63.続けないほうが本当は良かったのかしら?
騎士団本部の応接室でギルバートと面会。
キリッとした表情でテーブルを挟んで座る騎士団長に、私も深刻な顔で言う。
「今回、貴男に関することよ。重大な用件なの」
「私……ですか? 王妃様に何か無礼を働いてしまったでしょうか」
「いいえ。けれど、一つ間違えば国家の危機になりかねない極秘文書を手に入れてしまったの」
私はそっと、シャーロットの帳面をテーブルに置く。
「拝見しても?」
「ええ……もちろん」
眉間にしわを刻んだまま、ギルバートはペラペラと帳面の内容を確認した。
一通り、ざっと目を通してから深く大きなため息を吐く。
「タイトルで丸わかりですが、間違い無く姪の字ですね。あとで、きつく厳重注意をいたします。まったく……なんてものを……」
「内容はどうなのかしら」
「中は確認なさっていないのですか?」
「個人的な秘密ですもの」
「ありがとうございます。忌々しいことに、シャーロットは優秀な探偵だったようです。こと、私に関しては」
身内だからこそ調べられる部分はあるのかしらね。差し引いても、調査能力は高そうだけど。推理ショーより報告書をまとめる方が彼女は能力を活かせるかもしれない。
ギルバートが私を見つめると。
「それで、この資料はいかが成されるおつもりですか?」
「どう処分するかは貴男にお任せします」
「なんとッ……感謝いたします」
「ただ、実はなんですけど……」
私は今日まで続けた物々交換ゲームの話をやんわり騎士団長に説明した。
真面目な表情を一切崩さず、最後まで聞くとギルバートは頷く。
「なるほど。私から何か交換できるものを……ですか」
「無理にとは言わないけれど、ちょうど手に余しているようなものなんてないかしら?」
騎士団長は腕を組むと少し考えてから。
「元々、私から差し上げられるようなモノはないのですが……処分に困っているという意味では……いや、しかし……」
「お気持ちで結構ですから」
「では、お待ちください。すぐにお持ちいたします」
離席してすぐに、ギルバートは戻ってきた。
金の柄に美しい装飾のされた鞘を持つ、宝剣だった。
「あら、とっても豪華な剣ね」
「儀礼や祭事用のもので刀身は刃引きされたものです」
裏返すと、鍔の中央部にくぼみができていた。ちょうど親指と人差し指で丸を作った時くらいの大きさね。
「こちらの剣ではなく、ここにはまっていた石なのです」
ギルバートはハンカチの包みをテーブルに置く。
開くと中から真っ二つに割れた緑色の石が顔をのぞかせた。
「孔雀石かしら?」
「はい、王妃様。魔除けの石なのですが、いつの間にやら割れてしまっていて」
「魔除けが割れてしまった……と」
「もしかすれば、何か邪悪なものから守ってくれたのかもしれませんが」
「そうあって欲しいものね」
「とにかく金属と違って打ち直すわけにもいかず。半分に割れてしまったのも……不吉ですので処分に困っておりました。ですから、手には余っているのですが、このようなものを差し上げるわけには……」
「いいわ。引き受けましょう」
石の断面は波打つように層が重なっていて、なんともいえない不思議な美しさがあった。
騎士団長は目を丸くする。
「本当によろしいのですか?」
「ええ、気に入りましたから」
こうして――
騎士団長の秘密メモは割れた孔雀石に姿を変えた。
高級ワインから比べると、階段を何段か飛ばして降りてしまったかも。
物々交換って難しいわね。
それに孔雀石は綺麗だけど、これを半分ずつ私とレイモンドで持つ……なんてことでは、勝負には勝てなさそう。
ナタリア・ハーヴェイは今頃、異国の金貨を何に変えてしまったのかしら。
ルリハたちに調べてもらえばわかるけど――
やっぱり、勝負の夜までワクワクして待ちたいじゃない。
何が出てくるのか。ナタリアが狡いことをしてるとはいうけれど。
まだ約束の日まであるし、割れた孔雀石を別の何かに変えられないかしら?
・
・
・
孔雀石自体は宝石としてそこまで価値が高いものでもない。金額に換算すれば、ブラッドレイ家秘蔵の赤ワインが一番で、次がグラハム大臣の試作ペンかしら。
割れた石を加工する……のは、物々交換と違うし。
そこで森の屋敷でルリハたちに相談すると――
芸術班の二羽が窓の外から戻ってきて、私の前に並んだ。
「画家のクイルがまたスランプってる」
「マジでやばそう」
「やばい」
「おま、語彙力」
「それな」
話を詳しく聞いてみると、下書きで止まって色を塗れなくなってるみたい。
二羽も色々とクイルの家の窓のあたりに、拾い集めた綺麗なモノを置いてみているようだけど――
「なんかビビッてこないって」
「最近は散歩とかしてクイルがんばってたのに」
「やっぱ彼女じゃね?」
「それな。彼女作ればいいのに」
「世界バラ色」
「作風変わるかも」
「「草」」
心配しているのにキャッキャしちゃってるわね。
しばらく芸術家の元には訪問してなかったし、これも何かの巡り合わせね。
ということがあって、私は馬車を走らせ護衛も引き連れ王都のクイルのアトリエ兼自宅にやってきた。
急な訪問は嫌われるかと思ったけど――
すんなり彼は戸口に姿を現した。相変わらず、目の下にはクマ。髪はボサボサ。初対面の時にもまして、無精髭で野人みたい。
「……誰だっけ? あんた」
「この国の王妃様よ」
「ああ……アリアさんの姉の……」
なんとなくだけど、義理の姉妹ということを理解してなさそうな感じね。
本当に絵を描くこと以外、面倒くさがりみたい。
「とりあえず立ち話もなんなんで、どうぞ」
アトリエに招き入れられると、またしても足の踏み場もないくらい、床にモノクロのデッサン画が散らばっていた。
天才肌って部屋を散らからせないといけないみたいな法律でもあるのかしら。
部屋をぐるりと見回す。
デッサン以外にも、ルリハたちが集めてきた小さなキラキラしたものが収められた箱があった。
おもちゃ箱みたいね。
私の視線に気づいてクイルは。
「ああ、なんかな。捨てられないんだ。俺が悩んでると増える。不思議だろ」
「そうね。木の実に貝殻。ガラスの欠片かしら?」
「ああ。けど、見つからないんだ。色が足りない」
「何色なの?」
「分かっていたら、もう完成させている」
これは重傷ね。
あと私が気づいたことといえば、部屋の隅に……なにかしら?
酒瓶? しおれた花に木の枝? 小石とか松ぼっくりに落ち葉……。ゴミ?
クイルが頭を抱えた。
「俺はダメだ。自分でも色を探しに行ったが、見つかるのはそんなものばっかりだよ」
「せっかくなら旅に出るとか、演劇を観るとかしたらいいんじゃないかしら?」
「劇場なんて人が多いのはダメだ。旅先で絵が描きたくなった時にアトリエに帰りたくなるに決まってる。俺は……どうしたらいいんだ」
絶望してる。そこを変えることってできないのかしら? 人が多いのをちょっと我慢したり、旅先でも絵を描かずに心に留めておいて、戻ってきたら描いたりって。
芸術家って難しいのね。
「王妃様。何か素晴らしい色を知らないか?」
「そうね。ええと……」
ちょうど、騎士団長ギルバートから託された不吉な孔雀石がある。
「これなんてどうかしら?」
「よくある緑だ。整えられた美しさしかない」
残念、クイルのお眼鏡にはかなわなかったみたいね。
確かに表面は綺麗に加工してあって、整えられてるけど……なら、断面はどうかしら。
「ねえクイル。実はこの石、割れてしまったの。悪しき力から騎士団長を守ったのかもしれないのよ。ほら、断面を見てちょうだい」
人の手で割ったものではない。割れた石の断面は波打った不思議な紋様を描いている。緑と乳白色の織りなすマーブル模様。
クイルの目つきがギラついた。
「こ、これだ! この中間色ッ!! 欲しかったのは……この色だ! 王妃様! 俺にこの石、くれないか!?」
私の手ごと石を包むようにクイルは両手で握って迫る。
「え、ええ。だけどタダではあげられないの。今、物々交換してるから」
「わかった……じゃあ、この小枝と交換だ。ありがとう! 王妃様!」
部屋の隅に追いやられていた公園のゴミの山から、手頃な木の枝を私に握らせると、クイルに孔雀石を奪われた。
あ、あれ? 小枝!? 小枝なの!?
もしかして異国の銅貨よりも価値がなくなってしまったかも。
けど――
「うおおおおおおお! これだ! この色だ! 描ける! 描ける! 描ける!」
すっかり創作フィーバー状態ね。画家の窮地を救うのは今回で二度目。そっとしておいてあげないと、また不調に逆戻りしてしまいそう。
ああ、それにしても小枝。小枝かぁ。
困ったわね。ここから挽回できるのかしら?




