59.交換し続けると最後はどうなってしまうのでしょう
夜会の席で来賓応対も一段落したところで、栗毛の少女が私の前にやってきた。
「王妃様、ご機嫌麗しゅうございますか」
「ええ。貴女は確か……ハーヴェイ伯爵家の」
「ナタリアです」
一礼すると、少女はアイスブルーの瞳でじっと私を見つめた。
ハーヴェイ家は重商主義でお金持ちなのよね。何か面白い逸話があったと思うのだけど、なんだったかしら。
ナタリアは目を細める。
「当家に伝わるゲームをいたしませんか?」
「ゲーム……ですか?」
「はい。ナタリアは王妃様と競ってみたいのです」
言うと彼女は握った両手を差し出した。
「何かしら?」
「この手の中に金貨と銅貨が握られていますの。ただ、王国のものではない遠い異国の硬貨。これを誰かと物々交換していって、どちらが大きく育てられるかというゲームですの」
つまり、金貨と銅貨がそれぞれ彼女の手に握り込まれているのね。
思い出した。ハーヴェイ家の祖先は一本の麦の穂から始まって、蜂を捕まえて穂に結んで遊んでいると、子供たちが欲しがりそれをプレゼント。すると子供の親からリンゴを三つもらって……と、交換するうちに爵位を手に入れたのよね。
なんだかおとぎ話みたい。おもしろそうね。
「いいわよ。それで、私はどうすればいいのかしら?」
「王妃様に選んで欲しいんですの。当たりは金貨。外れは銅貨。残った方でナタリアは交換していきますの」
「どちらも銅貨で始める方が公平だと思うのだけど」
「ゲームを盛り上げるためのエッセンスですの。競技ではありませんので」
金貨で始まれば、より簡単に良いモノと交換できるわよね。
銅貨だったらよほど頑張らないと。
ああ、でも負けても「銅貨」だったからと、言い訳も立つのかもしれないわ。
「わかりました。ところでナタリアさん、どうやって勝敗を決めるのかしら?」
「そこは抜かりなしですの。テーマはプレゼント。一週間の交換生活で国王陛下に贈り物をしますの。出品者の名前は出さず、品物だけ。どちらかしか得られないということにして、レイモンド陛下に選んでもらいますの」
無記名なら私のプレゼントだからと、レイモンドが選ばないわよね。不公平に見えて公平。負けても銅貨だったからという保険もある。
怖いのは金貨で始めて負けること……くらいかしら。
「面白そうね。やってみましょう」
「では王妃様。右手か左手か、選んでくださいですの」
私は――
「じゃあ、右手のコインにするわね」
「はいですの」
少女の手が小指から順にゆっくり開く。緊張の瞬間ね。じっと見ていると、出てきたのは……残念、銅貨だった。
けど、ホッとしたわ。負けても言い訳が立つのだもの。ああ、ゲームに向いていない性格なのね。最初から負けることを考えてしまうなんて。
ナタリアは左手も開く。
金貨が一枚。交換ゲームにも馴れているでしょうし、私に勝ち目なんてあるのかしら。
アイスブルーの瞳を細めて。
「今回はナタリアが金貨ですのね。王妃様が相手でも手は抜きませんの」
「ええ、望むところよ」
「では来週の夜会まで、こちらの銅貨を交換していって何か別のモノにしてくださいませなの」
少女から異国の銅貨を受け取った。
見たことが無いわね。汚れているし。一方金貨は金ぴか。
ナタリアがにんまり笑う。
「王妃様も運が悪いですの。金貨なら勝負になったかもしれないのに」
「あら、言ってくれるじゃない。驚かせてあげるんだから」
「勝負のお話は国王陛下には秘密ですのよ」
「ええ、もちろん。ちゃんと負かしてあげるわナタリアさん」
「もし王妃様に勝ったら……陛下のハートを奪ってしまうかもしれませんの。うふふ♪ では、楽しみにしていますの」
悪戯っぽく笑うとナタリアは再び一礼して去る。
冗談……よね。レイモンドは背も高くてイケメンで優しくて、最近は少しずつリーダーとしての自覚も芽生えてきた素敵な旦那様……だけに、モテるのは当然なのだけど。
まさかナタリア……狙っているの!? これって私への挑戦状!?
手にした銅貨が急に、心許なく思えてきた。
どうしよう。
負けたらレイモンドを奪われてしまうかも。
そんなこと、あるはずがないのに、急に不安になってくる。
迷うな私。相手が金貨でも、最終的に勝てばいいのよ。むしろ銅貨で金貨を倒して大逆転したらすごいじゃない!
はぁ……けど、銅貨なのよね。しかも異国の。王国で流通していないから、純粋に銅としての価値しかないもの。
異国のものでも金貨はそのまま、金としての価値がある。いくらでも交換先はあるでしょうし。
異国の銅貨でいったい何ができるのかしら。
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・
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と、いうことが昨晩あったと、私はルリハたちに伝えた。
今日も今日とて、森の屋敷の二階の部屋で。
すると――
「キッテ様、詐欺られてます!」
「え?」
一羽がビシッと片翼で敬礼して続ける。
「そのナタリアって人、前も同じ手口で騙して他の貴族にマウントとってたみたいです!」
「どういうことか詳しく聞かせてちょうだい」
ルリハ曰く。
ナタリアは手品を使って、必ず自分が金貨になるようにしてるみたい。どちらの手にも握られているのは銅貨で、選んだ相手にゆっくり銅貨を見せる間に、別の手の銅貨を金貨にすり替えてしまうのだとか。
選んだ時、私も「金貨かしら? 銅貨かいしら?」と、意識も視線もナタリアの開く手に注意が向いていたから、こっそり左手の銅貨を金貨にすり替えられても気付けなかった……ってことね。
しかも、ナタリアは異国の金貨を交換するルートがすでに確立されていて、一週間後にはそれを屋敷とか宝石とかに変えてしまうんだとか。
今回、選ぶのはレイモンド。だから、レイモンドが欲しがりそうなものに最終的に交換して、勝負を仕掛けてくる。
相手は絶対に負けてしまう。インチキじゃないの。
報告してくれたルリハが締めくくる。
「けど、証拠が無いんです」
「貴方はどうやってそれを知ったのかしら?」
「ナタリアが家族に自慢してたのを聞いたんです」
「自白証言なんて決定的ね。証明できないけど」
悪戯どころか、私を負かす算段で悪意をもって挑んできたのね。
そっちがその気なら。
「みんな、力を貸してくれるかしら?」
「「「「「はい! キッテ様!」」」」」
今日も集ったルリハたち。だけど――
異国の銅貨を欲しがっている人を、王都で探すことなんてできるのかしら?
少なくとも、交換したモノがよりよくなっていかないと、勝負にならないわよね。
けど、負けられないわ。勝たないと。絶対にナタリアをぎゃふんと言わせてあげるんだから。




