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聞き上手のキッテ様【連載版】  作者: 原雷火
物々交換でどこまで素敵にできるのか競い合ったお話
64/82

64.ついに勝負の夜会がやってきてしまいました

 木の枝を手にして私は一旦、森の屋敷に向かった。夜会までの残り日数は二日あるけど、どうしたものかしら。


 部屋に到着する。いつものミニテーブルでルリハたちも集まって作戦会議……なのだけど。


「とまるのにはいいけど棒かぁ」

「この枝でナタリア・ハーヴェイの額をパーン! 勝ちでしょ」

「そういう勝負じゃなくね?」

「薪にして……燃やす」

「こらこら。何に火を付けるつもりだね」

「実際ヤバくね?」

「やばいかも……木の枝って……うける」

「みんな諦めんなよ! 木の枝欲しがってる人探そうぜ!」

「木の枝なんて人間の子供でもそこらで拾ってこれるし」


「「「「「それな!」」」」」


 さすがのルリハたちでも、ちょっと無理かもしれないわね。


 私が視線を足下に向けると、白いコールダックが床の上でプルプル尾羽を揺らしていた。


「マドレーヌは何か良いアイディアあるかしら?」

「グワッグワ」


 すぐに通訳ルリハがアヒル語を翻訳した。


「人間諦めが肝心……だそうですキッテ様」

「うっ……困ったわね」


 ナタリアの家――


 ハーヴェイ伯爵家の歴史だと、麦穂に蜂をくくりつけたのがきっかけなのよね。遊んでいたら子供が欲しがって、その母親からリンゴを三つもらって交換した。


 巡り巡って伯爵のくらいを手に入れたっていうんだもの。


 小枝だって使いようよね。


 例えば、投げて落ちた方向の指し示す先に、宝物がある魔法の木の棒……とか。


 うーん、嘘で騙すのはよくないわ。


 木の棒に出来ることってなにかしら。投げたら犬が取りに行くオモチャくらいしか思いつかないわ。


 別に、この木の棒でなくてもいいのでしょうけど。


 犬好きで手頃な棒を探している人はいるかもしれないけど、私がその人物を見つける前に、きっと棒の方が見つかっちゃうわ。


 小枝のガサガサな樹皮を指でなぞっていると――


 開いた窓から黒い影がシュッと舞い込んだ。


 黒猫のイチモクね。すぐに猫語に堪能なルリハが私の肩に乗る。


「よぉ。なにやってんだ?」

「こんにちは。実はね……」


 説明しようとしたところで、イチモクが私の膝の上に飛び乗って前足を伸ばしてきた。


「ちょ、どうしたの急に」

「そいつを……そいつをよこせ! たまらん! たまらねぇんだ!」

「ええ!? そいつって……なにかしら?」


 私の手にある小枝目がけて猫パンチ。普段は落ち着いている黒猫の目の色が変わってる。

 木の棒が欲しいの?


「くれ! くれ! くれ!」

「落ち着いて。はい、どうぞ」


 床にそっと置くとイチモクは木の枝に頬ずりしながら、床でへそ天して全身をくねらせた。樹皮にガジガジと噛みつく。


「たまらん……たまらん……こいつは上物だ。キマる……キマっちまうぅ」

「ちょっと大丈夫かしら?」

「最高だ。なんて良いマタタビなんだ」


 黒猫はうっとりしてしまった。喉をゴロゴロ鳴らしてすっかりとろけちゃった。

 なるほど、この枝ってマタタビの木だったのね。


 もちあげると焼いたチーズみたいにぐにゅーんと伸びる。


「ねえイチモク。今、私は物々交換をしているの。この枝を貴方にプレゼントするから、何か代わりのモノをいただけないかしら?」

「んなもんねぇよ」

「お願いよ。ここで終わってしまうと困るのよ」

「持ってねぇもんは持ってねぇんだよぉ……」


 酔っ払いみたいになっちゃってる。と、ルリハたちが声を揃える。


「「「「「だったら身体で払ってもらおうか!!」」」」」


 ええ!? 急にみんなどうしちゃったの?


 一方、言われたイチモクはというと。


「払ってやらぁ! 好きにしやがれ!」


 普段のキリッとした黒猫が、マタタビの前では形無しね。


 すると、ルリハの一羽がテーブルの上から私の元へ。


「キッテ様、キッテ様。実はね、猫を吸いたくて仕方ない人が近くにいるんだ」


 この口ぶりは、久しぶりね。最初の子かしら。


「猫を……吸う? ですって」

「うん。そうだよ。猫が大好きなんだけど、逃げられちゃうんだって」

「どこにいるの?」

「一階だよ。いつも美味しいお菓子を用意してくれる、執事の人!」


 老執事が猫好きなんて初耳ね。思えばいつも近くにいてくれるけど、本当に必要な時しか彼の方から話しかけてこないのよね。


 それに気配を消すのが上手いというか。


 いつもお世話になっているのに、それさえ気づかせない……思い出してみれば、私にとって謎の多い人物だった。


 最初にこの屋敷に幽閉された時から、ずっといるのに……。


 そっか。猫が好きだったのね。私はとろけきったイチモクをお尻の方から抱き上げて、一階に向かった。



 老執事は屋敷の管理人室にいた。ノックして中へ。


「これは王妃様。何かお入り用ですか? 足をお運びになられずとも、人づてにでも呼んでくださればよろしかったのに」


 屋敷にはメイドもいて呼んでもらえもするけれど、猫を連れていく方が早かった。


 老執事に私は抱いた黒猫を差し出す。


「今ならマタタビで酔っ払っているから、好きにかわいがっていいわよ」

「なんと!? よろしいのですか?」

「ええ。この子も承諾済みだから。ただ……」

「ただ……なんでしょう?」

「今、私はとある理由で物々交換をしているの。この黒猫にマタタビの枝をあげたら、交換できるモノがなくなってしまって」

「でしたらそうですな……私めから一つ王妃様にお返しいたしましょう」


 繋がった! 木の枝になって、もうダメかと思ったけど。


「何を返してくれるのかしら?」

「王妃様に差し上げられるような宝は持っておりませんが、もしよろしければ……」


 老執事の提案は物理的なものではなくて、意外でもなく、それでも納得のできる情報だった。



 一週間が過ぎて、約束の夜。


 夜会には普段よりも多くの来賓がやってきた。

 私とナタリアが対決するという話が、どこからか広がったみたいね。


 たぶん、ナタリアなのでしょうけど。王妃の私に勝つ姿をより多くの人々の目に焼き付けようとでもいうのかしら。


 そして――


 宴もたけなわ、本日のメインイベントが始まった。


 レイモンドも直前になって趣旨を聞かされてびっくりしたままね。


 主賓席で隣に座る私に心配そうだ。


「まさか君が誰かと勝負をするなんて意外だったよ。僕にこっそり教えてくれても良かったのに」

「そうしたら陛下は私の用意した方を選んでしまうでしょう。公平ではありませんから」

「けど、君は銅貨でナタリア嬢は金貨だったんだよね? いくら上手く交換していっても……」

「陛下はただ、ご自身の思うまま選んでくださればいいのです」


 私は席を立つと、ホールの壇上に上がった。


 ナタリアが先に待っていた。


「一週間ぶりですね。王妃様」

「ええ。どうなったか楽しみね」

「このナタリア、有利な金貨で始まりましたから勝たせていただきますの」

「それじゃあもし、負けてしまったら恥ずかしいわね」

「ええ。王妃様には悪いですけれど、負けてしまっても気を落とさないでほしいですの」


 余裕の笑みのナタリアだけど、勝負はやってみないとわからないものよ。


 けど、よっぽど自信があるみたいね。金貨と銅貨を選ばせるように見せかけて、手品で私に銅貨を押しつけて、そのあともきっとトントン拍子で物々交換をしていくルートを、あらかじめ準備していたのでしょうけど。


 二つのカートが会場に運び込まれる。上には布が被されていた。

 来賓たちの見守る中、主賓席前で止まる。


 ナタリアが歌うように言う。


「では、皆々様方もご注目ですの。ナタリアと王妃様が、この一週間のうちに物々交換をしていきましたの。公平なくじ引きの結果、王妃様は異国の銅貨。ナタリアは異国の金貨で交換を始めていきました。今、ここに並ぶ二つの品は、どちらのものか陛下には秘密にしてまいりましたの。陛下には気に入った方を選んでいただき、お贈りしますの。選ばれた方が勝ちですの」


 会場内がざわついた。


 夜会に珍しく正装姿の騎士団長ギルバートと、赤いドレスの姪のシャーロット。見れば奥の方で壁に背中を預けて見守るヴェルミリオン・ブラッドレイの姿もある。


 もちろんアリアも出席していた。


 みんな私が最後に何と交換したのか、気になるのかもしれないわね。


 ナタリアがカートを押してきた侍従たちに命じる。


「では、布を外してお披露目してくださいですの」


 ばさっと布が外された。方や台に据え置かれた宝剣。素晴らしい彫金が施され鞘まで宝石をちりばめた芸術品ね。


 つばには獅子の彫刻が施されていて、救国の英雄王が持つに相応しいモノだった。


 あまりの美しさに来賓たちからため息が漏れる。


 なるほど、異国の金貨が宝剣になるなんて……高級赤ワインや試作の新型ペンでも、勝ち目なんて最初から無かったかもしれないわね。


 これでナタリアは王妃の私に勝って、評判と名声を手に入れつつ「けど、ナタリアが勝てたのは異国の金貨で始めたから。逆の立場だったら王妃様には敵いませんでしたの」とでも言えば、私の面子も潰さないという算段かしら。


 間違い無く、ナタリアは社交界で一目置かれることになりそうね。このままだと。


 一方――


 もう一つのカートの上には、お椀上の銀のクローシュが置かれていた。


 私もナタリアも、どちらが出品したかは秘密ということになっているけど、会場の人々も選ぶレイモンドも、もうわかってしまっているかもしれないわね。


 侍従が蓋をそっともちあげる。中には一皿。


 あったのは……丸くて大きなパイだった。


 サクサクに焼き上げたパイには、アーモンドクリームがたっぷり挟み込まれている。


 勝ちを確信したナタリアが言う。


「ではレイモンド陛下。どちらかお好きな方をお選びください」


 主賓席から立ち上がるとレイモンドはまず、宝剣を手に取った。


 抜き払い刀身を見る。


「素晴らしい業物だ。儀礼用の剣とは思えない。こんな品物は見たことがない」


 ナタリアはにんまり。レイモンドは剣術を修めているから、剣にこだわりがあると踏んでいたのね。


 城でも土地でも銘酒でもなく、剣を選ぶあたり調査済みってことかしら。


 陛下は刃を鞘に戻した。


 次にパイの元へ。瞬間――


「これは……懐かしい……この香りは……そうか……ガトーデロワだ」


 途端にレイモンドの頬を涙が伝い落ちた。


 会場内がざわついた。突然の出来事に勝利を確信していたナタリアの顔が青ざめる。


 青年は視線を上げてこのゲームの主催者を見つめた。


「どちらを選んでも良いというお話でしたねナタリア嬢」

「は、はいですの陛下」

「では僕は……このガトーデロワを選ぶよ」

「そ、そ、そんな!? まさか……ありえませんの! 王妃様を勝たせるために、みすぼらしいパイを選んだんですの?」


 言ってからナタリアはしまったという顔をした。口を手のひらで遮るように押さえても、もう遅い。


 レイモンドは微笑む。


「確かにこのパイは素朴で華美さもない。みすぼらしい……か。ナタリア嬢の言う通りだ」


 ここで怒ることもなく認めてしまうのが、レイモンドが優しすぎるのか器が大きいのか。ナタリアは震え声で。


「で、ではなぜ……ですの?」

「亡き母との思い出の味なんだ。母が良く焼いてくれた。亡くして以来、皆が気を遣ってこのパイを宮廷料理のメニューから消してしまってね。思い出させないようにと……」


 そう――


 私が黒猫イチモクを老執事に捧げることで得たもの。


 それは封印されたレシピだった。レイモンドのお母様が得意としたガトーデロワ。


 ナタリアが顔をブンブンと左右に振る。


「だ、だからといって……普通なら宝剣を選ぶのではありませんの?」

「確かに素晴らしい剣だった。けど、こんな芸術作品が業物である必要はないんだ。儀礼用なら刃引されていた方がいい。実際に使う剣であれば、過度な装飾は機能性を損なうんだよ。だから……こんなに中途半端な品物は、初めて見たと驚いたんだ」


 あら、そういうものなのね。そういえば騎士団長ギルバートの装飾された剣も、儀礼用や祭事用で刃引されてたって言っていたかしら。


 ナタリアはまだ粘った。


「で、ですけれど、そのパイが思い出の味とは限りませんの」

「じゃあ食べてみようかな」


 侍従がホールのパイを切り分けた。


 青年は一切れ持ち上げ笑う。


「行儀が悪いと母にはよく注意されたよ。けど、こうやって食べるのが一番なんだ。ああ、この芳醇なバターと香ばしいアーモンドクリーム……間違い無い。いただくよ」


 レイモンドは一口。すると、今度は涙が一粒どころか、いくつもこぼれ落ちた。


「美味しい。美味しいよ。あの味だ。母が焼いてくれたガトーデロワだ」


 ナタリアはその場でへなへなと腰砕けになった。


 勝負はええと……私の勝ちでいいのかしら。


 レイモンドが涙を拭って私を見つめる。


「どこでこのレシピを?」

「老執事に作り方を教えてもらいました」

「え!? じゃあ、もしかして……」

「何度も練習して、今日、やっと満足のいくものを焼き上げることができたんです」


 実は私が焼いたのよね。森の屋敷のキッチンで。老執事監修で、ばっちり再現してみせたわ。なにせレイモンドのお母様にパイの焼き方を教えたのは、若き日の老執事だったのだもの。


 味が同じなのも当然よね。


 ちょっとだけ違うことといえば、パイの装飾をする飾り包丁が苦手で、ちょっと不格好なところくらい。


 レイモンドは嬉しそうに笑いながら泣いた。


「ありがとうキッテ。君は最高の王妃だよ」

「いいえ、とんでもないです。私はただ、導かれるままでしたから」


 来賓たちから惜しみない拍手が湧き上がった。どうやら王妃の面目は保てたようね。


 一方、尻餅をついてしまったナタリア・ハーヴェイはといえば、ヨレヨレになりながらなんとか立ち上がると。


「うううう、く、悔しいですの。金貨で……負けたなんて……本当に、本当に悔しいですの!」


 私はにっこり微笑み返す。


「面白いゲームでしたねナタリアさん」

「つ、次はもっと別の勝負を……王妃様さえよろしければ!」


 あら、懲りてないみたい。


「ええ、楽しみにしてるわ。ところで……ナタリアさんは手品はお好きかしら?」

「ううううあああああ、か、完敗ですの。今日のところは……負けましたのぉ」


 今度はずるいことをしないで、正々堂々と挑んできてくれるといいのだけど。

 ともあれナタリアは圧倒的な優位を活かせずに敗北。周囲の人々の評価もだだ下がり。


 のちにルリハたちから聞いた話だけど、絶対勝てるお膳立てをしたのに負けたことでハーヴェイ伯爵家でもナタリアは肩身の狭い思いをしたみたい。


 一方、私は銅貨というハンデをものともせず、国王陛下の心を揺さぶる素晴らしい贈り物をしたということで、相対的に社交界で評判があがっちゃったわね。


 こうして――


 私の物々交換の一週間は、レイモンドの大好物だったガトーデロワが王宮のレシピとして復活するという結末を迎えたのでした。

※2024/9/28 「ええ、楽しみにしてるわ」→「ええ、楽しみにしてるわ。ところで……ナタリアさんは手品はお好きかしら?」 とセリフを追加しました。

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[良い点] まさかまさかの。木の枝から、ねこねこ執事で失われた母の味とは〜っ! すごく面白かったです。相変わらず、想像を遥かに超えますね! [気になる点] 王妃にマウント取りに行くとかヤバい事を堂々と…
[気になる点] ガトーデロワ気になる… 「試作品いっぱい食べた!美味しいよ!」 くそぉ
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