71.シャーロットと二人で事件を整理してみたけれど
離れの書斎でシャーロットと二人になった。対面側のソファーに少女がちょこんと座る。
帳面をペラペラめくる迷探偵。うんうん頷き。
「さすがですキッテ様」
「別になにもしていないわよ?」
「わたくし、感激しました。あの非協力的な次男から本音をスラスラと引き出すなんて。まるで流れる水が滝となって大河に降り注ぐように。情報の大瀑布です」
「褒めすぎよ。本当に何もしていないのだから。というか、シャーロットさんはいつも証人にどんな聞き込みをしているのかしら?」
「攻めて攻めて攻め続けます。拳を降ろしたときが試合終了。容疑者たちに負けるわけにはいきません」
「質問ばかりして相手が話す機会を奪っていては、隠し事や秘密を漏らしてくれないんじゃない?」
「なっ……なるほど。相手に先に打たせる作戦。お見それいたしました」
しきりに彼女は「さすがです」を繰り返して、帳面に私の言葉を記した。
メモするのはいいけれど、ちゃんと頭の中に入っているのか心配。
ペンを走らせる手を止め、シャーロットが顔を上げる。
「ところで、キッテ様にはもう誰が犯人なのかわかってしまったのではありませんか?」
「わかるわけないでしょう。話を少し、聞いてみただけじゃない」
「わたくしにもまだ秘密なのですね」
「買いかぶりすぎよ。ところで、貴女は誰が怪しいと睨んでいるの?」
「当然、次男のディダンしかあり得ません。あの男の態度といったら、キッテ様になんて失礼な。わたくしに叔父様ほどの剣の腕があれば、鍛錬と称して骨の一本でも二本でも折ってやりたいところです」
赤いドレスの少女は立ち上がると、ペンを剣に見立てて「えい!」と振る。
確かに話してみた印象だけなら、ディダンは当主の器ではないわね。
例えば次男が遺言状を盗み出し、中身を確認したらどう動くかしら?
万が一にもディダンが後継者に選ばれていたなら、綺麗に封蝋をしなおして戻して元の場所に遺言状を戻しておくでしょうね。
消えてしまったら、それはそれで次男にとっては――
「このまま遺言状が出てこなかったら慣例的に長男モールが次のブレイド伯になるんじゃないかしら」
「あっ……そ、そうでした」
いそいそとソファーに座り直して、帳面をめくる。
「となると、長男モールが犯人ということになってしまいます」
「あら、なんだか残念そうね」
「モールは長男として立派に責任を果たそうとしているようですから。三男トリアに対しても、厳しくも自立を促しています。水を少なく育てることで、果肉は甘くなる。北風の厳しさが海の男たちを屈強に育てるように」
「立派な人物なら、遺言状を隠したりしないというのね?」
「そっ……それはわかりませんけれど……ハッ!? まさか、一見すると善人な長男が実は犯人だったという王道でしょうか!? うう、今回ばかりは納得がいきません。一度開封した発泡性のワインに封をしなおして三日後に飲むようなものです」
例え話になっているのかしら、それ。
とにかくシャーロットの心情的に、このまま遺言状が見つからずモールがブレイド伯爵家を継げばいいという雰囲気ね。
トリアについての印象も聞いておきましょう。
「三男の子はどうかしら?」
「今回の事件には無関係でしょう。元々、長男か次男かどちらが伯爵家を継ぐかの争いです。どちらに転んでもついて行くだけ。やる気もないようですし、家督にも興味なし。むしろ遠ざかりたがっているようにみえますし」
遠ざかる……とは、良い表現じゃない。面倒事は嫌い。責任も負いたくない。トリアと話して受けた印象は、まさにシャーロットの言った通り。
シャーロットがペンのお尻を自身の顎に当てる。
「急がないといけません」
「あら? どうして?」
「ブレイド伯爵家の家訓で、あと三日で当主を決める必要があるそうなのです」
「やだ、そういうことはもっと早く言ってくれないと」
「しっ……失礼いたしました。ですがキッテ様の推理力なら、謎を解き明かすのは朝飯前。いえ、むしろ午後の紅茶の前と……」
私をなんだと思っているのかしら、この子。
三日の時間制限か。肝心なことを後出しにされても困るわよ。
どのみち、遺言状が消えたままならあと三日でモールが家督を継いで事件は終わりを迎えることになりそうね。
現状、遺言状に最も名前を書かれていそうなのは長男モール。
遺言状が消えても、家督を継ぎそうなのも、モール。
次男のディダンはなんとしてでもモールに勝って、家督を奪いたい。
三男トリアは義務や責任を嫌っていて、兄のどちらでもいいから従って楽に暮らしたい。
そういえば、この事件にシャーロットが首を突っ込んだのって……。
「ねえシャーロットさん。貴女がこの事件に巻き込まれたきっかけってなんだったのかしら?」
「三兄弟の母親……先代ブレイド伯の妻に当たる人物がホークス家の人間だったので、姻戚という関係もあります。それと……先日の国王陛下襲撃と青い宝石徽章の強奪事件で、わたくし依頼を受けることも多くなって依頼を受けました」
「誰からの依頼だったの?」
「家令のグレゴールですけど」
憔悴しきっていたグレゴールから? たしか老家令は責任を感じて、自害しようとまでしていたわよね。
それを止めたのは長男モールだったはず。
「そろそろ時間ね」
私とシャーロットは離れの書斎から本邸に戻った。ずいぶん話してしまって外は夕暮れ。
三兄弟に挨拶して屋敷の門の前へ。老執事が見送りに来てくれたので聞いてみた。
「今回の依頼は貴男からとシャーロットさんから聞いたのだけど、本当かしら?」
老執事の目が泳いだ。
「は、はい。間違い無く」
なんで動揺してるのかしら。
「貴男個人で依頼を? 伯爵家の後継者問題なのに、家令がするにはいささか越権行為に思えるのだけど」
「ええ……はい。その……隠し立てするつもりはなかったのですが……」
観念したようにグレゴールは肩を落とした。
「わたくしめからご依頼させていただきましたが、今回の件の解決を望んだのは……モール様なのです」
つまり遺言状捜索を望んでいるのは長男モールということなのね。
このまま時が過ぎるのを待っていれば、モールは確実に伯爵家を継ぐことができるのに。
グレゴールは申し訳なさそうに続けた。
「三日後、遺言状が見つからなければ、わたくしめは責任をとって死を賜ることとなりましょう。本来であれば、もうこの世にはおりますまい。今すぐわたくしめを罰していただきたい。死は覚悟しております。心残りは、お優しいモール様のお手を煩わせ、不要な混乱を招いてしまったこと……ああ、なんと我ながら情けない……」
遺言状が見つからなかったら、責任を取る形でグレゴールは死を選ぶ……ってこと?
モールが遺言状を盗んだとして、その捜索をグレゴール経由でシャーロットに依頼する。そんな自作自演があるとしたら、いったい何が目的なのかしら。
頭の中が混線してきたかも。
とりあえず今日はここまでね。
シャーロットを馬車に乗せて、護衛の騎兵に先導されながら一度ホークス家のタウンハウスへ。彼女を降ろすと王宮に戻った。
明日は朝から森の屋敷で緊急会議ね。私一人では手に負えそうにないわ。




