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聞き上手のキッテ様【連載版】  作者: 原雷火
物々交換でどこまで素敵にできるのか競い合ったお話
60/82

60.初めての交換で異国の銅貨を渡した相手は意外にも

 異国の銅貨。デザインも文字も王国のものとは全然違うのよね。


 だからちょっと珍しい。普通の銅貨には無い価値って、そういうところだと思うの。


 王都に硬貨コレクターがいないか、ルリハたちに探ってもらった。


 けど――


 空振りね。結局、銅貨だから蒐集しゅうしゅう家が欲しがるほどじゃないみたい。


 例えば滅んでしまった国の幻の銅貨……なんてことなら、価値もあるのでしょうけど。


 ルリハの一羽が言う。


「……その国……燃やす」

「滅ぼそうとしてはいけないわよ」


 炎上班の子ね。相変わらず強火みたい。


 どのみち、異国の硬貨は金でも銅でも同じ国のものなのよね。その国が突然、世界から消えてしまったとしても、金貨の方が価値が出るんじゃないかしら。


 怖いことを考えちゃったわ。いけないいけない。


 早くも雲行きが怪しくなってきたところで、別のルリハが私に甘くささやいた。


「キッテ様ぁ。あのねあのね、そのコインの文字と同じの見つけたのぉ」


 話を聞いてみると、意外にも……私が訪ねられる場所だった。


 あまり直接的なやりとりはしたことがないけれど、その人物に話を聞いてみるのもいいかもしれない。



 王都の中央区画にある騎士団の本部。その一室が元古書店長――ダリウスの部屋だった。


 ルリハが言うには、銅貨の文字と同じ文字で書かれた異国の本を、彼が読みふけっているのを目撃したみたい。


 町の古書店長が、今では立派に騎士団の参謀役ね。


 彼は帝国が王都侵攻を企んだ時に、敵軍の動きを完全に読み切って迎撃作戦を成功させた人物だった。


 社交場に出てくるタイプじゃないし、たまにギルバートの代役で会議に出てきて、顔を合わせるくらい。


 だから、私が突然訪問してきてびっくりしたでしょうね。


 私室に通される。広めの部屋なのに三分の二が本置き場になっていた。書棚に収まりきらなくて、そこかしこに本が積み重なっている。


 辛うじて空いている応接テーブルに着く。出てきた紅茶は濃いめで砂糖もたっぷり。味は二の次。頭の回転を良くするための液体って感じね。


「いつもこんな紅茶を飲んでいるのかしら?」

「紅茶に含まれる覚醒作用と、糖分が必要なのですよ」


 黒髪は相変わらずボサボサだけど、メガネのレンズには曇り一つない。

 私は室内をぐるりと見回す。


 察してダリウスは。


「すみません。小生、整理整頓は苦手なもので」


 本の山。このまま古書店が開けてしまいそう。一冊取ろうと思ったら、山に分け入る覚悟がいるわ。足の踏み場を探さなきゃいけない。うっかりしてると、本が崖崩れを起こしそう。


 画家のクイルもそうだけど、一芸に秀でた天才肌の人って掃除が苦手なのかしら?


 私は笑顔で。


「こちらこそ、突然訪問してしまってごめんなさい。今日は貴男の知恵を借りたいと思って」

「小生の煩悩に浸かった脳みそでよければ、なんなりとお使いください。さて、どの国を攻めましょうか? はたまた防衛策でしょうか? それともチェスのお相手でしょうか?」


 戦略や戦術で頭の中がパンパンなのね。


 私は異国の銅貨をテーブルに置いた。


「おや、これは……懐かしい」

「懐かしい……ですって?」

「ええ、留学先が思い出されます。本を買うか食事を我慢するか、銅貨たちと相談したものでして。あちらは土地柄、製紙が発展しやすかったもので、本も王国よりぐっと安かったのですよ」

「そういうものなのですね。昔から本ばかりを?」

「ご覧のありさまです王妃様」


 本が恋人というか、本と結婚していて、本にうもれて死ぬなら本望ほんもう……みたい。


 ダリウスが訊く。


「王妃様、この銅貨がいったい」

「何か有用な使い道は無いかと思って」

「手に取ってもよろしいですか?」

「もちろんよ」


 コインを指でつまみ上げ、軍参謀は掲げる。


「ふむふむ。実に……普通の銅貨ですな。この国においては同じ目方の銅の価値ほどしかないでしょう」

「やっぱりそうなのね」

「ですが、小生にとっては懐かしい青春を思い出させるものです。今日は若き日のあの情熱に満ちていた、空腹を抱えても勉学に励んだ自分と、再会できた気がします」


 あら、意外。なんだかダリウスにとっては価値があるもののように思えてきたわ。


 ちょっと交渉、してみようかしら。


「でしたらこの銅貨と、何か交換しませんか? 今、そういう遊びをしていて」

「ほうほう、なるほど。物々交換を続けていくというアレですな。確かに小生にこの銅貨は銅貨以上の価値があるもの。であれば、少々お待ちを」


 参謀は立ち上がると器用に本の山に分け入り、あっ……雪崩を起こしてる。本に埋もれつつも、なんとか脱して立ち上がり、山の下の方にあった一冊を手に戻ってきた。


「いやはや、自室で危うく遭難しかけました」

「お願いだから、誰か人を雇うなりして整頓して欲しいものね」

「この配置がベストなのです王妃様。欲しい知識がどこに眠っているか、すべてこの頭の中に整理されておりますので」


 ダリウスは自身のこめかみあたりを指でトントンとタップした。


 応接テーブルに戻ると、彼は私に一冊の本を差し出す。


「実は間違って、軍略書と思って買ってしまったものでして」


 タイトルは「愛の包囲網」……中身を見せてもらうと、どうやら恋愛小説みたいね。


 ちょっと読んでみたけど、面白そう。


 意中の男性と結ばれるために、主人公ががんばるお話ね。


「貴男の蔵書らしくないわね」

「駆け引きや心理的攻防は、戦の文脈に通じる部分はあるのですが。きっとこの本には、もっと相応しい持ち主がいると思うのですよ」

「じゃあ、銅貨と交換しましょう」


 私が手にした異国の銅貨は恋愛小説に化けた。


 これを欲しがってくれそうな人物といえば……あっさりと、思いついた。次はあの子ね。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 炎上班、私より過激だった… 我慢したのにw [一言] 燃やすなら、王妃に声もかけられてないのに話しかけてくるような不躾な教育してる伯爵家だよー
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