6.お世話になったあの子たちと別れの時が来たみたいです
翌朝――
目覚めると森が静かだった。小鳥の声が聞こえない。
シンと静まりかえっていた。
窓は開け放たれたままだけど、この時間なら誰か飛んできててもおかしくないのに。
結局……その日一日、待てど暮らせどルリハは一羽もやってこなかった。
翌日はバスケットにランチボックスと飲み物を用意して、私は森の中を歩いた。
湖畔にたどり着くと敷物を広げて、一人ぼんやりサンドイッチを食べる。
誰かつられてやってこないかしら?
夕暮れになったので、私は帰ることにした。
いつも三時のおやつはどっさり用意した。
誰もこないから余らせてしまって、焼いてくれた老執事に申し訳ない気持ちになった。
もしかして――
ルリハは全部、私が見ていた夢か幻だったのかしら。
明くる日の朝、いつものように窓を開けっぱなしにしていたのだけれど――
テーブルの上に赤いサンザシの実が一粒、置かれていた。
「誰か来てたんだ」
もういらないと言ったのにね。赤い実を見ているだけで口が酸っぱくなる。
これって、もしかして別れの挨拶なのかな。
あの子たちは越冬する渡りとかしない、この森の固有種だって言っていたけど。
みんな一斉に居なくなってしまった。
サンザシの実を見て、思い出す。
ここに来てからしばらく、空いた時間に費やした読書の記憶が甦る。
サンザシの花言葉の一つに「希望」があった。それが今、実ったということなのかもしれない。
「そっか……私も……帰る場所があるのね」
赤い実を頬張る。酸っぱくて……涙が出た。
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私は王都に戻った。両親は大歓迎だ。だって、王妃様なのだものね。生んでくれた二人にこう言いたくはないけど、やっぱりちょっと都合が良すぎると思う。
レイモンドは膝を折って礼をして迎えてくれた。
この人はルリハたちにも優しかったし、きっと良い王様になってくれる。
私も……支えてあげないと。
玉座の間に迎えられ、彼に「ありがとう。戻ってきてくれて」と言われた。
いきなり彼にぎゅっと抱きしめられて、心臓が口から飛び出すかと思った。けど、ようやく彼を許して、その愛を迎えられるようになれた。
王女アリアにグラハム大臣。騎士団長ギルバートも手を叩いて祝福してくれた。
教皇猊下から婚姻の儀の予定を聞かされた。
すべてを受け入れよう。あの子たちが望んでくれたのだもの。
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大聖堂で婚姻の儀が執り行われて、私はレイモンドと夫婦になった。
参列者は大賑わいだ。
誓いの言葉と指輪の交換。そして彼と口づけを交わした。
盛大な拍手とともに、バージンロードを歩いて大聖堂の外に出ると――
青い空に――
青い小鳥たちの群れがハートマークを描いて編隊飛行をしていた。
「み、みんな……来てくれたの!?」
一羽が私とレイモンドの元に降りてくる。
私の肩にとまってクチバシを開いた。
「おめでとうキッテ様! 僕らもこれからは森と王都と両方で暮らすことにしたんだ! だって僕らは自由だからね!」
レイモンドは「ああ、君の友達かい?」と優しく微笑みかける。どうやらルリハの言葉が解るのは、私だけみたい。
「ええ、とっても綺麗な小鳥さんでしょ」
「名前はあるのかな?」
「ルリハって名付けたの。さあ、みんなの元にお行きなさい」
肩にとまった最初の子が、ぴょんっと跳ねて空の青に溶けていった。
祝福の鐘が鳴り響く。
私は今、幸せだ。