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聞き上手のキッテ様【連載版】  作者: 原雷火
とある伯爵家の三兄弟をめぐるお家騒動のお話
74/82

74.嘘には嘘で対抗するしかないみたいです

 老家令がペーパーナイフを取り出すと――


 少年が声を上げた。


「待って。開ける前に……」


 三男トリアだった。家令は手を止め、全員の視線が集まる。トリアは兄二人をそれぞれ見ると。


「ねえディダン兄さん。もし、兄さんが家長になったら、あの約束は守ってくれるんだよね?」

「ああ、安心しろ。飼ってやるよ。最後まで責任を持ってな。お前は一人じゃなんにも出来ないんだからよ」


 見損なったわ。保身のために念押しするなんて。さっきも……ううん、それまでも長男モールは貴男が一人前になるように、促しているのに。


 さっきだって、モールはトリアを当主にしたいって言ったのに。


 信じようとしてくれているのよ?


 思わず、口を開く。


「ねえトリア。本当にいいの?」


 少年は下を向く。


「僕が何もできないのは……ディダン兄さんの言う通りだから」


 ずっと自分を諦めてしまっていたのね。誰にも認めてもらえない。信じてもらえない。

 長男はずっと三男を想っていたみたいだけど、言葉にしないと伝わらないわよ。


 モールを見つめて、私は微笑む。


「厳しいだけでは育たない花もあるの。優しさだって必要よ」

「キッテ……様」

「トリアのことをどう想っているのか、ちゃんと言葉にして伝えてあげて」

「ですが……」


 ソファーの小脇に置いたバスケットの中から「ニャア」と鳴く声がした。

 そうなのね。やっぱり。


 籠の中には鍵尻尾の黒猫が丸くなっている。死の匂い、感じてるみたい。

 モールの病状はもう、進みきってしまった。


 長くても半年。一ヶ月後にどうなっているかもわからない、肺の病。ブレイド家の先代と同じ。


 長男が「自分は父親と似ている」と言っていたのは、同じ病気を患ってしまったから。遺伝したものが、父親よりもずっと早く発芽してしまったのね。


 私は告げた。


「時間、無いのでしょう?」


 長男の表情から、緊張が解けた。眉間に刻んだしわが消えて、諦めたような……解放されたような柔和さになる。


 一度、目を閉じると青年はゆっくり息を吐いた。

 背筋を正し、三男に向くと。


「トリア……すまなかった。お前がやればできる人間だと私は知っている。兄二人の背中に隠れているのはもう、終わりにしようじゃないか。自分で道を選び、進み、つかみ取ってほしい。私たちの弟なのだから。マイペースでのんびり屋なのが、今は悪い方に向いてしまっているだけだ。裏返せば、お前には私やディダンが持たない、誰かを……敵さえも許すことができる大きな器がある。大器晩成という言葉があるように、きっとお前は立派な当主になる」


 長男は深々と頭を下げた。ちゃんと伝わったかしら。


 トリアはぶるりと背筋を震わせる。次男が口を挟んだ。


「おいトリア。騙されるんじゃねぇぞ。こいつの……モールのやり口だ。王妃様まで利用して、お前を惑わせて味方に引き込もうって魂胆なんだよ。俺を信じろ。お前の幸せは俺の下につくことだ。そうだろ?」


 トリアの頬を涙が伝った。


 ディダンが忌々しげに吐き捨てる。


「どうなっても知らねぇからな。もういいだろ。おいジジイ……開封だ」


 次男の用意した偽の遺言状にペーパーナイフの刃が通る。


 遺言状はブレイド伯爵家の家紋の透かしが入った紙に書かれていて、先代の署名と一本の剣を模した証印も捺されていた。


 内容を家令が読み上げる。その声が震えた。


 当主にはディダンを選び、財産分配などは行わず全権と全財産をディダンのものとする。


 ただ、それだけ。


 次男はわざとらしく驚いてみせた。


「こりゃあびっくりだな。まさか俺に全部くれるなんてよ。親父もちゃんと見てたんだ。この家に必要なのが誰かって。つーわけだから、モール……お前は追放だ。トリアは約束通り、このまま飼ってやるぜ」


 あり得ないとばかりに、ずっと筆記係だったシャーロットがペンを置く。


「なぜ次男のあなたが選ばれたのです? これまでの実績を踏まえれば長男モールのはずです」

「外部の人間は黙ってろよ」


 捜査令嬢が言い返そうとしたのを、私は手で制した。ステイよシャーロット。


「くっ……ですがキッテ様」

「一旦落ち着きましょう」


 勝ち誇った顔のディダンが「さすが王妃様。落ち着いていらっしゃる」と目を細める。

 貴男に褒められてもちっとも嬉しくなんてないわよ。


「私は証人ですから。一応、不備がないか遺言状を見せてもらっても構わないかしらディダン?」

「もちろんです」


 老家令から書状を受け取ると、私は三日三晩集めてもらった情報と照らし合わせる。


 うう、困ったわね。もう少し文章が長ければ矛盾点を見つけられたかもしれないけれど……。


「文字は先代当主のものなのよね?」


 質問には家令が「はい、間違いが無く」とうなずいた。贋作師は腕利きだったみたい。


「遺言状というにしては、あまりに文が短くないかしら?」


 ディダンが作り笑顔で言う。


「親父らしい潔い名文ですよ。これは」

「それに財産分与も貴男に一任するなんて、なかなか大胆な判断ね」

「俺をちゃんと評価してくれたってことです」


 仕方ないわね。

 揺さぶり、掛けていくしかないわ。犯人だけが知っている情報を引き出す作戦に変更よ。


「ところで……最近、貴男は一人で王都でも治安の悪い地区に遊びに行っているそうじゃない?」

「はい? なんですって?」

「目撃情報があったのよ」

「行ってないですよ。恐らく誤報ってやつでしょう」

「最近、騎士団と王都警備兵シティガードが、その治安の悪い地区で犯罪者の一斉検挙をしたの」


 ディダンが視線を外した。


「急にどうしたんです王妃様? 今はそんな世間話より、俺が伯爵家を継いだことを承認してくださいよ」

「ええ、この話が終わったらね。これから王家に臣従するのでしょう? 私の言いたいこと、伝わるかしら?」

「うぐっ……」


 王妃の立場で黙らせて、私は続けた。


「とある男がいたの。借金まみれだったのに、急に全額返済して、しかもよほど割の良い仕事をしたみたいね。豪遊していたみたい」

「それが……なんです?」

「ところでディダン。貴男、少し前に名馬を所有していたそうね」

「飽きたから売ったんですよ」

「家一つ買えるくらいの額になったんじゃないかしら」

「なにが言いたいんです王妃様?」


 長男も三男も老家令もシャーロットも、全員が息を呑む。


「実は王都警備兵が検挙した中に、贋作師がいたのよね。借金返済して豪遊していた男……こちらで身柄を拘束しているわ」


 私は嘘を吐いた。贋作師は身元不明の遺体として見つかっている。

 殺したのはディダン自身。世間じゃ誰かもわからない死体の正体を知っているのは、手に掛けた犯人だけ。


 だから――


 このブラフに引っかかってくれれば、そこから突き崩せる。「そんな! ヤツは死んだはず」とでも、言ってくれないかしら。


 ディダンは握った拳をゆっくり開いた。


「犯罪者は一人残らず処刑してしまいましょう王妃様。情けは無用です。更生なんてするわけがないんです。性根が腐っているんだから。殺してしまっていいんですよ」


 耐えたわね。バカだと思ってたけど、やるじゃないの。けど、これで証明できたわ。


 王妃の私に平気で嘘を吐く……ってことが。


 ディダンは偽の遺言状で伯爵家を乗っ取るつもりでいる。仕方ないわね。


 贋作師の家から出てきた仕事の帳簿に、ディダンの名前があった。と、こちらも偽の証拠を使うしかないかもしれない。


 偽物には偽物をぶつける。公平な裁判ではないし、この男に爵位を継がせるわけにはいかないわ。


 長男モールが大きく息を吐いた。


「ディダン……お前、そこまでしたのか」

「敗者は黙ってろ」

「偽の遺言状を用意させたのか?」

「言いがかりか? たまたまそういう事件があっただけだろ」

「紙も封筒も証印も本物を用意できるのは、私たちだけだ。贋作師が証言すれば、お前は終わりだぞ」

「遺言状が偽物だっていうのか? 疑うなら証拠出せよ? あんのか?」


 モールは押し黙った。仕方ないわね。私がやるしかないみたい。


 そう、覚悟を決めかけた時。


 三男トリアが顔を上げて、私をじっと見た。


「王妃様。ディダン兄さんの遺言状が偽物だって証拠……あります」


 彼は上着の内ポケットから、偽の遺言状とそっくりそのままの封筒を取り出した。


 もしかして本物? 消えたはずの本物の遺言状なの?


 この騒動――遺言状消失の真犯人はトリアだったってことなの!?


 次男ディダンの顔から血の気が引いて真っ青になった。


 どうやら、大逆転が始まりそうね。

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