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聞き上手のキッテ様【連載版】  作者: 原雷火
とある伯爵家の三兄弟をめぐるお家騒動のお話
73/82

73.後継者争いが開幕してしまいました

 三日後――


 ブレイド伯爵家に私はいた。準備はできる限り、整えてきたつもり。


 持ち込んだのは大きな蓋付きのバスケット。一応、中に切り札が眠ってる。使うことになるかは、正直わからないけど。


 広い応接室の壁には家の象徴ともいえる剣が掛けて飾られていた。


 そこに三兄弟と、三日前よりもさらにやつれた老家令。


 屋敷には私の護衛という名目で、普段の三倍の兵士が詰めていた。


 ソファーの隣に捜査令嬢シャーロット。今日もペンを手に帳面にメモを書く。


 王妃立ち会いの下、本日、この場でブレイド伯爵家の後継者が決まろうとしていた。


 老家令が震える手で、用意した原稿を読み上げる。


「ブレイド伯爵家の家訓にのっとりまして、消えた遺言状を無効とし、即座に長男モール様に、家督の移管を行いたく……」


 結局、本物の遺言状は出てこなかったのよね。犯人にとって不都合なら残しておく意味もないし。


 狐顔の次男ディダンが長い足を組み直した。


「待てよジジイ。このままじゃお前が詰め腹きって死ななきゃならねぇんだよな」

「今回の不始末はすべて、わたくしめに責任がございますディダン様」


 長男モールと三男トリアも見守る中、次男は立ち上がった。


「そんな可哀想なことはできねぇよ。実はな……今日まで黙ってて悪かったんだが……偶然見つけたんだ」


 ディダンはテーブルに遺言状を置いた。


 封筒も封蝋もブレイド家の家紋――一本の剣が刻印されたものだ。


 ぱっと見だけど、開封された痕跡は無いわね。


 次男が出してきたものは、偽物。しかもディダンの動きは私よりも早かった。


 昨夜、王都を流れる水路で男の変死体が見つかった。王都警備兵シティガードが身柄を確保する前に――


 追加報酬を払うと呼び出して、ディダンが贋作師を殺害してしまったの。


 ルリハたちは殺害現場で目撃。見聞きはできるけど、凶行を止める力は無かった。それにルリハの証言じゃ告発できないわ。


 次男自ら動いたのも、他の人間を一切信用してないからね。遺言状が贋作であることを知るのは、彼からすればこの世に二人しかいない。


 依頼者の自分と、作った贋作師。


 贋作師さえ消せば家督を手にできる。行動力のあるバカって怖いわね。


 まさか同席している私が、全部知っているなんて思ってないみたい。勝機はそこだけ。


 提出された偽の遺言状。ここから対応を間違えたら、本当にディダンが当主になってしまうわ。


 がんばらないと。


 偽の遺言状の登場に、長男モールは……意外にも冷静。というか、静観の構えってところかしら。


 一方、マイペースな三男トリアが目を丸くした。


 不思議なものね。驚くなんて。

 

 老家令が恐る恐る次男に訊く。


「こ、これは……いったいどこで?」

「家の廊下に落ちてたぜ。ったく、誰かが悪戯でもしたんだろ。たちが悪い。けど安心しろ。俺が守ってやったんだ。開封もしてない。確認しろグレゴール」


 家令は封筒を手に取った。きっちりと封がされている。一度封蝋を外して接着しなおした様子もない。


 当たり前よね。偽の遺言状といっても封筒や便せん、封蝋の刻印はディダンが用意したでしょうから、本物。


 老家令は深々と頭を下げた。


「あ、あああああありがとうございますディダン様。では、こちらの遺言状を開封いたします。キッテ王妃様……証人をお引き受けいただき、誠に、誠に感謝いたします」


 私にもお辞儀。


「ええ、この場は王妃キッテが証人になるわ」


 と、言ったところで――


 三男トリアがソファから立った。


「待って。ねえ、その遺言状……いいのかな」


 ディダンが鋭い視線を弟に向ける。


「いいもなにもねぇだろ」

「僕らで話し合いをして決めない? ねえ、モール兄さんも」


 黙ったまま腕組みしていたモールは……沈黙。

 何かをずっと考え込んでるようにみえた。


 部屋に響くのは書記官シャーロットのペンが走る音だけ。


 ディダンが吠える。


「ならモール! 家長になるのを辞退しろ! トリアも俺がいいよな? 一生苦労はさせねぇからさ。俺がブレイド伯爵家を継ぐ! きっと天国の親父も望んでるぜ」


 長男はゆっくり首を左右に振る。


「お前だけはダメだ。父上が許すはずがない」

「なんでだよ? どうしてそんなことがわかる?」

「人の上に立つ器ではないからな」

「お前ならいいってか?」

「剣で私に勝ったことがあるか?」

「チッ……その話はよそうぜ」


 長男モールはそれでも低く落ち着いた声でディダンに圧をかけ続ける。まるで親が子供を諭すみたいに。


「座学にせよ創作にせよ、ディダン。お前はなんでも中途半端だ。口ばかりで本気で取り組むことがない。すぐに諦める。そして別の方法で勝とうとする。試合相手の剣を脆いものとすり替えたり、試験ではカンニングペーパーを仕込んだり、創作物にいたっては自身の作品ですらないものを買い取って、最後の署名だけをする。そんな人間に当主は務まらない」


「う、うるせぇ! クソがッ! 俺だって……お前さえいなきゃ、俺が一番なんだ。邪魔なんだよお前は! いつもいつも、いいところで出てきやがって。俺が欲しいもの全部、かっさらいやがって。親父はお前しか見てねぇんだ。わかんねぇんだよ! 全部持ってるヤツには、持ってない人間の気持ちなんてなッ!!」


 次男の怒りの声はモールだけでなく、家中の人間すべてに向けられてる。そう、感じる。 モールが真面目で才能もあったから、ディダンは何をしても上手くいかなかったみたいね。


 だからといって、不正に手を染めて良いわけじゃないの。


 ディダンは老家令から遺言状の封筒をひったくった。


「ならやっぱりこいつで勝負だ。親父が後継者を決めたなら文句はねぇよな!?」


 さあ、勝負ね。私も贋作遺言状の内容はわからない。けど、今日まで集めた情報は頭の中に詰め込んである。


 どんな些細ささいな矛盾でも見つけて、指摘して、偽物だと証明してあげるんだから。


 氷の微笑の仮面を被り、私は臨戦態勢に入った。シャーロットが引っかき回さないように、彼女には「一字一句、書き留めて」とお願いしてある。


 偽の遺言状を見せつける次男に長男が静かに口を開いた。 


「ディダン……私は……当主にはトリアを推したい」


 ああ、やっぱりそうなのね。健康上の問題もあって、モールは自分ではなく三男トリアに期待していたみたい。


 それを知らない次男は。


「はぁ!? 狂っちまったのか?」

「人を陥れることばかり考えるお前より、よほどまともだ」

「ハッハッハーッ! こいつは傑作だな。よりにもよってトリアだと? 自分一人じゃなんもできねぇ。考えもねぇ。目標もやる気もなんにもねぇ。ただ楽に生きていたいだけじゃねぇか」

「確かに自立心も自主性も足りない。が、まだ育っていないだけだ」

「チッ……なあトリア。お前はどうなんだ?」


 ずっと大人しくしていた三男が下を向いて黙り込む。

 ディダンはにんまりわらった。


「だとよ兄貴。トリアは当主なんてやりたくねぇってさ。話し合いじゃ解決しねぇな。おいジジイ! とっととこいつを開封しろ」


 偽の遺言状が再び、老家令の手に渡った。


 十中八九、後継者に指名されるのはディダンよね。絶対に偽物だと糾弾きゅうだんしてあげるのだから。

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