70.三兄弟に一人ずつ証言してもらいましょう
すっかり筆記係になったシャーロットが二冊目の帳面を取り出し準備万端。離れの書斎に長男のモールを呼ぶ。
一通り、話してみたけど、聞けたことはだいたい老家令と一緒ね。
会話の途中で長男はとっさにハンカチを手にすると、口を覆って咳き込んだ。
「ッ……ゲフッ……あっ……いや……失礼しました王妃様」
「体調が優れないのかしら? お父様を亡くされてからずっと気苦労も絶えなかったでしょうし」
「お心遣いありがとうございます」
がっしりとした見た目と声や態度で騙されていたけど、本棚で埋まって手狭な書斎で距離が近づくと、モールからうっすら化粧の匂いがした。
「お化粧なさるのね?」
「身だしなみには気をつけております」
身だしなみ? かしら。何かを覆い隠しているように思えた。
それから聞けた話といえば――
兄弟仲について。次男のディダンは目的達成のためなら手段は選ばず、人を傷つけることも平気でする。三男トリアは頼りないので、自立してほしいという。
家督をディダンが継ぐのだけは、どうあっても避けたいとモールは言った。
青年は続ける。
「幼い頃より長男らしく振る舞うようにしてきました。ディダンが産まれた時、兄として手本を見せていこうと心に誓い、トリアが産まれた時、兄弟三人で手を取り合ってブレイド家を守っていこうと……ゲフッゴフッ……失礼……弟たちがいないので、気が緩んだようです」
またハンカチで口を覆う。本当に大丈夫かしら。
「今日はこれくらいにしておきましょう。また、何かあったらお話を聞かせてちょうだいね」
「はい、王妃様」
深々と礼をしてモールは離れをあとにした。
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次男のディダンを呼ぶ。さすがに王妃の私には丁寧な口ぶりになったけど、端々で粗野というか乱暴というか、本性がにじみ出ているわね。
野心家でも頭が良いなら、相手を威嚇しかねない態度は包み隠すと思う。
だからディダンという人間は、あまり優秀とは思えなかった。
ソファーにどかっと座って狐顔が笑う。
「俺がブレイド伯爵家を継いだ暁には、家名を王国に轟かせますよ。だから信用してください王妃様」
「具体的にはどうするのかしら?」
「それは……これから考えます。ともかくモールと家中のモール派は全員追い出すところからです。あいつらがいるから、ブレイド家が繁栄しないんだ」
長男モールへの敵意を隠さない。ディダンは不機嫌そうに貧乏揺すりをした。もう少し探りをいれてみようかしら。
「兄弟仲はあまり良くないみたいね」
「トリアは俺に懐いてくれてますよ。モールは何かと口うるさいんで。弟はバカでなよなよしてて、見ていて腹が立つこともありますけど、従順ですから。可愛い弟です」
先ほど、本邸の客間で三人兄弟が集まった場でのディダンの言葉を思い出す。
飼ってやる……だったかしら。三男トリアのことをまるで愛玩動物扱いじゃない。
「モールのことはどう思っているの?」
「ガキの頃からずっと指図ばっかりしてくる、うざったい男です。そのくせ、周囲にいい顔するのは得意なんですよあいつは。親父にも気に入られて……あいつ……モールの奴、自分が親父に一番似ているなんて抜かしやがって……王妃様、あんな奴に騙されないでください」
先代ブレイド伯爵と似ている? わざわざそんなことをモールはアピールしたのかしら。
私は氷の微笑を浮かべた。
「貴男はずいぶんと素直な人みたいね」
「モールみたいにはなりたくないんです。俺は俺だ。俺が思うまま、ありのまま、自分に正直に生きていきたい。建前なんてくそ食らえですよ」
本音との使い分けは出来た方が人間関係も潤滑に保てると思うのだけど。と、私の場合は建前の方が多めかしら。ルリハたちのことも隠しているのだし。
ともかく、自分のやりたいようにやるというばかりのディダンは、子供が駄々をこねているようにしかみえなかった。
話してみてわかったのは、モールに対する敵対心が修復不能なレベルに達していることくらいね。
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三男トリアを書斎に招いた。眠たそうに目を擦り、あくび交じり。兄二人とは少し年が離れていて、まだ少年のあどけなさも残っている。
髪の色も兄たちより色素が薄いから、きっと早くに亡くしたという母親から多くを受け継いだみたいね。
ソファーにちょこんと座ったトリアと、ローテーブルを挟んで膝をつき合わせる。
「お兄さんたちのことを教えてくれるかしら?」
「ことって?」
「そうね、どういう印象だとか、仲が良いのはどちらかとか」
少年は「うーん」と小さく唸ってから。
「今はどっちも好きじゃないよ。喧嘩しだすとうるさいし」
「昔はそうでもなかったの?」
「父さんが元気なころは、うん。いつもディダン兄さんが怒られて終わるんだ」
「そうれはまた、どうして?」
「モール兄さんの方が正しいから」
「正しい?」
「そうだよ。真面目で誠実で、父さんが欲しいと思う解答しかしないんだ。勉強だってできるし剣術も桁違い。昔はディダン兄さんも剣だけならってがんばってたけど、モール兄さんには一度も勝てたことがないんだ」
「一度も? そんなに力の差があるの?」
「うん。何をやっても。歌も絵も詩作もだし」
「同じ兄弟なのに才能が違うのかしら」
トリアはゆっくり首を左右に振った。
「モール兄さんって寝ないんだ。いつも勉強してるし、いつも鍛錬してる。長男だから手本を示さなきゃって……あんなの人間の生き方じゃないよ」
対立する兄二人から一歩引いたところで、トリアは漂うようにしていたみたいね。
「貴男自身はどうなの? 何か一つでもモールに勝てるようなことがあったりしないかしら?」
「ないよ。だから僕は何もしない。ディダン兄さんにだって勝てるものがないんだ。僕がなにをどうがんばったって、兄さんたちには勝てないんだから……やらない方がマシ」
すっかり諦めてしまっているのね。
「ねえトリア。もし、二人の兄のどちらかについていくなら、どちらを選ぶつもりなのか教えてちょうだい」
「家督を継いだ方……だけど、正直わかんない」
「モールのことはどう思うの?」
「昔は好きだった……かも。モール兄さんはいつも僕に声を掛けてきて、勉強を見てくれたりするけど……最近は自立しろとか独立して一人でも生きていけるようになれとか、うるさいんだ」
「じゃあディダンは?」
「ほとんど無視されてた。本当に最近になってだよ。父さんが死んでから『俺に味方しろ』って。そうしたら一生楽な暮らしを与えてくれるって。面倒なのは嫌なんだ。だから……どっちに当主なってほしいかといえば、ディダン兄さんかな」
言ったあと、少年は下を向いた。
「けど、性格は最悪なんだよね。ディダン兄さんって」
最後に漏らした一言が、ふわふわとしていてつかみ所のないトリアの本音に思えた。
これ以上は気になった話もなく、トリアを離れの書斎から本邸に帰した。
うーん困ったわね。この三兄弟。
三人揃って、こじらせてるっていうかこじれてるっていうか。
一旦、情報を整理した方がいいかもしれない。
場合によってはルリハたちの力を、いっぱい借りることにもなりそうね。




