72.ルリハの調査能力は王国一ですね
翌日午前――
森の屋敷の二階の部屋で、テーブルにルリハたちが集まった。
おやつの時間には早いけど、クッキーをみんなに振る舞う。丸いクッキーの真ん中に薄い茶色のクリームを一緒に焼き込んだものね。
「サクサクうまーい!」
「このアーモンドのクリームって、国王様が好きなガトーデロワのやつかな? かなかな?」
「バターとアーモンドで濃厚ッスね」
「カロリーやばそ。でも食べるけど」
「ダイエットしてんの?」
「別にーしてないしー」
今日もわちゃわちゃ、元気そうね。
「じゃあ、今日はみんなに聞いてもらおうかしら。食べながらでいいから」
「「「「「はーい!」」」」」
私はシャーロットから借りた二冊の帳面をめくる。
確認しながらブレイド伯爵家の後継者問題と、三兄弟に消えた遺言状のこと。他にも私が気づいたことや感じたことをルリハたちにお話した。
一通り説明してから。
「というわけで、みんなには今から情報を集めてきてほしいの。三兄弟の噂とか、目撃情報とか。あと、気になったこととか」
クッキーを食べ終えて、ルリハたちは「「「「「総出撃ー!」」」」」と、一斉に飛び立っていった。
屋敷の窓から青い塊になって飛んでいく。
ああもう、目立ってしょうがないじゃない。とはいえ、私がルリハたちに大盤振る舞いしてることは、お菓子を焼いてくれる老執事はもちろん、護衛の兵たちも知ってるわよね。
遅れて――
「グワッグワ!」
部屋の廊下側からアヒルの声がした。招き入れてクッキーをごちそうしつつ、話しかける。
「実は今、大変な事件の調査をしてるのよ」
「グワワッ!」
あっ……アヒル語翻訳ができる子まで、情報収集に飛び立っちゃったみたい。
意思疎通できないわ。とりあえずルリハたちの帰りを待ちましょう。
「今日は私とお留守番ね」
「グワグワッ!」
あら、私の言葉がわかっているのかしら。クッキーを咥えながらマドレーヌはうんうん頷いて、丸くて白いお尻をプルルっと揺らした。
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ああもう、早い。情報を持ち帰ってくるのが早すぎる。ルリハたちは「クッキーのカロリーを消費しなきゃでがんばりましたぞ!」ですって。
諜報部の子を中心に、王都の中でも治安がよくない地区。
観劇好きの子たちは貴族街。
他にもそれぞれ、自分たちで心当たりの有る辺りを巡ってきたみたい。
とにかく、ブレイド伯爵家に関する噂も、無関係そうなものも、手当たり次第に大量に集まってきた。
一羽一羽ずつ聞いていたら時間が足りないわね。
ルリハたちと過ごすようになって、聞く力が私も鍛えられたみたいだから、三羽四羽と同時に報告してもらった。
それでも追いつかないけど。
人間が調査していたら、何ヶ月かかるかって思っちゃう。やっぱりすごいわね、ルリハって。
今回はともかく手当たり次第なので、無関係な情報を私が判断して除外して、もっと欲しいと思ったところには再調査をお願いした。
結局、色々あって夕方――
いくらたくさんヒントがあっても、ここで私が見当違いな推測をしたり、本当に重要な言葉を拾い損ねてしまったら……って思う。
責任重大。みんなにもこうして、何度も飛んでもらっているのだもの。
しっかり聞いて、考えて、判断しなきゃ。ブレイド家の老家令グレゴールの命がかかっているのだもの。関わった以上は、なんとかしてあげたい。
ルリハたちの囀りを絞り込むうちに、だんだんと輪郭が浮かんできた。
町中の声の一つ、井戸端会議でも独り言でも、それってパズルのピースでしかないのよね。
欠片だけでは何の意味ももたなくても、はまるピースを集めていけば一枚の絵になっていく。
わかったことの一つ目。
長男モールに関する断片たちをつなぎ合わせたら、彼は兄弟や老家令にも秘密にして、時々お忍びで出かけているみたい。
女性と密会していると噂もあったけど、行き先は魔法医の元だった。個人医だけど腕利きの名医ね。
わざわざ変装して通っているみたい。薬を処方されているけど、治すためのものというよりは、症状を抑えるもの……ね。
モールは病気だった。昨日、会って話した時の咳は、薬が切れかけていたのかも。
それからモールは、家中の近しい人間に「私はブレイド家を継ぐことはできない」って、漏らすようになったみたいね。
シャーロットの調査メモにはそんな情報は無かったから、本当にルリハの諜報能力ってすごいかも。
この二つの出来事。繋がるわね。熊みたいにガッチリにみえたモールだけど、実は大病を患っている。健康上の不安があるから、家を継ぐことはできないと自分の味方になる人間に弱音を吐いてしまった。
けど、表向きはそれを悟られないように取り繕っているのね。わざわざ化粧までして。身だしなみじゃなく、顔色の悪さを隠すためだったのよ。
そこまでする理由は、やっぱり次男のディダンに弱みを見せないため……よね。
次にディダンの情報。諜報部の腕利きたちって、王都の裏社会にも精通しちゃってる。
どうやらディダンらしき人物が治安の悪い地区に出入りしていたみたい。
しかもこの数日で頻繁に。
そして、とある裏家業の男が同じ時期に、溜まっていた借金を一気に返済。
急に羽振りが良くなって、豪遊してるみたい。この男の仕事というのが……。
「贋作師……ね。凄腕の」
偽物を作る仕事をしていて、主に帳簿の改ざんとか契約書の偽造とか、文字を真似たり証印をそっくりに作ったり。
いったい何を偽造しようというのかしら。なんて考えるまでもないわね。
次男のディダンは自分に有利になるような遺言状の偽物を作らせたのよ。
本物を処分して偽物を出すつもりかもしれないわね。けど、どこで見つけたというつもりなのかしら?
それに偽物にすり替えるならわかるけど、盗み出して大事にする理由は?
あーもう、よくわからないわね。
すぐに王都警備兵を向かわせて、身柄を確保してもらうように騎士団長ギルバートに神の手紙を書いた。
私がブレイド伯爵家を訪ねてすぐに、神の手紙でピンポイントに関係者と共犯関係にありそうな贋作師を告発するなんて、あんまりにもすぎる。
なので、他にもその地域で活動している悪人の名前もいくつか書き添えておいた。
木を隠すなら森。犯罪者を隠すなら犯罪者一覧ね。
さてと――
一段落ついたけど、あれ? おかしいわね。ここまでおかしなことはあったけど。
帰ってきてテーブルに集まるルリハたちに訊く。
「ところで三男トリアの情報はないのかしら?」
みんなお互いに顔を見合わせて、首を傾げていた。
「お前知ってる?」
「いや、知らんし」
「誰か町で三男の目撃情報なかったんか」
「ねぇんだな、コレが」
「逆に怪しくなくって? ありえませんわよ? わたくしたちの目と耳から逃れるなんて!」
長男も次男も行動する時は人目を忍んで、情報が漏れないように気をつけていたでしょうけど、それすら掘り起こすルリハたちが……三男トリアについて何も掴めてないの?
これって異常事態かも。
一羽がぴょんと、前に出た。
「発言の許可をいただきたい!」
「はい、じゃあ貴方。話してちょうだい」
「ご指名感謝いたしますキッテ様! 自分はブレイド伯爵家の家中の人間を中心に調査しました。家中の者たちは長男モール派と次男ディダン派に別れ、三男トリア派といえる人間はおりません。また、トリアは極度の出不精で、いわゆる引きこもりであります! 他者と繋がりが希薄で会話する機会がそもそもなく、本人も独り言などしないのであります!」
ガードが固いというか、そもそも「喋るのも面倒くさい」と思ってそう。
「日記かなにかつけていないかしら?」
「毎日ペンを取るような人間でないことは確認しました!」
「トリアの趣味は?」
「半日ほどですが見ていたところ、何もせずボーッとしてばかりであります! 家中の人間たちからもほぼ、空気扱いです!」
家の中でも独りぼっちなのね。なんだか可哀想に思えてきたわ。本人にやる気がないのも、兄たちへの劣等感から諦めてしまったようなものだし。
トリアのことはわからずじまい。情報収集も空振り……と思ったら。
前に出たルリハが片翼を上げた。
「キッテ様! 思い出しました! 一人だけ三男に声を掛けた人物がいるのであります!」
「一体誰かしら?」
「家令のグレゴールであります! グレゴールとは言葉少ないですが、会話をしているのであります!」
なるほど。ブレイド伯爵家の中で、老家令だけはトリアを気に掛けていたみたいね。
だけ……でもないかしら。長男モールもトリアを気にしている。ただ、トリアが望むような接し方ではないけれど。
次男のディダンは家督争いが始まるまでは、トリアを無視していたみたいだし。
もし老家令グレゴールが三日後、自害することになったらトリアの味方はいなくなってしまうのね。
私はルリハたちに号令を出した。
「今日はご苦労様。だけど、情報はあるだけ助かるわ。残り二日と少しだけど、集められるだけ集めて報告してちょうだい。早く伝えたいことがあったら、王宮の寝室の窓を少しだけ開けておくわ」
「「「「「了解でーす!」」」」」
と、そこでまた、別の一羽が前に出る。
「キッテ様~! ヘルプ入ってもらっていい?」
「ヘルプって?」
「夜はコウモリたちも動員できるかもぉ」
そうだった。上半身裸のコウモリ仮面。ヴェルミリオン・ブラッドレイが使役するコウモリたちとも、ルリハはやり取りできるのよね。
「お願いするわ。ヴェルミリオンには私から、後日お礼をするから。眷族たちは普段から悪人関係の情報も集めていたでしょうし、直接話を訊いてみてちょうだい」
「はーい!」
夕闇に向けてルリハたちが飛び立っていくのを見送って、私はほぼ一日を過ごした森に屋敷から王宮に帰る。
レイモンドに「今日は朝からずっと向こうだったね」と心配された。
「ええと、本でも書こうかと思って、考え事をしていたら一日が終わってしまったの」
と、嘘を吐いてしまった。本当の嘘にしないためにも、いつか本当にお話でも書いてみようかしら。孤児院の子供たちにしたみたいに。




