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聞き上手のキッテ様【連載版】  作者: 原雷火
とある伯爵家の三兄弟をめぐるお家騒動のお話
69/82

69.捜査しようにもすぐ口論になるから困りものですね

 シャーロットが調べたところ、遺言状を管理していたのはグレゴール。死んでお詫びしますとナイフで首筋を切ろうとしたところを、長男モールに取り押さえられる……なんてこともあったみたいね。


 遺言状の存在を知っていたのは三兄弟と家令だけ。先代が生前に伝えたみたい。


 他に誰か、遺言状の存在を知る者がいないかシャーロットは探したけど、見つからず。


 それだけに――


 容疑者は四人に絞られた……ってことみたい。


 運ばれた紅茶に口をつける。柔らかい口当たりね。香も開いているわ。グレゴールは腕が良いみたい。


 長男モールが私に深々と頭を下げた。


「この度は当家の不始末に際しまして、王妃様のお手を煩わせてしまったことを深くお詫びいたします」


 狐顔の次男が舌打ちした。


「ったく、こんな時でも点数稼ぎかよ」

「止すんだディダン」

「俺は事実を言っただけだろ。ま、探してりゃそのうちどっかから遺言状がひょいっと出てくるんじゃねぇか? 王妃様が証人になってくれるんなら、文句はねぇよ。そうだろ兄貴?」

「口を慎め。失礼だぞ」

「俺はお前に言ってるんだ」


 言うなりディダンは私に向けて「私が当主になった暁には、必ずや王国のため働いてみせます王妃様」と、別人みたいな口ぶりで言ってのけた。


 口が悪いのが素なのか、それとも演技なのか。


 三男は窓際で外を見たままね。何か数えているみたい。私はトリアに声を掛けた。


「貴男も一緒に紅茶はいかがかしら?」

「いらないよ」

「何を数えているの?」

「鳥、なんか木にいっぱいいるんだ」


 あっ……来てるわね。ルリハたち。この前の孤児院での騒動もあったから、余計に着いてきちゃってるかも。


 三男は少年らしい雰囲気で、口ぶりも素直だった。生真面目な長男が「トリア、王妃様に向かってその口ぶりはなんだ。もっとしっかりしてくれないか」と眉尻を下げた。


 あら、次男と比べると、言い方が少し柔らかい感じね。あくまで私の印象だけど。


 窓際からトリアがソファーの方にやってくる。


「僕はモール兄さんでもディダン兄さんでも、どっちが家長でもいいよ。勝った方に従うだけだから。けど……」


 なんだか言いづらそうね。ちょっと助けてあげましょう。


「でも、何かしら?」

「あのね王妃様、兄さんたちに質問していい?」

「ええ、私は構わないけれど」


 まずトリアは長男を見る。


「もしモール兄さんが家長になったら、僕を働かせるの?」


 変な質問ね。モールは腕組みしてうなずいた。


「当然だ。自分の面倒は自分でみるべきだろう。ブレイド家の人間らしく、誰にも頼れなくなった時に、自分の足で立ち上がって歩けるようにならねばならない」


 家訓なのかしら? ブレイド伯爵家は武門の家柄みたいね。家紋も剣だし。


 トリアは長男から視線を逸らした。すかさず次男ディダンが目を細める。


「いいかトリア。俺が家長になったらお前は自由にしていいぞ。俺の下で大人しくしてるなら、一生飼ってやるよ」


 ハッハッハと狐はソファーにふんぞり返った。笑い方も下品ね。うわべだけ取り繕う感じも、好きになれないわ。


 トリアはディダンにも視線を合わせないまま。


「じゃあ、ディダン兄さんが家長になるのがいいかな。面倒事は嫌なんだ」


 すると次男が楽しげに手を叩いた。狐というよりお猿さんね。


「だとよ兄貴? 二対一だな? どうだい? いっそ三人で投票でもしてみるか? 遺言状が出てこなかったらよ? それで決めちまうってのもありだと思うぜ」

「何をバカなことを言っている」

「んだと? こっちは建設的な意見ってのを出してやってんだろうが?」


 熊と狐がにらみ合う。ああ、もう。このままだと取っ組み合いの喧嘩か、下手をすれば刃傷沙汰ね。


 ブレイドの名を冠する家らしく応接室の壁にも剣が飾られていた。ちょっと怖いかも。


 ふと視線を横に向けると、シャーロットが帳面にペンを走らせていた。


 やりとりをメモしていたみたいね。一字一句丁寧に。


 さてと――


 困ったわね。三兄弟から話を訊こうにも、熊長男と狐次男がすぐ口論になってしまうのだもの。


 ここは王妃らしく命じてしまいましょう。


「どこか別の部屋で個別にお話を訊かせてもらえないかしら?」


 私の意図を汲んだみたいで、長男モールが組んだ腕を解いた。


「でしたら父の書斎が離れにあります。そちらでしたら静かにお話をいただけるかと」


 すぐにディダンが噛みついた。


「あーそりゃーいいな兄貴。うるさい奴がいなくってよ」

「自分のことを言っているなら、反省して口を慎めディダン」

「俺が当主になったら真っ先に追い出してやるよ」


 こうなっちゃうから別室で話がしたいのよ。私はソファーから立ち上がった。


「でしたら、案内してくれるかしらグレゴール?」

「は、はい、王妃様」


 老家令は慌て気味に声を上げた。 



 屋敷の離れの小さな建物は、ミニ図書館のように書棚が壁を埋め尽くしていた。

 あるのは他にオーク製の机と、ソファーにローテーブルくらいなものね。


 私とシャーロットが並んでソファーに掛ける。テーブルを挟んだ対面には……老家令。


 まずは彼の話を聞くことにした。


 遺言状は先代の死後七日後に開封することになっていた。それまではグレゴールが管理していたようね。


 開封の前日にグレゴールが遺言状を確認しようと机の鍵付き引き出しを開いたところ、遺言状が消えていた。


 鍵付きの引き出しだけど、シャーロットが検証したところ、鍵は簡素なもので心得があれば針金で解除できてしまう程度のものだったみたい。


 それまでグレゴールは三兄弟にも「どこに遺言状を隠したか」は秘密にしていた。


 金庫にしまっておくべきだったと、家令は後悔。まさか盗まれるとも思ってなかったみたいね。


 ただ――


「恐らくは、わたくしめが気づいていないところで誰かに見られていたのでしょう。遺言状をしまった場所を。不徳のいたすところです。ああ、先代にも顔向けできません。死んで詫びようにもそれすら許していただけず……ああ、いっそ、わたくしめが犯人であれば……ご兄弟が疑いあうことも無かったのに……」


 憔悴しきっていて、本当に気の毒ね。人は見た目で判断できないけれど、グレゴールが遺言状を隠すなり処分する理由は、今のところ見当たらないわね。


 すっかり専属筆記者になったシャーロットがペンを指先で回すと。


「自白ですか? つまり……あなたは三兄弟の誰が次期当主に指名されるのか心配で、遺言状を開封し内容を確認してしまった。そこで問題が起こった。あなたが望む者ではない者……たとえばあの粗暴な次男のディダンが指名されていた。ブレイド伯爵家を守るため、あなたはその命さえも天秤に掛けて遺言状を処分した。違いますか?」


 途端に家令は目を白黒させた。震え声だ。


「そ、そんな……そのようなことはしておりません……今のは言葉のあやというもので」


 シャーロットは追求の手綱を緩めず。


「まず簡素な鍵付きの引き出しにしまったのは、誰にでも盗めるという状況を作るため」

「あれはその……盗難が起こった以上、申し開きもできませぬが……金庫などに入れてうっかり、わたくしめがぽっくり逝ってしまった時に困るかと存じまして」


 うっかりぽっくり? もしかして……遺言状を巡るトラブルで家令自身が毒殺なりなんなりされてしまうかもしれないと、警戒していたの?


 シャーロットは詰め寄った。


「健康に自信が無かったのですか?」

「いえ、その……はい。わたくしめも良い年ですので……ですが……ともかく、木を隠すなら森といいますし、逆に物々しい場所に隠すのではかえって目立つとも考えまして。わたくしめが浅はかでした」


 これ以上は見ていられないわね。


「シャーロットさん。それくらいで」

「は、はい王妃様。ですがいかがでしょうか? わたくしの推理は?」

「次男ディダンが指名されていて、グレゴールが遺言状を処分したというのよね」

「そうです。犬が西を向けば尻尾は東。損する者の裏に得する者がいる。至極当然当たり前。遺言状が消えれば慣例的に長男モールが当主になります」


 今日会ったばかりだけど、生真面目で礼儀正しくあろうとする人物……それがモールへの第一印象ね。


 まさかモールがグレゴールに遺言状を処分させた……とか? グレゴールの忠誠心が長男に向いているならありえなくもないけれど。


「たしかグレゴールが自殺しようとしたのを止めたのは、長男モールだったかしら」


 家令は「ああ、あのまま死なせていただければ……」と肩を落とした。


 シャーロットも帳面を確認して「あっ」と声を上げた。


「さすがですキッテ様。モールが命じて遺言状を処分させたなら、自殺を止めない方が事件が迷宮入りですから」


 家令は再び目を丸くする。


「モール様を疑ってらっしゃると! いかにシャーロット様といえど、聞き捨てなりませぬぞ!」


 思いついたことをなんでも口走ってしまう迷探偵が悪いわよね。

 しかも当事者の前で。


「シャーロットさんは、当人の前で推理を披露しない方がいいわよ。犯人ならこちらの手の内をバラすようなものだし、無関係の相手ならただ、傷つけるだけになってしまうわ」

「うっ……し、失礼しました」


 この調子だと、三兄弟それぞれにも「あなたが犯人です!」って、やりかねないかも。


 とりあえず、事件について情報は増えたけど――


 私はグレゴールを見つめた。


「正直に答えてほしいのだけど、貴男は三人のうち、誰が当主になるべきだと思うのかしら?」


 震え声だった老家令が背筋をただした。


「わたくしめはずっと、ご兄弟が幼い頃よりお仕えしてまいりました。清廉潔白にして堂々たるモール様。野心的で実行力のあるディダン様。心優しく穏やかなトリア様。お三方ともに良いところも悪いところもあるのです。モール様は融通が利かず、ディダン様は利己的で、トリア様は優柔不断。お三方がそれぞれの長所を生かし、短所を補い合えばこそ……先代にましてブレイド伯爵家は繁栄すると……思っております」


 三人手を取り合ってということね。


「貴男は遺言状の中は見ていないのね」

「はい。封筒は当家のオリジナル。封蝋がされております。便せんも当家のすかしを入れたものが使われているかと。よほど手先が器用でなければ開封して中身の入れ替えなどは難しいかと。いえ……わたくしめも専門家ではございませんから」


 遺言状は開ければわかってしまうのね。実物は無いけど、聞いた話だけでも外部犯による偽造は困難そうね。


「封蝋の刻印はあるのかしら?」

「実は……先代がどこかに隠してしまったようで」

「他に持っている人間は?」

「はい。三兄弟それぞれ刻印はお持ちです」


 遺言状の偽造をするための材料は、三人とも持っているみたいね。


 うーん、なんでも怪しく思えてしまうわね。とりあえず家令から聞けそうな話はこんなところかしら。

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