75.真実が近づいてきました
三男トリアが手にした遺言状はすでに開封済み。
トリアはそれを老家令に手渡した。
「なんと……この文字は……先代のものです」
「ごめんねグレゴール。僕が盗んだんだ」
「ど、どうしてまた」
「もし遺言状がなくなれば、って思ったんだ」
三男は全員を見回した。
私と目が合う。
「どういうことか、詳しく聞かせてちょうだい」
「はい、王妃様。僕は……ずるい人間なんです。盗みも働く卑怯者。もしも遺言状がなくなったら。ううん、なくなっても、そのままならモール兄さんが家長になる。実際、遺言状にもそうあったんだ」
老家令が本物の中身を確認して「はい、そのようで」と頷いた。
トリアは続ける。
「だけどディダン兄さんは納得しないと思って。きっとグレゴールが隠した遺言状を探させたと思うんだけど、疑り深いディダン兄さんには見つけられなかった」
「貴男には見つけられたのね?」
「グレゴールならそうするかなって。鍵は簡素なものだし、簡単に開いたよ。だから僕は遺言状を盗んだ。できちゃったんだ。今までの人生で、何一つ挑戦なんてしなかったのに……」
少年は下を向く。モールは黙って聞き、ディダンが吠えた。
「お前が犯人だったのか!? いや、ち、違う。その遺言状は偽物だ! そうだ! そっちが偽物なんだ!」
私はディダンをにらみ付けた。
「少し黙ってちょうだい。あとでお話する時間はたっぷりあげるから」
「ぐぬっ……」
黙らせる。トリアに訊く。
「それで、貴男が本物の遺言状を盗み出したあと、どうなったの?」
「グレゴールが罰せられるなんて、ちっとも考えてなかった。モール兄さんが言うみたいな人間じゃないよ、僕は。だけど……言い出せなかった。ディダン兄さんなら、きっと偽物の遺言状でも作らせるんじゃないかって。本当にそうなったんだ」
ディダンからすれば本物の遺言状が期せずして消えてしまった。自分が本物を奪ったなら安心してすり替えができるけど、期限内に動かなければ長男モールが当主になる。
だから次男はギリギリまで動かなかった。動けなかったのね。
私はトリアに促した。
「予想通りになったのね」
「なるかもしれないくらいの気持ちでした。ディダン兄さんは僕を守ってくれるって……だから、そのままディダン兄さんが当主になればいいと……思ってた。僕は楽に生きたかった。クズなんです、僕は」
ディダンはトリアを飼うと言った。トリアもそれで良いと思ってた。
「だけど、貴男はこうして自ら犯した罪を告白したのね」
「はい」
「どうして?」
「あのモール兄さんが、こんなダメで利己的な僕に……謝ったんだ。謝って欲しかったわけじゃないけど、胸の奥が痛くなって……そのあと、僕を褒めてくれた。自分に失望して、モール兄さんが、やっぱり家長に相応しいって思ったんだ」
ちゃんと長男の思いは言葉を通じて三男の心に届いたのね。
ディダンが吠えた。
「待ってくれ! 待ってください王妃様! トリアが持ち出した遺言状は開封済みだった! 中身を入れ替えることもできたはずだ! 偽物なんです!」
「落ち着いてディダン。三兄弟はそれぞれ封蝋の印も封筒も便せんも、書状に捺す証印も持っているでしょう? 開封されていようといまいと、文字さえ真似ることができたら、この三人の誰でも偽の遺言状が作れてしまうの」
「な、ならやっぱりトリアの遺言状が偽物の可能性だってあるじゃないですか!」
「だから調べないとね」
書記官シャーロットの手が止まった。
「二つの遺言状、果たしてどちらが本物なのですかキッテ様?」
「二つを並べて見比べてみましょう」
テーブルに左右対称になるようにして置いて見比べる。
一目瞭然だった。片方はディダンにすべてを譲るという簡素な文面。
もう一方には――
三人の兄弟が力を合わせてブレイド家を守って欲しいという先代の願いから始まり、次期当主にはモールの名前があった。
文章はまだ続いているのだけれど。
次男ディダンが気づいて声を上げる。
「なんだよこいつは? 封蝋の刻印も証印も偽物じゃねぇか。証書の透かしまで別モノだ」
見ればトリアの持ち出した本物とおぼしき遺言状で使われている、ブレイド伯爵家の家紋のすべてが、違っていた。
一本の剣の家紋のはずが、三本の剣が交わったデザインの別モノ。これって……どういうことかしら?
私の見立てだと、トリアの方が本物のはずなのに。
三男が次男に言う。
「ねえ、もうやめない? ディダン兄さん」
「はあ? 負けそうだからって引き分けで手打ちってか?」
「どう思ってくれても構わないよ。けど、父さんは三人で家を……ブレイド伯爵家を守ってほしいみたいなんだ」
ディダンは首を左右に振った。
「偽物はそっちだろ。まったくバカもここまでくると救いようがねぇな。トリア……飼い主を噛む駄犬がどうなるか、わかるよな? お前も追放だ」
「そっか……残念。僕も不思議だったんだ。家紋が違うって」
トリアは懐から紙を取り出した。本物の遺言状には二枚目の書状が入っていた。それを隠していたのね。
ディダンが目を細める。
「なんだ、そいつは?」
「父さんは僕ら三人で家を守って欲しかったみたいなんだ。次の代から家紋を変えるつもりでいたんだよ」
三男が最後に提出した遺言状の二ページ目には、新しい家紋のことが書かれていた。
この遺言状に使われた新しい刻印と証印。それに書状に使われる透かしの入った紙。
その隠し場所について。
私はゆったりと席を立つ。
「では、行ってきますね。隠し場所へ。三兄弟はここに待機。兵士たちが見ていますから、くれぐれも下手な気は起こさないように。シャーロットも見張っててね。」
「はい、ホークス家の名にかけて」
誰でもないディダンに言う。なにせ部屋の壁には剣が掛かっているのだし。
「グレゴール、貴男も来てちょうだい」
「は、はい王妃様。仰せのままに」
二ページ目に記されていたのは、離れにある書斎だった。
そこの隠し金庫に新しい家紋の刻印がしまわれている。金庫の暗証番号も記載されていた。




