に抱き上げられても我慢してるみたい。
モールが弟に優しく語りかける。
「違うんだトリア。私の命はあと……三ヶ月程度。父上と違って、早くに発症してしまってな。不思議な病で、若い方が病気の進行が早いという。この病は人にうつる類いのものではないが、親から子へと受け継がれることがある。私は父上と似ていたようだ。母親似のお前のことは、きっと天国の母上が守ってくれる」
「な、なに言ってるのかわかんないよ。兄さんが死んじゃうなんて……だって、あんなに強いじゃないか」
「助からないんだ。治療法の無い呪いのようなものだ」
「そんな……そんなのって無いよ。僕がその呪いにかかればよかったのに」
「優しいな。ありがとうトリア」
「だって、新しい家紋は三本の剣なんでしょ? ディダン兄さんがいなくなって、モール兄さんまで……それじゃあなんのために家紋を変えたかわからないよ」
モールは嫌がるイチモクを床にそっと降ろすと、トリアを抱き寄せた。
「今日のことを……ディダンのことも……私のこともお前が覚えていてくれればいい。たとえ一人になろうと」
「一人じゃ三本も剣は使えないよ兄さん」
「そうだな。荷が重いだろう。けど、ゆっくりでいいんだ。お前には未来がある。いずれ子をなした時、愚かな二人の兄の話を聞かせてやってほしい。兄弟が出来た時は、私やディダンのようにはならないよう、お前が教えてやってほしい」
「兄さん……」
長男はそっとトリアを送り出すように解放した。
私に向き直る。
「王妃様。今回の件、証人として見守っていただいたことを感謝いたします」
「ディダンのことは……残念だったわね」
「私が兄として至らぬばかりに……いや、私がなんとかしようとしていたことが、かえってディダンを追い込んでしまったのかもしれません」
光が強すぎれば影も濃くなる。長男と次男はそんな関係だったのかもしれないわ。
モールは続けた。
「つきましては、トリアの罪について……遺言状の盗難はあくまで当家の内部で起こったこと。当主としてトリアを告発するようなことはしたくありません。どうか、不問に処してはいただけませんでしょうか」
「ええ、貴男がそれで良いのなら。王家としても過干渉はしたくありませんし」
「寛大な処置に感謝いたします」
長男は当主の顔になったわね。
「ブレイド伯爵家はこれからどうしていくのかしら?」
「はい。この命が尽きるまで、やれることをやり通します。トリアに伝えなければならないことはいくらでもあります。私が倒れた時にはトリアが当主となって、ブレイド伯爵家はこれからも王国に忠誠を誓います」
モールがそっと少年の背中を押した。
「ち、誓います! 僕……が、がんばります!」
ようやく立ち上がることができたみたいね。あとのことは二人に任せましょう。
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こうして――
ブレイド伯爵家の家督を巡る事件は幕を下ろした。
それからしばらく、殺人容疑の他、様々な悪事に手を染めていたことが発覚した次男ディダンは処刑された。
最後まで父親からの手紙は開封されることはなかったようね。
三ヶ月後には長男モールが逝去。トリアが立派に喪主を務め、私も葬儀に参列した。
ブレイド伯爵家の家紋は兄弟二人を失ってなお、三本の剣が交わった新しいものが掲げられ続けたのでした。




